第3話

 通成は自分に頭を下げている少女を凝視した。見た目こそ、彼女が口にした通り奇異である。

 だが、それ以外は普通の十代の少女と変わらないように思えた。むしろ、話し方や動作が見た目以上に大人びて見えるくらいだ。

 通成は意を決して口を開いた。

 「分かった。約束する。君には助けてもらったからな。ところで、君は、その……」

 疑問に思っていたことを尋ねようとしたが、なかなか口に出せない。

 君は人間ではないのだろう。

 果たしてこの疑問は聞いて良いことなのだろうか。

 「はい……」

 少女は不思議そうな表情で通成を見つめている。この人は何を考えているのだろうといったように。

 「……その、人間とはだいぶ違うように見えるが」

 少女は顔を伏せてから細々とした声で、

 「先程も申し上げましたが、私はこのような見た目です。貴方様がおっしゃる通り私は人間ではごさいません。鬼でございます」

 やはりか。通成は黙ったまま頷いた。

 「ずっと山で暮らしているのか?」

 「はい」

 「君の家族はどこにいるんだ?」

 「両親の記憶はほとんどありませんので」

 「そうか……。なあ、何故俺を助けたんだ?」

 昔、読んだ本に登場した鬼は皆、人間と総じて仲が良くない印象で書かれていた。人間にとって良い存在とは言えない。

 だが、目の前の少女は全く違う。鬼でありながら何故自分を助けたのだろう。

 「それは大昔、私が人様に助けて頂いたからです。危険な目に遭われているならば、今度は私が助けるべきだと」

 「そうか。俺は瀬野通成。君は何というんだ」

 大昔という言葉に疑問を抱いたが、口には出さずにそのまま飲み込んだ。

 「私には名前がありません」 

 「名前がないのか? では、今まで何と呼ばれてきたんだ?」

 「決まった呼び名はありませんでした。鬼や銀髪、赤目などと呼ばれました」

 通成は生まれつき名を持たないという答えに衝撃を受けた。彼女の親は自分の愛娘まなむすめに名を与えなかったのだろうか。銀髪や赤目など、もはや名ではないじゃないか。

 「君は呼ばれたい名前とかないか? さすがに鬼と呼ぶのはあまりにも素っ気ないと思ったんだ。その、犬や猫にも名前があるわけだろう」

 彼は自分で口にした言葉を後悔した。なにも犬や猫などと口にすることはないだろう。こんな時、自分の口下手が心底嫌になる。もっと上手い具合に話すすべを持っていれば、と後悔した。

 「呼ばれたい名前ですか? 今までそんなことを考えたこともございませんし、聞いて下さった方もおりませんので……」

 「なら、俺が付けて良いか?」

 「ええ」

 「そうだな……」

 少しも間考えたが、良い名が思い浮かばない。通成は更に考え込む。

 たがてその様子を眺めていた少女が口を開いた。

 「あの、瀬野様。無理をなさらないで下さい。決まらなければ、決まらなくても大丈夫ですので」

 「あ、ああ。すまん。もう少し考えさせてくれ」

 「ところで、首に掛けていらっしゃる風呂敷ですが、ご友人のものだと」

 「ああ、この中身は死んだ友人の遺品でな、友人のかみさんに届けなければならないんだ。この山を越えたところに住んでいるはずだ」

 「ならば、私に案内させて下さい。お住まいはどのあたりでしょう?」

 通成は少女に岡部の住んでいた住所を伝えた。

 

 

 

 

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