第9話 変異
大蛇の締め付けは、全くと言っていいほど緩むことはなく、ソプラの身体を締め付け、骨は軋みをあげる。
「まさか死んだふり程度で騙されるとは愚かな、これだから人間は甘い。」
二人の様子を交互に見ると、フンと鼻を鳴らした
すると勝利を確信したのか、大蛇は気分が良くなったようで、饒舌に話をしだした。
「貴様らがそれを扱うことには少し驚いたが、その存在の意味を全く分かっていないようだな。やはり人間という存在は無知で無力な存在だ。そうだ、死に逝くお前達だけに、本当の事を教えてやろう。」
そう言うと、大蛇は少しだけソプラへの締め付けを緩めた。
ゲホゲホと咳き込んでいると、さらに言葉を続ける。
「お前達は、なぜ私が言葉を話せるかと、疑問に思わなかったか?」とソプラに投げかける。
もちろんそれは一番の疑問であったが、理由は知らないし、教科書には喋る動物は書いていなかった。
「分からない。」と息を切らしながら言うと、やはり無知だ・・・と鼻で笑う。
「そうか、ならば教えてやろう。我々は、この星の生き物ではない。地球外からやってきた生物なのだ。」
その答えに、遠くで聞いていたシュートも驚きを隠せないでいた。
「お前達の星に小惑星が落ちてきたのは偶然ではない。地球の環境をめちゃくちゃにした貴様らを一掃し、リセットする為に我々の長が落としたのだ。しかし、既に地球の内部まで浸食が進み、このままでは地球の寿命も持って20年ほどであろう・・・。ここから300光年ほど離れた場所にある星に住んでいた我々は、貴様らと同じ過ちを犯し、星を破壊した。だが、高度な文明を有していた我々は、精神体として生き残る事ができたのだ。」
大蛇は上空を見つめる。
「精神体しかなかった我々だが、同じ未来を辿らせまいと、何度も貴様ら地球人に、これから起こることを信号として送り続け、危険を回避させようとした。それを証拠に、人類の中には未来を予知する者が何人か出てきたはずだ。しかし、聞く耳を持たずに、それを笑った。だから我々は決めたのだ。貴様らにただ破壊される位なら、この星を我々の糧にしようと!!」
少しずつかすれていく意識の中、ソプラは耳を傾ける。
「そしてあの小惑星をこの星に衝突させる。貴様らの一部を残して一掃する予定であったが、思った以上にその数は残ったようだ。しかしもはや関係はない。お前、その首に下げている物がなんだか分からずに持っているだろう?」
そう問いかけると、ソプラは首をコクンと縦に振る。
「それは命だ。」
そう言うと大蛇は、少し目を細めた。
「我々は精神体のみの存在であるが故に、物理的な身体を欲していた。精神構造のあまり複雑でない生物であれば、そのまま支配することも可能であったが、貴様ら人間の様な生き物の乗っ取りは難しい。そのためまずは力を付けることから始めたのだ。まずはこの星の生物たちのDNAを少し弄り、強靱な動物の肉体を手に入れるため、成長を早めた。そしてある者は大地から力を吸い上げる為木に宿り、その力が貯まると結晶化した。私の様な動物を乗っ取った者達は、いわばその結晶の回収約として存在している。もちろん乗っ取りの行われていない生き物は多く居るが、1割程度は我々が支配していると言っても過言ではないだろう。」
ソプラは驚いた様に大蛇を見つめ直す。
「貴様らが生かされた理由がわかるか?ふふ、話の流れから察したようだな。そう、貴様らの身体を乗っ取り、この星を離れる為だ。地球人の身体の構造は、我々がまだ物理的な存在をしていた時とよく似ている。そのため我々の中でも力の強い者に地球人を支配させ、肉体を手に入れるのだ。肉体さえあれば数を増やすのに苦労することはない。既に何人かは地球人の身体を手に入れ、地球外に行くための船を製造しているところだ。しかし、ここで一つ問題があった。」
大蛇は顔をしかめながらさらに続ける。
「我々が木に宿り、結晶として生み落とされる際に、緑色の結晶として産み落とされた者は元々の力が足りず、生きている人間には支配を行うことができない事がわかった。一度殺した人間に支配を行い、蓄えた力で再生すると、生殖機能が破壊され、数を増やすことができなくなる。しかし、元々の力が強い者は、赤色に発光するまで力を蓄えて結晶化できる事が分かり、我々の長は、赤色の結晶として産み落とされたが故、生きた人間を支配することができたのだ。」
ふはは、と大蛇は高らかに笑う。
「中には未熟故、肉体があった頃の能力を人間にうまく使われている者も多いようだが、貴様の胸にあるそれは違う。赤色に発光し、充分な力を持っている為、貴様らには扱えないだろう?そして我々が特殊な電波を送ることで目覚め、地球人の身体を乗っ取り始める事ができる。しかし、長が乗っ取った地球人の意識はかなり強かったようでな、ある狩人の男に乗っ取りを行ったが、まだかすかに自我が残っているらしいのだ。煩わしい事にな。」
その言葉にソプラはハッとする。
「おい、それは何年前の話だ!」
息を切らしながら何とか声を絞り出すソプラ。
「ん、そうだな。地球人の時間で言うと3年ほど前の事だ。私がやつをとらえる前に、他の地球人共はそいつを“スケール”と呼んでいた記憶がある。」
間違いない・・・とソプラは確信を持つ。
父さんだ!!!
「それは・・・僕の父さんだ!!父さんを返せ!!」
そう言うと大蛇は目を丸くして、「ハーハッハッハッハッハ!!!!」と大きく笑う。
「そうか、貴様の父か!!これはいい手土産ができた。ふふ、そうだ。その赤い結晶に居る仲間を、お前に入れる事にしよう。親子二代で活躍するのも一興ではないか。」
そう言うと、大蛇は少し黙り、ソプラの胸元に輝く星の雫をグッとにらみつける。
「やめろーーー!!!」
ジタバタと抵抗するも、暫くすると赤い輝きがさらに強くなり、次の瞬間、結晶から触手のように木の根が生え広がったと思うと、ソプラを包み込んだ。
「うわあああああああ!!」
叫び声を上げるソプラだが、全く抵抗もできずに飲み込まれ、その姿形は徐々に変化する。
170センチ程度の身長は徐々に大きくなり2mを越し、華奢だった細い腕と足は丸太の様に太くなる。
胸元には赤い結晶が埋め込まれ、顔は鬼のように険しい表情に変異した。
その恐ろしい風貌への変異を、シュートはただ何もできずに見ているしかなかった。
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