第4話 怒りの理由

詩乃、真梨、香穂の三人が毎日の様にお昼を食べに行く、喫茶店「リフィア」。

一番奥の窓側のテーブル席が特等席になっている。

真梨と香穂が並んで座ったため凪に先に座ってもらい、詩乃は通路側に座った。

だが、メニューを見ている途中で真梨のスマホが鳴り画面を見て嫌な表情を見せる。




「どうしたの?」




「親から……用事入ったから早く帰って来いってさ〜」




メールかアプリかは分からないが返事を出したのか、素早く指を動かした後鞄を持って席を立つ。




「用事でしたら仕方ないですね…」




「うぅ、詩乃〜」




直ぐにでも帰るのかと思いきや泣きながら抱きつかれてその背を軽く撫でる。

というか、なんで私…?




「はいはい、今度美味しいもの奢ってあげるから」




「本当っ?!」




「本当、本当。 だから早く行ってきなよ」




「詩乃ありがと〜!! またねっ」




むぎゅーっと抱きしめられた後、素直に帰って行った真梨。

真梨が居なくなったからか、店内が一気に静かになった気がする。

幸い自分達以外にお客さんは居なかったため、店員さんに怒られる事も無かったのだが。

再びメニューに目を向け、三人共注文をし終えると、またもや沈黙が訪れる。

元々、香穂も詩乃自身も積極的に話す方では無いからだ。




「……御三方は、とても仲が良いんですね」




ゆったりとしたBGMに包まれ心が安らいで来た頃、沈黙を破ったのは凪だった。




「そうですね。 ずっと一緒に居ますから」




「幼馴染みなんですか?」




「いえ、そんなのじゃ無いですよ。 私も真梨ちゃんも、詩乃ちゃんに助けてもらった経験があるので」




「その時に知り合ったんだよ」




冷たい水を一口飲み香穂を見ると、どこか嬉しそうに微笑んでいた。




「詩乃ちゃんが居なかったら、私も今頃悪霊になっていたかもしれませんね」




「そうかもね……」




クスクスと冗談っぽく笑っているが、詩乃は笑う気も起きずに目を伏せる。

そうしたら凪が思い出したように鞄を探りメモ帳とペンを取り出し詩乃に話しかけてくる。




「そうだ! 詩乃、使者について教えて下さい」





「あー、そう言えばそうだったね。 どこまで知ってるのか分からないから、聞きたいことを質問してくれたら答えるよ」





「では、普段は何をしているんですか?」




こうして凪からの質問が始まった。




「夜中に活動している。 詳しくは言えないけれど、それが仕事」




「この街には、どれ程の使者が居るんですか?」




「流石に細かい数字は知らないけど、数十人程度しか居ないんじゃないかな」




聞いたことを手早くメモしていく凪。

そんな時、注文していた料理が三人の前に置かれる。

香穂はパスタ、凪は定食、詩乃は紅茶。

置かれた紅茶に角砂糖を二つ入れて飲む詩乃を見て、黙って二人の様子を見ていた香穂が口を開いた。




「料理も来ましたし、食べましょうか」





「そうですね。 ……って、詩乃はそれだけですか?」





「あんまりお腹空いてないから、これで良いの」





そう言ってまたカップに口をつける。

よくよく顔を見れば詩乃の目の下に、薄らクマがが見て取れた。

「寝不足なのだろうか…」と、疑問に思いつつも口にはださないでおくことにした。




「あ、そうだ。 その仕事に、僕も同行させてもらえませんかっ?」




突然思いついたように、凪の口から出てきた言葉に詩乃は肩を揺らす。

流石にそれは予想していなかったのか、細めの目を見開いて凪を見る。

しばらく驚いて固まっていたが、すぐにいつもの無表情に戻り「駄目」とだけ呟いた。




「お仕事のお邪魔はしませんから! 近くで見たいんですっ」




「駄目っ!」




バンッとテーブルを叩き勢いよく立ち上がった詩乃に、香穂も凪も目を丸くする。

詩乃はぐしゃぐしゃと頭を搔くと鞄と刀を持ち呟く。




「ごめん……帰るね」




レジで紅茶代を払った詩乃はそのまま店を出て行ってしまった。

残された二人はそんな詩乃をただ黙って見送るしか出来なかった。




「……やっぱり図々しかったですよね。 おこらせてしまって、申し訳ないです」





箸を置き俯く凪とは対照的に、香穂は先程と変わらず落ち着いて凪に話しかける。




「詩乃ちゃんはきっと、凪くんの安全を考えて怒ったのだと思いますよ」




それを聞き、ゆっくりと顔を上げた凪に言葉を続ける。




「とても危ないお仕事みたいですから。 私も悪霊に襲われた時は凄く怖かったです。 だから、来たばかりの凪くんにはそんな思いをして欲しく無かったんじゃないですかね?」




「……詩乃に、謝らないと駄目ですね」




「そうですね」




優しく微笑み諭す香穂と、悲しげにも笑う凪。

そんな二人を窓から差し込んだ光が暖かく包む。

窓の外では小鳥がさえずり、時計台が午後一時を告げる鐘を鳴らしていたのだった。

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