第2話 

 九月も下旬だというのに、夏の暑さは変わらない。それは山に入っても同じだった。昼間だというのに昼間の明るさはほとんど感じられず、鬱蒼うっそうとした獣道がひたすら続いている。

 山の中は先程自分が歩いて来た道よりも空襲の被害が少ないように思えた。

 また、どこを見回しても人の姿は見えなかった。時々倒れたままの遺体や顔も性別も判別出来ない遺体を見掛けた。

 歩みを進めながら通成はある違和感を感じていた。先程から誰かに後を付けられているような気がする。途中で気になり何度か後ろを振り返りはしたものの、背後には誰もおらず、自分が進んできた獣道があるだけだった。

 再び歩き出そうとした時、頭に鈍い痛みが走った。殴られた衝撃で倒れた後、頭を上げると、自分よりも十は年上だと思われる男が自分に向かって棒を振り下ろそうとしているところだった。

 「何だ、お前は!」

 「お前が首に掛けている風呂敷を寄こせ! こっちはろくに食ってないんだ。負けた分際で帰ってきやがって」

 男は吐き捨てるように言ってから、持っていた棒で道成の身体を何度もぶった。腕で頭をかばっていると、男が無理やり道成の首に掛けてある風呂敷を掴んだ。

 「これは友人の遺品だ、お前なんぞに誰が渡すか!」

 道成も男に掴みかかるが、空腹や真夏の暑さから思うように身体に力が入らない。

 (取られる……)

 そう思った時、茂みから音が聞こえた。次の瞬間、男のうめき声が聞こえその場に倒れ込んだ。

 見ると、男の背後には十六、七と思われる少女が大きな石を手にして立っていた。少女は石を脇に投げ捨てると、茫然ぼうぜんとしている道成の手を引っ張って無理やり起こした。

 「早く立って下さい。逃げなければ」

 道成は少女に手を引かれたまま獣道を無我夢中で走った。


 男が追ってこないことを確認する。二人はその場で立ち止まり、胸を撫で下ろした。通成は抱えていた木箱を開けて中身を確認する。あれだけ走ったにも関わらず、中身は目立った傷もなく箱に詰めた時とほとんど形状は変わらなかった。

 そこでまた安心して、木箱にふたをすると、風呂敷で包んだ後首からぶら下げた。

 「助かった、すまなかったな。君は大丈夫……」

言いかけて、思わず口をつぐんだ。その少女の姿に恐怖を感じずにはいられなかった。背中まで伸びた髪は銀に輝き、目は自分が嫌という程見て来た鮮血を思わせる真っ赤な色をしていた。鮮血を、そのまま瞳に閉じ込めたような。

 何より己の目を疑ったのが額の左右にそれぞれ一本ずつ短い角が生えていたことだ。

 通成は暫く異様な風貌の少女を眺めていたが、やがて彼女の方が口を開いた。

 「一つだけ、お願いしたいことがございます。私に会ったことは誰にも話さないとお約束下さい。私はこのように奇異な見た目をしておりますので」

 少女はそう口にした後、深々と頭を下げた。どうか、お願い致します、と付け加えて。

 彼は黙ったまま目の前で頭を下げる少女を見つめることしか出来なかった。

 ああ、分かった。約束する。

 この一言がのどまで出掛かっているのに、通成はなかなか口にすることが出来なかった。

 

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