第19話

 「いやあ、また来る!」

 望海は叫んだ。必死に走って学校に来た。

 「えっ何なの…」

 望海は学校を見て呆然とした。

 沢山の装甲車が並んで迷彩服を着た男達が歩いていた。

 グラウンドが眩しく照らされていた。

 「君、何をしているんだ」

 迷彩服姿の男に声を掛けられて望海は戸惑った。

 「な、何をしているんですか。ここ学校ですよ」

 「ああ、この学校の子か。こんな夜中にどうしたんだ」

 「あっ、いえ…ヘリコプターがうるさくて」

 望海がか細い声で答えているとヘリの音が近づいて来た。

 「とにかく、危ないから家に帰りなさい」

 男がきつい口調で言うと望海は「はい」と小声で答えた。

 グラウンドの方向がザワザワと騒がしくなった。

 「危ない!ヘリが追いかけられているぞ」

 誰かの声が望海の耳に入った。望海はハッと空を見上げた。

 ヘリの音が更に近づいて来た。

 「危ない。退避!退避!」

 グラウンドでマイクを通して男の声が響いた。

 「な、何…」

 望海はヘリの音の方向に目を凝らした。

 ヘリの音が急に鈍くなるとグラウンドに墜落した。

 しばらくしてドンと爆発音がした。

 校門で待機していた男達がグラウンドに向かった。

 「撃て撃て!」と声が聞こえて銃声が響いた。

 望海は校門を抜けてグラウンドに走った。

 グラウンドの端でヘリが炎上していた。

 中央付近で男達が列に並んで銃を構えていた。

 「い、いやあああ!」

 望海が叫んだ。

 炎上したヘリの炎をぬって巨大なカマキリが現れた。

 学校を襲った時よりも更に巨大になっていた。

 銃声が何度も響いたがカマキリは男達に次々と襲い掛かった。

 望海は体育館の物陰に隠れて様子を見た。

 数台の装甲車がグラウンドに入った。銃声が更に激しくなった。

 突然、キーンと甲高い金属音がした。望海は両耳を押さえた。

 カマキリが空に飛ぶと更にキーンと高い音を鳴らした。

 辺りが震えるような衝撃波が走った。

 「な、何なの」

 望海は手で顔を覆いながら宙に浮くカマキリを見つめた。

 ライトがカマキリに向けられた。

 白い体に長いカマを持ったその姿がライトアップされて神々しい雰囲気を漂わせていた。

 今まで見たことのない禍々しさと美しい姿に望海は呆然とした。

 白いカマキリの周りに何か小さな物が寄って来た。

 「子供のカマキリだ!」

 誰かの声が聞こえて望海は息を呑んだ。

 幼生のカマキリの群れが飛んでいた。

 「いやああ!」

 望海は叫んでその場を逃げ出して校舎に向かった。

 校舎の正面玄関は閉まっていた。望海は花壇に埋まったレンガを持ち上げて入口の窓ガラスに投げた。

 窓ガラスは厚く割れなかった。

 望海は更にレンガを花壇から抜いて投げた。

 ドアのガラスが粉々に割れた。

 「おい、何をしているんだ!」

 振り向くと迷彩服の男が声を掛けた。

 「あいつらが襲ってくるの!」

 望海は内側の鍵を開けようとしたがうまく開けられず、更にレンガでガラスを割って体を乗り出して校舎に入ろうとした。

 「おい、待て」

 望海の腕を男が掴んだ。

 「離して!」

 望海は叫んだ。

 「少し離れて」

 男はドアを蹴飛ばしてガラスを粉々に割って入った。

 「こちら宮川。少女の身柄を確保。校舎に避難します」

 宮川と名乗った男は無線機で話した。宮川は耳のイヤホンを押さえながら、

 「了解。安全な場所に誘導します」

と答えた。

 「あ、ありがとう」

 望海は震えながら呟いた。

 「いや、だがここも危ないな。外よりましだが」

 宮川は暗くなった校舎を見回した。

 外で銃声が響いた。

 「窓から侵入されたら危ないから、窓のない部屋があるといいが」

 「あっ、階段の下の物置があります」

 「そこに行こう。取りあえず先にトイレに行きなさい。しばらく隠れる事になるから」

 宮川の指示に望海は「はい」と答えてトイレに向かった。

 「ちっ、避難誘導ってどうするんだよ」

 大野は護送車を運転しながらぼやいた。

 「アーアー…聴こえますか」 

 助手席で井沢が無線機に話しかけた。

 「潮凪高校近辺の住民に外に出ないように指示を」

 無線機から男の声が聞こえた。

 「全く、最初から無線妨害しなきゃいいんだよ」

 大野は苛立った。

 学校の付近を過ぎた。

 「あの化け物だ」

 大野はグラウンドを見て言った。井沢も外を見た。

 宙に浮かんだ巨大なカマキリとその周りに幼生のカマキリが集まっていた。

 「あんなのが襲ってきたらたまったもんじゃないな」

 「取りあえず外に出ないように言って回りましょう」

 二人はグラウンドの横を過ぎた。

 「ここなら大丈夫だ」

 物置の電球をつけて望海を案内した。

 「どうするんですか?」

 望海は宮川に訊いた。

 「あの化け物を退治しないとな。絶対に外に出るなよ」

 宮川は望海に厳しい表情で言うと物置のドアを閉めて出て行った。

 「怖い…」

 望海は物置の片隅で横になった。

 パトカーのサイレンに麻理は眠れなかった。

 つけっぱなしのテレビには放送休止のマークだけが映っていた。

 麻理は窓を開けた。

 見下ろした町に明かりは殆どなかった。

 沖の方からヘリコプターがバリバリと音を立てて近づいてきた。

 「何が起きているの…」

 麻理は山の手に向かうヘリを眺めた。

 物置で隠れている望海に外から銃声が聞こえた。

 「パパ、ママ…」

 望海は呟きながら横になった。

 ドアを激しく叩く音がした。

 宮川が入って来た。

 「大丈夫か」

 宮川の切羽詰まった声に望海は顔を上げて頷いた。

 「外はどうなの?」

 「化け物がかなりの数の子供を呼び集めている」

 「そんな…」

 「今から逃げても間に合わないだろう。だから助けが来るまでここに隠れているんだ」

 宮川は言い残してまた出て行こうとした。

 「いや、そばにいて」

 望海は叫んだ。

 「怖いの。すごく怖い…」

 怯える望海の頭を宮川は撫でた。

 「しばらく待っていなさい」

 宮川は無線機で話した。

 「許可は取った。ここにいるから」

 宮川は振り向いて言った。望海はホッとした表情で頷いた。

 外でチャイムの音が鳴った。

 「町内放送か」

 宮川は呟いた。望海の目が大きく開いた。

 「町中にあいつらが飛んで行くわ!」

 「何だと!」

 「この前、学校の放送であいつが飛んで来たの」

 望海は怯えた表情で言った。宮川は立ち上がって無線機に話した。

 「くそっ!群れが分かれた。いいか、絶対に出るなよ」

 宮川は無線機を片手に持ったまま物置から出て行った。

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