上滑り

 本校舎の物よりも滑りの悪い引き戸を開け、鏑木は生物部室に入る。


「おっす、若。遊びにきたぜ」


 そう声をかけられ、教壇の真正面に椅子を持ってきて座る若白毛はやる気のなさそうな視線を鏑木に向けた。

 その手には文庫本サイズの漫画が握られている。


「おい、部外者は立ち入り禁止だぞ」

「そうですよ」


 窓際で生板が同調する。


「いいじゃん、友達だろ?」

「友達でも」

「真面目だなぁ」


 鏑木は呟くように返し、若白毛の目の前の席に腰を下ろした。

 それを見て若白毛は漫画を教壇の上に置く。そうしてようやく、鏑木といつもつるんでいる谷がいないことに若白毛は気付いた。


「谷はどうしたんだ?」

「風邪だってさ。妹に蹴り起こされたせいだって文句言ってきた」

「あいつも風邪引くんだな」

「ひっでえ」


 鏑木は大袈裟に反応したあと、おかしそうに笑う。それにつられて若白毛も肩を震わせながら控えめに笑った。

 生板は窓際でつまらなさそうにスマホを弄っている。


「あー、そうそう」


 ひとしきり笑ってから、鏑木は思い出したように切り出す。


「夏休みにあった補習の帰りに、皆でグループ作ろうぜって話になったんだけど」

「ああ、俺以外皆参加させられてたやつね」

「言い方な」

「それで、俺だけまだ参加出来てないと」

「そうそう」

「招待送れよ」


 若白毛が挑発するように笑うと、鏑木はまたおかしそうに笑った。


「いやだって、若のID皆知らないんだよ。メアドと電話番号だけ」

「そう言えばまだ教えてなかったなー」 


 言いながら、若白毛は四苦八苦しながら無料通話アプリをダウンロードし始める。


「今からかよ」

「この薄い板慣れなくってな」

「あー、たまに若のメール変だもんな」

「でも言いたいことは伝わってるだろ」

「メール面倒になって電話かけてくるの笑うからやめて」

「悪いな」

「どっちだよ」

「残念だったな、どっちもだよ」


 鏑木と若白毛は二人してバカ笑いする。


「うるさいです、若白毛先輩」


 生板は恐ろしいものでも見るかのような視線を二人に向けながら、冷たく言い放つ。若白毛はバカ笑いをやめると、前髪を掻き分けながら生板に視線をやった。


「悪い、生板」

「だから静流です!」


 生板の牙のような八重歯を向けられ、若白毛はとぼけるように肩をすくめて見せる。その態度が気に入らなかったのか、生板は苛立たしげに口を開く。


「て言うか、グループに誘うぐらいメールで送れば良いじゃないですか」

「なに? もしかしてお前この馬鹿……間違えた、若だ」

「おい、馬鹿はお前の方だろ」

「るせ。で、えーと、若が機械音痴だって知らないのか?」

「え、なんですそれ、若白毛先輩って機械音痴だったんですか?」


 生板は若白毛を馬鹿に出来る材料が得たことで、苛立たしげな態度から一変して目を輝かせる。

 若白毛は鬱陶しそうに生板を睨む。


「黙っとけ、勉強音痴生板」

「うるさいです! 機械音痴のくせに!」


 生板は苛立たしげに自分の荷物を掴むと、づかづかと生物部室を出ていこうとする。


「忘れ物ないか?」

「あったら届けてくださいよ」

「いや自己責任だろ」

「ふん」


 ぴしゃり、とはいかなかったが、それでも生物部室の扉はそれなりに勢い良く閉められた。


「……なあ、鏑木」


 若白毛はスマホを横にしたり縦にしたりしながら鏑木に声をかける。


「お、どうした? アプリ入った?」

「……貧乳って言ってないだけマシだよな? アレはなんで怒ってんだ?」

「おいおい、若白毛さん?」


 若白毛の問いに対し、鏑木は呆れたように大袈裟な溜め息を吐いてみせる。


「俺がわかるわけないじゃん」

「知ってた」

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