そっちじゃない

「お前か! ストーカーめ!」

「ひえっ、喋ったぜこいつ……」


 冴えない顔に似つかわしく、随分と気の利かないことを言ってくれる。幼い頃はお人形さんのようだと可愛がられ、持て囃されたが、私だって血の通った生きた人間だ。口を開けば言葉も出るし、モノを食べれば出るもの出る。


「お前みたいに、自分以外の人間を人間と考えられないやつがいるから世の中が悪い方向に向かっていくんだ!」

「ヤバい、可愛い顔して中身熱血漢だぞ。体育会系とか苦手なんだけど……」

「お前は人付き合い自体苦手だろうが」


 呆れてそんな言葉が出てしまう。そもそも、この少年は私と喋る気がないらしく、発言が独り言過ぎる。考える間もなく根暗と判断できた。

 相手に会話する気がないのならば、こちらが語りかけても意味がない。都合が良い発言だけを拾う機械など、相手にしていては時間の無断だ。


「…………、あれ?」


 なかった。

 スマホが、いつものポケットに入っていなかった。

 どこへやったのだろうと探しても見つからない。どうやら、愚かにも家に忘れてしまったらしい。よっぽどストーカーのことで頭がいっぱいになっていたのだろう。


「ふう……」


 済んだことを今更悩んでも仕方ない。大切なのは、これからをどうするか。

 警察に通報出来ないならば、ここでストーカーを眠らせて警察のもとに引きずり出せば良い。


 簡単なことだ。


「シッ!」


 刹那。

 右足で大きく踏み込み、腰を落として少年の薄い胸板に掌底を撃ち込む。


「うおっ!?」

「ふあっ!?」



 手応えがなかった。



 それは私が掌底を外したわけでもなければ、少年が私の掌底を間一髪避けたわけでもない。

 素人ではない私が彼我の距離を誤るわけもなく、鍛えているわけではなさそうな少年は先ほどと比べて一歩も動いていない。


 ならば、どうしてか。


 私の掌は、少年の胸板に半ば埋まっていた。

 それだけで私は瞬時に理解出来た。


「ゆ、幽霊にストーキングされていたのかぁー!」


 私は恐怖のあまり、派手に腰を抜かした。

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