第2話 見かけない顔

午前七時過ぎ、詩乃は自室で身支度をしていた。 長い髪を前髪諸共一つに束ね、母の形見であるピアスを右耳に着ける。 使者の為に作られたベールを左目が隠れるように被り、鏡を見ながら姿を確認する。


このベールは、赤と紫に分かれてから作られた物だ。 お互い敵対しているため、もし昼間に互いが出会った時一般の人に被害が出ないよう考慮して配布されたのだ。 ベールを被っている時点で、彼岸の使者だとは分かってしまうが、その瞳が何色なのかは聞かないのが暗黙の了解になっている。 まあ、被るのは昼間だけであって、日が沈めば昨日のように光っていればどちら側かひと目で分かるんだけどね…。




「……ん?」





ふと足元に何かの気配を感じ視線を落とすと、黒い毛並みの尻尾が二つに割れた猫、いわゆる猫又が座っていた。




「おはようだニャ〜、詩乃。 二人が待ってるゾ〜」





「クロまるおはよう。 すぐに行くよ」





刀を背負い、鞄を持った詩乃を見てクロ丸と呼ばれた猫又は窓から外へ飛び出る。

その窓を閉め、鍵を締めると玄関から外へ出て玄関の鍵も締める。

靴をきちんと履き直した詩乃はクロ丸を追う。

家の土地を囲む柵を飛び越え細い階段を駆け下りて行くとクロ丸の後ろ姿が見えた。

いつも思うが、ゆらゆら揺れる二つの尻尾が可愛い。





「ぼーっとしてたら置いてくからニャ?!」




そう叫ぶと階段の途中から下に見える建物の屋根へと飛び降りたクロ丸。

普通の人が飛び降りると足を捻挫、間違えば骨折するであろう高さを詩乃も難無く飛びクロ丸と並ぶ。




「置いてくって、なんでこっちに来たの?」





「突然ルートを変えて詩乃を混乱させるのニャ。 尻尾のお返しだニャ!」





「いや、混乱はしないけど……聞こえてたの」





「丸聞こえニャ! ボクら猫又は心の声が聞こえるって言ったじゃニャいか」





呆れた様な声で話しながらまた何の前触れも無く道を変えるため、慌てて後に続いて建物から降りる。





「せめて尻尾がカッコイイと思って欲しかったニャア」





「あー、そっか。 なんかごめん? 尻尾カッコイイ、カッコイイ……」





「なっ、適当すぎるニャッ!!」





怒らせてしまったのか、尻尾を激しく振り下ろしながら声を荒らげるクロ丸。

すぐに謝ったが、納得いかないという表情でそっぽを向かれてしまった。

鰹節でもあげるか……。




「くれるのかッ?!」




「あげるあげる。 だから近道にして」




「心配しなくても着いたニャー!」





そう言ったクロ丸は屋根から降りていくため、詩乃も地面へと降りる。




「詩乃ちゃん、おはよう」




「いつもの反対から来たんだ?」





声のする方へ振り向けば笑顔な彼女達が目に入る。

同じ制服を来たこの二人が私を待っていた人物だ。




「おはよう。 香穂かほ真梨まり




背が低く、ゆっくりとした動きで「おはよう」と微笑んでいるのが香穂。

髪を高い所で結び、スクールバッグを肩に担いで「反対から来たんだ」と驚いているのが真梨。

いつも一緒に過ごしている二人である。

二人はクロ丸の頭を撫でるとこちらを見て歩き出す。




「気をつけて行ってこいニャー」





そう言うとどこかへ行ってしまったクロ丸。

また別の人の道案内だろうか。




「詩乃ー? 置いてくよー」





「……って、置いていけないでしょ」





ぼそっと呟き二人に並んで歩く。

両側に並んだ建物もすぐに無くなり、コンクリートだった道が土に変わり、目の前に川が現れる。





「いやー、今日も輝いてるね」





「やはりこちらの川はいつ見ても綺麗ですね」




陽の光を反射して眩しいくらいに輝いている、そんな川を覗き込んでいる人影が……




「眩しくないのかな」




「え? 何が何が?」




真梨に引っ付かれながら問い掛けられた詩乃は真梨の顔を両手で掴み、強制的にそちらを向かせる。

それでやっと気づいたのか隣で「本当だぁ」と呟き、香穂にも言いに行っていたが勿論香穂は気づいていたため軽くあしらわれていた。



川を覗いていた人はゆっくりと立ち上がり振り向いたため私達三人と目が合う。

川に反射した光が眩しくてハッキリと顔は見えないが、どうやら男性のようだ。




「あー! 同じ制服じゃん」




突然、真梨が相手を指さして叫んだため香穂が「失礼でしょう」と、頬をつねる。

その声に気づいてだろう、早足でこちらに近づいてくる為詩乃は、「あぁ、真梨文句言われるなぁ…」と考えていると、真梨じゃなく自分に向かって来た人物に後ずさる。




「もしかして貴女、彼岸の使者と呼ばれる方ですかっ?!」




「!?」




食いつくように迫って来た彼に圧されて背を仰け反らす。

丸メガネの奥で輝く目を見て怪しさと不思議さを感じ、彼の肩を押して離れさせる。




「……誰?」




「あ、すみません。 ついテンションが上がってしまって……僕は、なぎと言います。 最近この辺りに引っ越してきた者です」




クイッと眼鏡を押し上げ軽くお辞儀をする凪。

なるほど、通りで見ない顔だと思った訳だ。

詩乃の隣で話を聞いていた二人も納得したように頷いていた。




「では凪さんは今日から同じ学校に通うわけですね」




「はい! 途中で綺麗な川があったので、少し眺めていたら皆さんに会ったという訳です」




「なら学校までウチらと一緒に行こうよ! な、詩乃っ」




「え……あぁ、良いんじゃない?」




突然話を振られて戸惑ったが、迷ったら行けないだろうし良いんじゃないかと返事をする。




「よし、じゃあ話でもしながらゆっくり行こー!!」




「おー!」と、一人はしゃいでいる真梨に香穂が時計を確認して落ち着いた様子で言う。




「ですが、あと10分で時間になりますよ?」




「うっそ?! やばいやばい、急げぇー!」




ゆっくり話をしながらとか言っていたのに、誰よりも早く走り出して行く真梨。

それに続いて香穂も走って行くため、詩乃も凪と共に走り出す。




「初っ端から遅刻なんてしたらイメージ悪いですよね」




「いや、まぁ、地形が入り組んでるから許してはくれるんじゃない?」




「そう、ですかね。 だったら嬉しいんですけど」




はにかみながら走る姿を横目で見ながら学校への道を教える。

まぁ今教えなくても帰りに真梨が「一緒に帰りながら教えるよ」とか言いそうだが。



それからは皆必死に走り、無事5分前に学校に到着出来た。




「あぁ〜……間に合った……」




真梨も香穂もトボトボと歩いて靴箱に向かう中、詩乃は凪に職員室の場所を教える。

一度の説明で理解してくれたようでこちらとしても有難かった。




「ありがとうございます。 えーっと……お名前は?」





「詩乃」





「詩乃さん。 ありがとうございます!」





「呼び捨てで良いよ。 私も呼び捨てにするから」





「……はい!」





「おーい、詩乃。 早くしないとチャイム鳴るよー!」





呑気に自己紹介なんてしている場合じゃなかった。

真梨に大声で呼ばれ凪と別れる。




「詩乃、また後で」




その声に無言で頷き真梨の所へと走って行く。

真梨に急かされながらも靴を履き替えて階段を上っていく。

チャイムが鳴る頃には無事三人とも教室に辿り着いていたのだった。

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