第18話

 「照明弾か…あの方向は公園か」

 大野は階段を降りた。

 澤野と井沢も降りてきた。

 「大野さん!」

 「ああ、公園の方だ」

 三人は警察署を出てパトカーに乗り込んだ。

 「でも行ってもどうするんですか」

 「何、ちょっと見物さ。どうぜやる事ないし」

 井沢の問いに大野は笑って答えて車を出した。

 公園には十分程で着いた。

 「いいか。相手は化け物だ。銃でも無理だから気づかれないように隠れて見るんだ」

 大野の小声の指示に二人は頷いて車を出た。

 公園の中では機関銃と思われる連射する発砲音が聞こえた。

 「マシンガンでは無理だろう」

 大野が言った時、大きな爆発音がした。

 「何ですか。あの音は」

 「多分、手榴弾だな。派手にやっているな」

 驚く井沢に澤野が言った。

 「これは近づくと巻き添え食らうな。あの場所は奥の噴水か。ブランコまで行ってみるか」

 大野達は身をかがめて公園に入り、ブランコの側の茂みに隠れた。

 「まだ銃声がやまないな。手榴弾ではくたばらなかったか」

 「そうみたいですね。敵はカマキリか男のどっちでしょうね」

 澤野と井沢が話していると大野が「シッ」と言った。

 悲鳴が次々と聞こえて銃声がやんだ。

 「これはまずいな。引き返すか」

 「だが、もう遅いぞ」

 澤野が指を差した。巨大なカマキリが歩いてきた。

 三人は息を殺して茂みから奥へと歩いた。

 大野が二人の前で手を伸ばして指を差した。

 裸になった男がカマキリの方向へ歩いて行った。

 三人は黙って様子を見た。

 男がカマキリを抱きしめると、カマキリは男の首をはねた。

 カマキリの鎌が男の腹を貫いて手をちぎり、次に足をちぎった。

 そして胴体を刺して貪り始めた。

 井沢は「うっ」と口に手を当てた。

 「食っているのか…」

 大野は呆然とした。

 カマキリの口から黄緑色の液体が胴体をつたってダラダラと流れ落ちた。

 胴体を食い、手足を食い、カマキリは骨を砕きながら貪り続けた。

 そして頭に両手の鎌を突き刺して持ち上げて食い始めた。

 「これって…カマキリの習性か」

 澤野の言葉に大野はハッとした。

 「雌のカマキリは交尾を終えた後、雄を食う…」

 大野の呟きに井沢は口を押さえながら、

 「あのカマキリは交尾を終えた。つまり産卵するって事ですか」

 小声で話した。

 「まずいな。その卵からカマキリがうじゃうじゃと生まれたら」

 澤野も不安げに呟いた。

 カマキリは男の体を貪り食うと、羽根を広げて飛んで行った。

 三人は残骸と化した男の遺体に近寄った。

 「血の色といい人間じゃないな。化け物だとわかっていたが」

 大野は訝しげに遺体を見ながら呟いた。

 街灯の下に男の頭が転がっていた。

 肉が殆どついていない頭蓋骨だった。

 「随分と綺麗に食ったな」

 澤野がひざまづいて見ると頭が勝手に転がった。

 澤野は思わず「うわっ」と叫んだ。

 頭蓋骨の口の部分が動いた。

 「今度は…貴様ら人間が食われる番だ…」

 頭蓋骨が途切れながら喋った。

 「な、何だ」

 井沢も叫んだ。

 大野は黙って様子を見た。

 「今度は…人間が…番だ」

 「お前たちは何者だ」

 大野は訊くと、頭蓋骨は少し間を置いて

 「お前たちの言うところの…マモノ…だ」

 「魔物…人間と違う世界に住む化け物って事か」

 三人の背後から足音が聞こえた。

 「大野さん、自衛隊です」

 井沢の言葉を無視して大野は訊いた。

 「どうしてここに…」

 澤野が「大野さん、やばいよ」と制止するのを無視して大野は、

 「どうしてここに来たんだ」

と大声で訊いた。

 「ふふふ…お前たちは知らなくてもいい。食料だからな」

 頭蓋骨は低い声で答えた。

 「どきたまえ」

 自衛隊員が大野達を取り押さえるように捕まえた。

 「大丈夫だ。抵抗しない」

 大野は冷静に言うと隊員達は手を離した。

 「処分します!」

 隊員の一人が銃口を向けると大きく火を噴いた。

 「火炎放射か。初めて見るな」

 澤野が呟いた。

 頭蓋骨が火に包まれた。

 「ふふふ…」

 小さな笑い声と共に骨が砕けた。

 「おい、何だあれは」

 井沢は隊員に詰め寄った。

 「よせ、訊いても彼らは知らないんだ。そうだろ」

 大野が放射器を持った男に訊くと、

 「はい、命令通りに処分しました」

と答えた。

 「俺は潮凪署の大野だ。用があったら署に連絡してくれ。おい帰るぞ」

 大野は澤野と井沢を連れて現場を後にした。

 日付が過ぎて午前二時を過ぎた頃、望海はベッドを出てカーテンを開けて外を見た。

 山の方向からヘリコプターの飛ぶ音が聞こえた。

 時々、地面からチカチカと何かが光った。

 その後、空に向かって何かが発射されていた。

 「何をやっているの…」

 望海は小声で呟きながら様子を見た。山がパッと明るくなった。

 その中を何かが飛んでいた。

 望海は目をこらした。学校を襲ったカマキリだった。

 「きゃああああ!」

 望海は思わず悲鳴を上げた。少しして部屋に母の和恵が入ってきた。

 「どうしたの!」

 うずくまった望海を和恵が背中をさすった。

 「あれが飛んでいるの!あのカマキリが飛んでいるの!」

 望海は動揺したまま和恵にすがった。

 「大丈夫、大丈夫よ」

 「いやっいやあああ!」

 望海は立ち上がって部屋を出た。

 「望海!」

 和恵の声を背に望海はパジャマ姿のまま玄関を出た。

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