スカイヘル  

@biniou

第1話 プロローグ 第五層 最悪な一日の始まり 

人が死ぬ夢を見た。

部屋の中で誰かが殺されたのだ、とムンクは思ったが、それは違った。

正確には、自分が人を殺す夢。

なぜなら右手が真っ赤に染まっていたからだ。汚い。

目の前には、赤と白と黒のでかい塊が落っこちている。臭い。

ムンクは夢だと分かっていたが、その生々しくも見せつけてくる、突然の光景に顔をしかめ、嫌悪感を露骨に出した。そして今の自分の状態に気持ち悪くなり吐いた。部屋中にゲロを吐き散らかした。

すると突如、周りに空全体を覆い隠すほど背の高い木々が隙間なく林立していくのが頭の中で見えた。そして川のせせらぐ音も林の奥から聞こえてきた。現実を懐かしく感じさせる何かがムンクの頭の中を支配していく。

ああ、これは夢だ。現実じゃない。夢なんだ。

今自分は奥深い森の中にいて家に帰る途中、日が暮れてしまったので危険であることを承知で夜の森の奥深くで寝てしまったのだ。

ムンクはこれは夢であるということを思い出してほっと一安心をした。

掃除をする必要などないのだ。

朝起きたら急いで森を出て家に帰り、準備をして仕事に出かければよいだけだ、ムンクは思った。

そして夢から目覚める。

しかし瞼を開けるよりも先に口が反射的に開いた。

そして吐いた。

視覚よりも先に味覚が反応したのだ。

その一瞬、苦く酸っぱい嫌な味が舌を刺激し、ドゥルドゥルと粘っとしたものが下から上へ、食道、喉、舌の上を駆け上がっていき、最後は口の中から飛び出していった。気づくとその嘔吐物の行く先はいつもの馴染みのあるベッドだった。

落ち葉で作られた『森のベッド』ではなかった(ムンクは森の中で眠るときたいてい落ち葉をかき集め作った寝床で寝る。そして洒落た気持ちでそれを『森のベッド』とひそかに名付けていた)。なんてこった。『森のベッド』じゃなく、普段いつもお世話になってるふかふかのベッドではないか。真っ白なシーツがゲロまみれになっている。ここは森の中ではない。ちゃんと家の中だ。

しかもお気に入りのベッドの上。

せっかく普段からどんなに忙しくともベッドだけはきれいに手入れをしているのに。夢同様、現実でも実際に吐いてしまった。汚いし、臭い。

そしてよく見ると部屋の中もなんだかすごく散らかっている。それがまたムンクを苛だたせた。

一体だれが部屋を散らかした?

まあ、すぐに誰かは見当のつく問題ではあるのだが。

深いため息をついて一言つぶやいた。


ああ、急いで部屋を掃除しないと。


思わずムンクは舌打ちしたが、すぐに後悔した。

ムンクにはやってはいけないものとして、ある人との約束から決めているものがいくつかあり、その一つが舌打ちだからだ。


ああ、まったく。最悪な一日の始まりだ。




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