第17話

 薄暗くなった頃、麻理はスーツケースを転がしてマンションの前に着いた。

 「全く何なのよ」

 腹立たしく呟いてエントランスに入ろうとした時、

 「ば、化け物!」

 男の声が聞こえた。麻理は「えっ」と振り向くと角から背広姿の男が逃げるように飛び出して麻理の所へ駆け寄った。

 「助けてくれ!」

 麻理は怖くなってスーツケースを急いで転がしてマンションのエントランスに入った。

 一瞬、背中に何かが過ぎる風を感じた。

 麻理はエントランスから身をかがめて外に出て様子を見た。

 夕闇に浮いた何かが男に襲い掛かった。

 「うわ…」

 男の悲鳴が途切れた。麻理は思わず「ひっ」と声を立てた。

 それが麻理の方を振り向いた。麻理はとっさに植木に身を潜めた。

 辺りは静かでサラサラと羽音だけがした。

 羽音がゆっくりと近づいてくるのを麻理は感じた。

 麻理は中腰になりゆっくりエントランスに入ってそっとガラスの扉を閉めた。

 ホッとしたのも束の間、外で扉を固い何かで擦る音がした。震動が麻理に伝わった。

 模様の入ったガラス戸の外で人影が見えた。麻理と同じ位の背の高さだが、手が異常に長かった。その細い手でガラスを擦った。

 ビキッ…

 そしてガラスを突き刺した。ガラスは割れずに細く黒い手が麻理の顔のすぐ横を通った。

 「きゃあああ!」

 麻理は悲鳴を上げて中のオートロックの自動ドアの前に立った。

 「あっ鍵!」

 部屋の鍵をスーツケースに入れた事を思い出した。

 スーツケースを開けていた時、それがドアを開けて入って来た。

 羽根を羽ばたかせた男で両手が黒い鎌状になっていた。

 「いやああああ!」

 男が手を振り下ろした。麻理はとっさによけた。

 男がまた手を振り下ろすと麻理はまたよけた。

 「いやあ、来ないで!」

 麻理は携帯電話を男に投げつけてエントランスを出た。

 背後から羽音が近づいた。

 首筋に鎌状の手を当てられて麻理は立ちつくした。

 (殺される!)

 麻理は目を閉じた。男は無言のまま麻理に首筋に当てた手をゆっくり引いた。

 「い、痛い!」

 首筋にピリピリする痛みを感じて麻理は叫んだ。

 (このまま殺されるの…)

 痛みと絶望で麻理の目から涙が流れた。

 首に当てられた刃に力が入って来たのを感じた時、空が眩しく光った。

 麻理は思わず顔を手で押さえた。

 目を開けると男はいなかった。

 「あれ?助かったの…」

 麻理はその場にガクッと崩れ落ちた。


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