第4話

 それから山の中を歩き続けた。先程襲われたこともあり、周囲を警戒することを忘れなかった。

 「先程の男のように物を取ろうとするやつは多いのか?」

 通成が訊ねると、少女は首を小さく横に振った。

 「いいえ、山ではほとんどそのようなことはございません。むしろ山を下りてからの方が危険かと思います。市場などでは、孤児たちが食べ物などを盗んでいますから……」

 「孤児か……」

 通成は歩いている途中に親や兄弟のいない孤児を頻繁に見かけた。子供同士集まる者もいれば、あたりを一人で彷徨う子供もいた。皆ぼろぼろの服を着て、痩せていた。中にはうずくまり、動けなくなっていた子供もいた。

 声を掛けようとして、矢島に止められた。半端な優しさを見せてどうするつもりだ。孤児になった子供を引き取る覚悟はあるのかと。

 「君は大丈夫か? 何か取られたりはしていないか?」

 「はい。取られるような品物も持っておりませんので」

 「そうか」

 会話が止まった。何か話さなければ、と思いながら自分の前を歩いている少女に視線を向ける。

 夏日に照らされて銀に輝く髪、粗末なぼろぼろの藍色の着物。

 「今までずっと山で暮らしていたのか? 人から隠れて」

 「はい。いつ空襲が起きるか分からぬ中、人様に更に混乱を招いてはならないと思いました。それに、私自身人様の目に触れるのが恐ろしかったので」

 「見た目のせいか?」

 「はい。気味悪がられることが分かっていますし、何より私に向けられた忌々いまいまな視線が恐ろしくて」

 背を向けたまま答える彼女の声が震えているように感じた。

 「瀬野様、少し休憩を……」

 彼女が振り返った時、通成は彼女の左腕を掴んでいた。人間の少女と何ら変わらない白くて華奢きゃしゃな腕。その腕は痩せ細っていて、青い血管が浮き出ている。

 「正直に言うが、俺は最初に君を見た時恐怖を感じた。だが、今は違う。本当だ」

 少女は黙って通成を見つめている。その瞳に怯えの色がにじんでいるのも通成は承知の上で続けた。

 「君は大昔、人間に助けられたと話していただろう? 人間はわざわざ恐怖を感じる者を助けたりはしない。君は俺を恐ろしいと感じるか?」

 彼女は少しの間黙っていたが、短くいいえと答えた。

 「風呂敷に包まれたそれを、そんなに大事そうに持っているんですもの。何度も気に掛けながら。そんな方はきっと優しい方なんだと思ったのです」

 通成は掴んでいた彼女の腕を離した。そして右手で彼女の頭を撫でた。銀髪は洗髪されていないためか、脂っぽくべたついた手触りだったが、それでも彼女の頭をでずにはおれなかった。髪がべたついているのなど自分も同じだと思ったからだ。

 「君の名のことだが」

 「はい」

 「りんというのはどうだろう?」

 「リンですか?」

 「ああ。凛々りりしいの凛だ」

 彼女は顔を伏せて頬を紅潮させた。頭を撫でられながら小さくこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

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