パートナー

 悪い噂を聞いた。

 都合の悪い噂を。


「なんであたしとゆうちゃんが付き合ってることになってんの?」

「俺に聞くなよ。俺だってわかんねーよ」

「つっかえな」

「おい、ブーメラン投げるな」


 そう言うわけで呼ばれた助っ人が、俺の片想い人で知られるところの菜月である。

 そのことを知っているのは俺と谷だけだが。




「もっと他に適任がいたと思うんだけど……」

「いや、菜月が一番適任なんだって。川良とか赤仁辺とか、俺の友達はどう考えたって役者不足だし」

「あいつら遊ぶことしか頭になさそうだもんな」

「そう言う谷が一番不適任ダッ!?」


 脛を蹴られた。


「お前……弁慶の泣き所だぞ? 弁慶ですら弱いだろうと言われてるんだぞ? それをお前……」

「唾付けときゃ平気だろ」

「そういう問題だったのか!?」


 いやどんなだよ。テキトーなこと言って混乱させようとするのやめろ。


「……そういうところじゃないかな?」

「ん? なにが?」

「いや、陽子ちゃんと乙木くんって、すごく仲良いでしょ?」

「そうか?」

「あたしとゆうちゃんが?」


 俺は谷と顔を見合せ、そして菜月を見る。


「いや、わからねーんだけど」


 俺達は幼馴染みだから仲が良いとかいうより、幼馴染み故にいろいろ諦めた末の腐れ縁という関係だ。

 諦め合ったが故に、気の置けないパートナーである。


「なんて言えば良いのかな、相手がなにしても許し合えるって言うか、困ってるときに自然と助け合えるって言うか……。とにかく、他人には理解し難い深いところで繋がってる関係、かな?」

「そんな大層なものじゃねーし。な?」

「本当にただの幼馴染み同士だもんな」


 仲が良すぎるとたまに話題になる程度の。


「そもそも、あたしがゆうちゃんに対して恋心的なものを持つわけないじゃん」

「同じく」


 俺が恋心を抱いているのは菜月なわけだし。


「うーん、でも、あんまり仲が良いと、疑いたくなっちゃうよね」

「……え、なに? もしかして、菜月も俺と谷が付き合ってるかもとか思ってんの?」


 俺が問うと、菜月は俺と谷から目を逸らし、小さく頷く。


 ぐらり、と景色が揺らいだ。



「だって、いつも一緒にいて、私が二人の邪魔にならないかなってくらい、すごく仲良いんだもん」



 ……………………。


「あ、あっはははは! ゆ、ゆうちゃん、あんた、い、いひひひっ!」

「なんだそのバカ笑い!?」

「だって、よりにもよって、ぶほっ! な、なっちんにだよ? あ、ひひはは!」

「笑うな!」


 俺の恋心を笑うな!


「えっと、私がどうかした?」

「あ、いや、なんでも……」

「ゆうちゃんが付き合いたいと想ってるのは、アタシじゃなくて――」

「だーっ!? やめろ! やめて!?」


 慌てて谷の頭を抱えて菜月から離れる。


「なに? 馬鹿なの? 童貞?」

「馬鹿はお前だし俺は童貞だ! それよかなに言おうとしてくれちゃってんの?」


 菜月本人に言うか、普通? 


「いや、言うなら今だな、と」

「すごい発想だな!? 突拍子なさすぎて呆れるわ!」

「じゃあ、いつ言うんだよ」

「ぐ……」


 確かに、その通りだ。

 返事が怖くて告白が出来ないなんて、情けないにもほどがある。しかもそれで菜月が誰かの彼女になんてなってしまったら、俺は後悔のあまりやけ食いして太る。もしくはなにも食べられなくなって痩せる。


 どちらにしても、とは言わない。

 俺はただ、俺のためではなく、誰のためでもなく、ひたすらに、がむしゃらに、菜月に恋しているのだ。



「……よし、決めた」

「ならいい加減あたしの頭離せ」

「あっ、悪ぃ」


 慌てて谷の頭を離すと、ぐいと肩を押され菜月のいる方に身体を向けさせられる。


「えっと、お話終わった?」


 惚けるように尋ねる菜月に、俺は無言で頷く。


「ほら、勇気出せ」


 小さく、励ますように、谷は俺の背中を押し出した。


「……菜月」


 俺は一歩、二歩と前に歩み出る。


「えっと、……はい」


 なにかを察したように、菜月は真剣な表情を作った。おそらく、俺はあの何倍も真剣な表情だと思う。


「俺は谷と付き合ってなんかないし、この先そういうこともない」

「断言しちゃうんだ……」


 冗談めかして笑う菜月。そう言われて見れば、なんだかとても恥ずかしいことを言っているような気がしてきた。

 いや、今から己を晒し出すのだ。恥ずかしいなんて言っていられるか。



「ああ、断言する」



 強く、大きく頷いてみせる。


 何故なら俺は、



「俺は――」

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