第12話

 「何が起きたんだ」

 パトカーや救急車が止まって騒然としている繁華街で治也は呟いた。

 警官達の中に背広姿の大野がいた。

 治也は大野と目を合わせないように背を向けた。民家から一人の男が出て来るのが見えた。交番の殺人事件が起きた時に見かけた黒い服を着た若い男だった。

 治也は目を細めて男の様子を見た。男の手は血まみれだったが平然と歩いていた。

 「何だあいつ…」

 治也は男の後をつけた。

 繁華街を北側に抜けて国道沿いの歩道にさしかかった時、男は振り向いた。

 「何の用ですか?」

 抑揚のない声で男は治也に訊いた。

 「ああ、その手…怪我してんじゃねえか」

 治也は用意していたと思われんばかりの口調で答えた。

 「ああ、これですか。大丈夫ですよ。ほら」

 男は手を前に差し出した。肘から下が黒い鎌の形になった。

 男は長い舌で血の付いた鎌状の手を舐めた。

 「化け物かよ…」

 治也は呆然とした。

 「死ね」

 男は背中から薄い羽根を広げて治也に飛びかかって来た。

 「うわあ!」治也は声を上げて逃げ出した。

 男の影が治也の先に伸びた。男の両手が大きく振りかぶった。

 治也は「やばい!」と呟き角を右に曲がった。男の攻撃をかわして全力で走った。

 男は追いかけて来た。

 「くそっ!」

 治也の目の前に男が立ちふさがった。

 男の目が盛り上がって黄緑色の虫のような目に変わった。

 治也は振り向いてまた走りだした。足に激痛が走った。

 「うあああ!」

 治也は悲鳴を上げて足を見ると鎌状の手が太ももに刺さっていた。

  治也が諦めた時、

 「きゃああああ」

 小さな子供を連れた女が叫んだ。男の視線が女に向けられた。

 「まずい!」

 治也はとっさに男にしがみついた。そして背後に回って羽交い絞めにした。

 「逃げろ!早く!」

 治也は女に叫んだ。女は頷いて子供を連れて逃げた。

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