第3話
「田宮さん、あと三十分で伝票入力を終わらせてね」
「あ、はい」
中年の女の指示に田宮麻理はパソコンの画面を見ながら答えた。
二十代後半の彼女はこの会社の経理部に半年前に配属されたばかりだった。
「田宮さん、ちょっと昨日の伝票の数字が合っていないようだけど」
三十代位の男が麻理に訊いてきた。
麻理は「えっそうですか?」と手を止めた時、
「何やっているの!もうすぐ入力の締め切りなのよ。そんなの後にしなさい!」
中年の女が太い声で怒鳴った。周りの社員達は平然と仕事をしていた。
「悪い。また後でな」
男は小さく手を合わせて自分の席に戻った。
中年の女はキッと男の後ろ姿を睨んだ。
麻理は淡々と入力作業を続けた。
入力の締め切り時間を終えて、経理部の空気が緩んだ。
作業していた女達は肩をもんだり、首を左右に振ったり思い思いの時間を過ごした。
「ちょっと田宮さんは?」
中年の女が近くの女達に訊いた。
「えっと、多分トイレじゃないですか?」
女達が答えると、
「全く…そろそろ仕事に慣れて欲しいわ」
と中年の女が呟きながら席についた。
若い女達はクスッと笑いながら天井を指差した。
誰もいない屋上の金網の前に麻理は立った。
「うっせえんだよ!クソババァ~!」
金網を激しく揺さぶりながら麻理は叫んだ。
「はあ、すっきりした」
麻理は屋上から街並みを眺めた。
海沿いに漁港が広がり大小のビルが立ち並ぶこの街に麻理が住んで二年が過ぎた。
「痛いっ!」
麻理の頭に何かがぶつかって地面に落ちた。
白い携帯電話だった。
「何でここに…」
麻理はふと辺りを見渡すと女が仰向けになって空を飛んでいた。
「えっ!」
麻理は目を擦ってもう一度見た。
女が仰向けに飛んでいて、その体の周りで何かが輝いていた。
「締め切りで疲れているのかしら」
麻理は携帯電話を屋上の入口の脇にそっと置いて引き返した。
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