幼馴染
母に持たされたビニール傘を片手に歩いていると、見知った寝癖を見つけた。私は駆け足で近より、横に並ぶ。
「はよっす、にゃーくん」
「ん? ああ、榛名さん。おはよう」
にゃーくんこと猫屋敷くんは、いつも通り表情の読めない細目である。
私と猫屋敷くんと若白毛くんは同じ中学の出身だけど、若白毛くんと猫屋敷くん同士はあまり話をしない。見かけたら声をかける程度らしい。
私は猫屋敷2年生に進級してから猫屋敷くんと同じクラスになったので、それまでと比べると彼とはよく話すようになった。
「珍しく早起きしたから、いつもより早く家出ちゃった」
「いつも遅刻寸前だもんね」
「そうそう」
今まで遅刻0回なのが自分でも不思議である。
「でもそっか、だからか」
猫屋敷くんはなにか納得したように頷く。
「なにが?」
「どおりで今日は雹が降りそうな天気してるはずだよ」
「ちょっと、もう! にゃーくんもお母さんみたいなこと言わないでよ!」
「知らないよ」
猫屋敷くんはそう短く返し、真っ黒な雲に覆われた空を見上げた。
「まあでも、今日は昼から荒れるらしいし、やっぱり榛名さんのせいだよね」
「偶然だって! もー」
「はいはい」
猫屋敷くんの態度に怒った風にしてみせるが、私に取り合わず欠伸をする彼につい笑ってしまった。
そんな風に猫屋敷くんと他愛ない会話をしながら校門をくぐると、少し先に若白毛くんの背中を見つけた。
私はさっそく若白毛くんに声をかける。
「はよーっす、若ー」
「は? 猫屋敷……と、榛名じゃん、やばっ」
若白毛くんは振り返るなりそんなことを口走った。
「早くしないと遅刻するよ」
「お前もだろ、ほら。早くしろ」
「もう、2人して酷いよ!」
どうして私を見るだけでそんなこと言うかな!
いや、私がいつも遅刻ギリギリで教室に滑り込むのが悪いんだろうけどさ。
落ち込む私を尻目に、猫屋敷くんと若白毛くんは並んで歩き始める。私はその背中を追いながら、2人の話に耳を傾けた。
「猫屋敷、最近彼女と喧嘩したって?」
「ちょっとイタズラがすぎちゃってね」
「あいつ理由も話さないまま俺に怒ってきたんだけど」
「ごめんね」
「謝る相手は俺じゃないだろ。今からでも謝っておけよ」
そう指摘された猫屋敷くんは、早速スマホを取りだし誰かに電話し始めた。
おそらく猫屋敷くんの彼女さんなのだろうけれど……そう言えば私は彼女さんを知らない。若白毛くんと猫屋敷くんの幼馴染らしいが、中学高校は別らしいとしか……。
なんだか興味が湧いてきた。
私は若白毛くんの腕を引いて下がらせ、隣に並ばせる。
「ね、にゃーくんの彼女さんってどんな感じの子?」
「変なやつ」
「いや、それじゃわからないって」
「うーん、昔から猫屋敷にべったりで、幸薄そうなやつ」
「他には?」
「他? もう5年近く顔見てないんだぜ? あ、でも独占欲は人並み以上だな」
「うーん」
駄目だ、若白毛くんに聞いても大してわからなかった。
「仲直りできたよ」
そんな無駄な時間を過ごしているうちに猫屋敷くんは電話を終えたようで、笑顔でこちらに振り向いた。
普段表情が読めない猫屋敷くんが、満面の笑みを浮かべていた。
「うわ!?」
「うおっ、なんだどうした遅刻するのか?」
「もう生徒玄関だし後15分あるけどそうじゃなくって! にゃーくんが笑ってる!」
言ってから、大分失礼だったなと反省。
しかし、あの猫屋敷くんが心の底から笑っているのだ!
見るからに!
「僕だって笑うよ」
「上っ面でな」
「そんなことないよ。いーくんわかってて言ってるでしょ」
「お前あいつが絡むと怖ぇんだよ」
「酷い」
猫屋敷くんは悲しそうに眉を八の字に垂らす。猫屋敷くんはやけに表情豊かで、若白毛くんじゃないが、確かに生々しい感じがして恐ろしい。
普段無表情というか無感情に近い人間が感情を剥き出しにすると、こんな風に感じるのかと、私はひとつ学んだ。
きっと偏見。
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