第6話

 夜はとっくに明け、小屋の隙間からは日差しが入り込み、通成の顔を照らしている。その眩しさから彼は目を覚ました。

 (もう朝か……)

 寝ぼけまなこを凛に向けると、彼女はすでに起きていて小屋の隅で横座りの姿勢で通成を見つめていた。

 慌てて飛び起き、凜に何時いつから起きていたのかとたずねると、彼女はどれくらい時間が経ったのか分からないとだけ答え、通成を拍子ひょうし抜けさせた。

 その会話の後、少ない荷物を手にして小屋を後にした。

 更に山道を歩き続け、ようやく下り坂に差し掛かろうとした時、

 「君はこの後どうするつもりなんだ?」

 通成が訊ねると凛は不思議そうに振り返り、

 「山へ戻ります。この身形みなりでは目立ってしまいますし、人様のいらっしゃるところは抵抗がありますので」

 彼女の答えを聞いた時、自分の考えを言おうか言うまいか一瞬迷ってしまった。自分がこれから口にすることを彼女はどう感じるだろうか。

 「凛、俺と一緒に来ないか? 山に戻ったらまたあの男に遭遇するかもしれんだろう?」 

 「ですが、ご友人の遺品が。それに、私のこの身形では……」

 「こいつはもちろん岡部の家に届ける。それに、ひたいを隠せば角は見えん」

 「私の目の色は人様と違います」

 「包帯がある。これを目にあてれば、周りは君を盲目だと思うだろう。これなら視線を気にすることもない。駄目か?」

 真剣な顔を凛へ向ける。彼女を一人にさせたくない。たとえ、自分を襲ったあの男が現れなかったとしても。

 凛は顔を伏せ確認するように、

 「私がいてはお邪魔になりませんか?」

 「邪魔などと思うものか。そんなこと考えたこともない」

 その言葉で凛の表情から迷いが消えた。通成に顔を向けるとしっかりと頷いた。

 二人で山を下り、人に見られる前に額と目をそれぞれ隠す。通成は彼女の腕を軽く掴むとゆっくり歩き出した。

 最初に向かったのは配給所で、手渡されたすいとんを二人で食べた。残飯をごった煮にしたようなそれは、およそ食べ物とは呼べないものも入っていたが、それでも美味いことには変わりない。あっという間に平らげた。


 再び凛の手を引き、岡部の家へと向かった。矢島が渡してくれた紙には岡部の住所が書いてある。

 「この辺りだと思うのだが」

 この辺りは空襲の被害が少なかったらしく、多くの家がそのまま残っているようだった。家の縁側や庭などに負傷者や家を失ったと思われる人々が座り込んで何やら話している。そのうちの一人に声を掛けた。

 「突然すみません。岡部さんという人の家を探しているのですが、ご存知ないですか?」

 「岡部? ああ、それならこの先を真っ直ぐ行って突き当りを左に曲がったところだ」

 「そうですか。ありがとうございます」

 通成が礼を言って頭を下げると、首に下げていた木箱が音を立てた。

 「あんた、それ……」

 木箱を見て呟いた男に、

 「今からこれを岡部さんの家へ届けます。遺骨は残念ながら持って来ることが出来ませんでした」

 「そうか。大丈夫か? 俺も付いて行くか?」

 男の申し出に丁重ていちょうに断りを入れた。気持ちは有難ありがたかったが付いて来てもらう必要はない。もう一度礼を言い、岡部の家に向かった。

 「凛、すまんな。もう少しだ」

 凜ははいと短く答えただけで、他には何も言わなかった。通成がつかんでいた凜の手が細かく震えているのが分かり、強く握った。少しでも安心させたかった。

 男に教えて貰った通りそのまま歩いて行くと、岡部と表札ひょうさつの掛かった家を発見した。

 

 


 


 

 

 

 

 

 

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