第3話 凪という人物

詩乃の通う学校は少人数でクラスも詩乃の学年は二クラスしかない。

真梨と香穂は同じクラスだが詩乃は隣だ。

時間ピッタリに一番隅の窓側の席に、刀を下ろして座る。

空いた窓から吹き込む風が涼しい。

視線を外にやり入って来た教師の話も聞き流していると、いつの間にか他の生徒がザワザワしている事に気づいた。

何事かと思い視線を前に向けると担任……の隣に立つ凪の姿が。




「今日からこの学校で一緒に過ごす、藤沢ふじさわ 凪くんだ」





「初めまして。 藤沢 凪と言います。 これから宜しくお願いします!」




自己紹介をして、はにかみながらお辞儀をする凪。

歓迎の意を込めて全員で拍手を送る。




「ね、凪くんってちょっとカッコよくない?」




「そう? どっちかと言うと弟的キャラじゃない?」





近くに座る女の子の定番的話題、「あの子良くない?」というような話を捉えてしまい、聞きたくないのに耳に入ってくる。




「えー、でもクルクルッとなった髪とか良くない?」




「ただの天パでしょ。 私的にはカッコイイより可愛いかなぁ」




「んー、確かに天パに丸メガネに敬語。 それにあのスマイル……可愛いっ」





「でも背が高いよね、凪くん」





「そう! そこがまた良いのっ!」





見事に凪はこのクラスの女子のハートを掴んだようだ。

苦笑いを浮かべながらまた視線を外に移そうとした時、隣に人の気配がして振り向けば凪が立っていた。





「一緒のクラスですね、詩乃」




「あぁ、そうだね。 席は隣なんだ?」




「はい。 先生に使者に興味があると話したら、詩乃の隣に行けばいいと言われたので」




凪は会話をしながらリュックを下ろして席に座る。

その会話の中で引っ掛かった部分があった詩乃はすかさず凪に質問する。




「使者に興味あるの?」




「はい! 詳しくお話を聞きたくてずっと使者様を探していたんですっ」




そう言って嬉しそうに笑う凪を見て、だいぶな変わり者が来たな…と思う詩乃だった。

詩乃自身、これまで生きてきて多少質問されたりはあったが、ここまで興奮している人物には会った事が無い。

少し引いてしまった。




「そんな嬉しそうな人、初めてだよ。 まぁ、答えられる範囲でなら教えるけど」




「本当ですか?! では休み時間に色々教えて下さい」




キラキラと目を輝かせている凪に「はいはい」と頷き、また外の景色を見る。

隣ではまだ凪の興奮が冷めていないのがよく分かる。

凪が興味津々過ぎて、自分自身圧倒されいるのが分かった。




どんな所から聞かれるのだろうかと考えながら授業中を過ごし、休憩になったら質問……かと思えば凪自身が質問責めにあっていた。

まぁ、転校生って言ったら定番だよね。


次の休憩も、その次も、またその次も……。


昼の十二時を告げる時計台の鐘の音で授業が終わる。

結局学校が終わるまで質問は一度も無かった。

「今日は無理っぽいだろうなぁ」と思いながら帰る支度をしていると、教室の後ろの扉が開き真梨と香穂が顔を出す。




「詩乃、帰ろー……って、凪モテモテじゃん」




「そ、朝からずっとこの調子」




隣では女子に囲まれてお昼ご飯のお誘いやら、遊びのお誘いやらされて困り顔の凪。

この熱は当分冷めないだろう。

窓の戸締りをした後、後ろに置いていた刀を背負い鞄を持った詩乃は扉に向かって歩き出す。

と、その瞬間グッと手首を強く引かれその場に止まる。




「ビックリした……どうしたの」




誰かと思えば凪ではないか。

まさかこの状況で質問されるのだろうかと思ってしまう。

というか、周りの女子が凄いビックリしているよ。




「あの、僕も一緒に帰って良いですかっ?」




手首を掴む力が強くなり、少し大きめの声で言われた為また驚いた。

とりあえず手を離してもらおうと、反対の手で軽く叩くと素直に離してくれる。




「別に良いよ。 早く行こ」




「あ、はいっ!」




明るい笑みを浮かべ、慌てて椅子から立ち上がった凪は鞄を背負うと、まだ呆気にとられている女子に声をかける。




「皆さんお誘い頂きありがとうございます。 僕なんて気になさらずに、皆さんで楽しんで下さい」





軽くお辞儀をしてこちらを向いたため、詩乃も再び扉に向かって歩き出す。

そんな様子を見ていた真梨も香穂もクスクス笑っていた。

靴箱に向かいながら理由を尋ねる。




「何笑ってるの?」




「いやだって、詩乃……懐かれてるから」




「とても微笑ましいです」




「香穂はまだしも、真梨だいぶ凪に失礼」




懐くという例えはどうなのかと思い真梨に注意はするが、満更でもないようで…




「えー!? そうかな……ごめんね、凪」




「いえ、僕は気にしてませんよ」




謝ったが凪自身特に気にしていなかったようだ。




「だってさ、詩乃」




「……まぁ気にしてないなら良いんじゃない?」




「では皆でご飯、食べに行きましょう」




香穂が手を合わせて微笑むと真梨も賛成して流れに乗っかる。

詩乃自身もいつもの事であるから勿論いいのだが、凪はどうするのだろうか。

横目で彼を見れば、視線に気づいたのか「僕も行きます」と言って笑った。





「おー、なんだ凪って付き合い良いじゃん。 やっぱ詩乃か〜?」




真梨が凪の肩に手を回しウリウリとちょっかいをかけているが、真梨やりすぎ。

腕に力を入れ過ぎて凪の首を絞める形になってしまっているのだ。




「真梨ちゃんっ!」




「ん? あっ……ごめん凪っ!」




香穂が珍しく大きな声を出して止めたお陰ですぐに腕は離れた。

凪ももっと抵抗すれば良かったのに……というより、ひ弱なのかな。




「……馬鹿力」




「なっ、詩乃ひどーい」




頬を膨らませながらも靴を履き替えている真梨。

残念、その顔は幼い子がやるから効果があるんだよ。

全く効果の無い表情に鼻で笑い自身も靴を履き替える。




「凪は大丈夫なの? 首締まってたけど」




「だ、大丈夫です。 お気になさらず」




完全にむせながらもガッツポーズを見せ、靴を履いている。

あまりにも咳き込んでいるため背中でもさすって上げようかと屈んでいる背中に近づいた時、突然凪が立ち上がったため危うく頭同士がぶつかる所だった。




「あっぶな……」




「ん? どうかしましたか?」




「いや、何でもないよ」




何も知らない凪には言わなくても良いだろうと思い、詩乃は何も言わなかった。

そんな姿を凪は、不思議そうに見ながら首を傾げていた。





「詩乃ちゃーん、凪くーん」




「おーい、早く来なきゃ置いてくぞー!」





声のした方に顔を向けると、いつの間にか二人は校庭に出てしまっていた。

詩乃と凪は顔を見合わせ、それから二人並んで歩いて行く。

四人で喋りながらお昼ご飯を食べに向かう。



そんな後ろ姿を教室から恨めしそうに眺めていた人影が。

四人中、一人しかその事には気づいていなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る