第24話

 「喉が渇く…苦しい…」

 麻理は山の手の住宅街を抜けて林の中を歩いていた。

 「化け物の動きは止まったそうだ。もう大丈夫だ」

 警察署で保護されていた望海に澤野が話しかけた。望海は涙を流した。

 「しかし、この事件は公表するのでしょうかね」

 無線機が交信で騒がしくなった車内で井沢が訊いた。

 「さあな、政府が秘密にしてもネットで誰かが漏らすだろう」

 「やっぱりそう思いますか」

 「そうだな。だがそこは何とかするんじゃないのか。お偉いさんが」

 「ああ、なるほど」

 大野の返事に井沢は軽く答えた。

 「しかし夜通しはきついな。早く寝たい」

 大野はあくびをしながら助手席の窓から夜明けで明るくなった山を眺めた。

 治也は病室の外の慌ただしさに目を覚ました。

 「全く…朝っぱらから何を騒いでいるんだ」

 ベッドから起き上がって病室を出ると顔に包帯が巻かれた男が担架で運ばれていた。

 「昨日の騒動がまだ続いているのか」

 治也は脇腹を押さえながらナースステーションの前を通った。

 カウンターの向こうでは年長の看護婦が背広姿の男に薬が足りないと怒鳴っていた。

 男は携帯電話でどこかに電話した。

 「昨日より酷くなっているな。いててて…」

 治也は痛みの残る脇腹を押さえてトイレに向かった。

 「う~ん…」

 望海は自宅の部屋で目覚めた。

 しばらくボーッとしていたが、ハッと目を大きく開いてベッドから飛び起きた。

 「パパ、ママどこ!どこなの!」

 望海は階段を降りて居間に入った。

 「おはよう。どうしたの?」

 母の和恵が驚いた表情で振り向いた。

 「ああ、良かった」

 「良かったじゃないわよ。警察から連絡が来てびっくりしたのよ」

 「ああ、でも無事で良かった」

 居間でくつろいでいる両親を見て望海はホッとした。

 「それにしても夕べの事、ニュースでやっていないな。あれだけの騒ぎだったのに」

 父の達夫が言うと望海は椅子に座ってテレビを見た。

 テレビでは普通に朝のニュースが流れていた。

 「おかしいわ。自衛隊も来ているのに」

 望海は何事もなく女子アナウンサーが笑顔で語る姿に違和感をおぼえた。

 「そうだな。携帯電話もまだ通じていないし、どうなっているんだ」

 「私、学校に行くわ」

 「さっきパトカーが今日は外出を控えるようにと言って回っていたから今日は休みだぞ」

 「あっそうなの」

 達夫の言葉に望海はキョトンとした表情で答えた。

 「さっ、朝ごはんにしましょう。望海、手伝って」

 和恵が台所から料理を持ってきた。

 望海は「は~い」と気だるく答えて台所に入った。

 食卓では望海は夕べの事は語らなかった。

 朝食を済ませて望海は二階の部屋に戻ってベッドで横になった。

 「怖かった…」

 望海は小さく呟いて眠りについた。

 学校の敷地には戦車や装甲車が並んでいた。

 その周りに消防車やパトカーが止まって物々しい雰囲気に包まれていた。

 「これは後始末が大変だな」

 宮川は焼けた幼生のカマキリの死体の山を見てため息をついた。

 「よっ大将!」

 後ろで声がして振り向くと大野がにこやかに手を上げていた。

 「ああ…こっちも大変だ」

 「ん?何か言ったか」

 「あっいえ。夕べはありがとうございました。いい射撃の腕をしていますね」

 「俺の唯一の長所ってやつだ。何だ寝てないのか」

 「この有様だからな」

 二人はグラウンドの爆撃の跡を見渡した。

 「夕べは周りが見えなかったが、随分派手にやったな」

 「そうだな。カマキリの死体を全部回収したら撤収だ」

 「おい、夕べ言っていた変異した女の件はどうするんだ」

 「上には報告したが、それからは何の指示もなかった」

 「ふ~ん…何だかよくわからんな。この流れは」

 「ここの連中はみんなそう思っているよ。さっぱりわからん」

 二人が話している時に輸送型ヘリが飛んだ。

 「そうか。じゃあ仕事に戻るな。じゃあな」

 「ああ、あの跳ねっ返りの女子高生にもよろしく言っといてくれ」

 宮川が言うと大野は手を振って歩いて行った。

 「手ごたえ無しか…」

 大野は呟いて車に乗り込んだ。

 「騒がしいけど何かあったんですか?」

 病室で治也は看護婦に訊いた。

 「ええ、急患が増えて大変なんです。他の病院に応援を頼みましたがまだ来なくて…」

 若い看護婦は治也の脇腹の包帯を巻きながら答えた。

 「こんな大病院で人手不足になる程か」

 治也は思ったより深刻な状況に驚いた。

 「その方が終わったら次お願いします」

 年長の看護婦が病室を覗いて冷たい口調で言って去った。

 「もう大丈夫ですよ。何かあったら連絡下さいね」

 包帯を巻き終えて若い看護婦はわざとらしく大声で言った。

 「あんたも大変だな」

 治也は微笑んで言った。看護婦も笑って病室を出た。

 「まだ痛いな」

 治也は脇腹を押さえて横になった。

 大野が警察署に入ると窓口はごった返していた。

 「いつになったら町の外に出られるんだ」

 「何で電話が繋がらないんだ」

 住民達が矢継ぎ早に詰め寄って窓口の署員は応対に追われていた。

 それを横目に大野は二階に上がった。

 「何だ、随分とお客さんで賑やかだな」

 「お陰様で満員御礼だよ」

 大野の皮肉に澤野は冷やかに返した。

 「一体、いつまでこの状態が続くんだ」

 「お上のお達しが来るまで何も出来んな。署長はテレビ会議だし」

 「茶でも飲んでくつろぐか」

 大野は自販機コーナーに向かった。

 「全くこれじゃ何も出来んな。また自衛隊の見物にでも行くか」

 大野は独り言を呟きながら自販機のボタンを押した。

 課長の上田が歩いて来た。

 「おお、夕べはご苦労だったな」

 「いえ、何か色々と慌ただしいみたいで」

 「そうだな。まだ何も決まっとらんがな」

 上田は自販機に金を入れて缶コーヒーのボタンを押した。

 「この場合、映画的には秘密を知った人間を町ごとミサイルでドッカーンなノリでしょうがね。一体どうなるんでしょうね」

 「全く、何でもありの厄介な事件だからな。見当がつかんよ」

 二人は缶コーヒーを飲みながら話した。

 館内放送で管理職の召集命令が響いた。上田は「それじゃ」と歩いて行った。

 「こりゃ相当こじれそうだな」

 大野も空き缶をゴミ箱に入れて席に戻った。

 山奥の洞窟で麻理が目覚めた。

 「喉が渇いた。水…いや、何かが欲しい」

 麻理の手は青紫になっていた。

 「私が求めているのは何だ…私が求めているもの…」

 うわごとの様に呟く麻理の手の周りに植物の根が絡みついた。

 根は麻理の体を這って頭までびっしりと覆った。

 「ああ私の血…私の心がこの地の命を食らうのだ…」

 絡みつく根に心地よさを感じて麻理は身悶えながら根に埋もれた。

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