Round.05 ジゼル /Phase.8

「衛星ファーンの極点座標ゼニスポイントにフィラディルフィア艦影ッ!」


 ラーンの管制室に入ったユードラの脇で、レーダー観測官が叫んだ。

 光学観測探信儀オプティカルサイトには、アストライアを機材砲デミカノンで撃ち出した外宇宙船スターシップの姿が映っていた。

 ツァーリ恒星系第六惑星ロウスで観測された光は、潜伏するフィラディルフィアの信号だったのだ。


 衛星ファーンの極点座標ゼニスポイントに表れた、外宇宙船スターシップフィラディルフィアは、ラーンへ流星突撃メテオチャージを慣行する骨格艦フラガラッハクロムナインの姿を補足。状況を理解したセラエノは、アストライアを機材砲デミカノンで射出。超音速の砲弾となって駆け付けたのだった。


機材砲デミカノン骨格艦フラガラッハ撃ち出すとか。確かにそりゃ速いけど……ユーリも苦労してるわね」


 ユードラは近くの机に寄りかかり、溜めた息を深く吐いた。

 元々、戦闘には疎い学者肌である。緊張しっぱなしの状況だったが、セラエノが現れたことで、集中の糸がぷっつり切れてしまった。


「しかし、依然、骨格艦フラガラッハの数では負けています。それにセラエノ様のアストライアは左腕のフレームが……」


 映像に映るアストライアの左腕は、肘から先がN字関節ごと斬りおとされている。シュタルメラーラ戦の損傷がそのままの状態だ。


「コンテナ艦を喪失しているから、おそらく補修資材が不足していたのでしょう」


 コンテナ艦を消失し、随分と身軽な姿になっている外宇宙船スターシップフィラディルフィアの光学映像から、ユードラはそう推測した。

 しかし、それでもエルアドレではなく、自身がアストライアで駆け付けたのだ。


「セラエノなら片腕でも関係ないわ。確か、アストライアの固有発現能力リアクタースキルは……」


「勝てますかね……?」


 実は二隻目のエルハサルが中破した時点で、ラーンの管制室はお通夜状態であった。


 頼みの綱のレイオンは海岸側に引き付けられ、カノエも残ったラグナも防戦一方だったからだ。

 二隻目のエルハサルが中破させられた時には、降伏申し入れの為の交渉団の編成を始めていたほどである。


「数の不利はセラエノがどうにかしてくれると思いますが、あとはカノエ様のジルヴァラが……」


 そのジルヴァラは、頸椎フレームをホールドされた絶望的な状況。しかしユードラはカノエに、レイオンやセラエノと同じ可能性を観ていた。


「興味を惹かれたのは、研究対象としてだけじゃないですよ……カノエ様」


 急場に駆けつけたアストライアだが、その左腕はシュタルメラーラに斬られたまま。

 それは相手が居らず後ろに控えているだけだったクロムナインに、軽はずみな行動を取らせるに十分な要素だった。


「しめた。外縁天体で船長に斬られた腕が直ってねえ。俺が行きやス」


 チャンスとばかりに、クロムナインがアストライアへ跳躍突撃バレットチャージ


「ばかやろう! 迂闊に突っ込むなッ!」


 ジゼルが慌てて制止するがもう遅い。

 クロムナインの跳躍突撃バレットチャージを、アストライアは真正面から受け止めた。

 衝撃波が地を走り、硬質にして重い音が響き渡る。

 次の瞬間、クロムナインの両腕がゴトリ、と落ちた。

 エーテルシュラウドの超構造体ちょうこうぞうたい化効果を失った腕は落下の衝撃であちこちが砕け、アームの折れた外装甲板ブルワークが弾け飛ぶ。


「腕がッ!?」


「最後に対戦した時のアレか……ほんとズルいよなぁ、それ」


「んっふっふ。でしょう。ヘヴンズハースの骨格艦フラガラッハは、固有発現能力リアクタースキルのプロパティが無かったから、あの対戦はほとんどズルだったんだよね」


「いやそれって、ほとんどっていうか完全にズルでしょ……」


 アストライアの腰のあたりに移動させた可動式格納庫アームドシースからは、二対の小さな腕部フレームが生えていた。その尖端には、最小の剣戟兵装である暗鬼短刃アサシンダガー

 人体を模して稼働する骨格艦フラガラッハには通常、持たせたとしても、重力刃じゅうりょくじん超構造体ちょうこうぞうたいを破断する膂力が稼げないが、それを可能にするのがアストライアの固有発現能力リアクタースキルだ。


「あの時もそいつで狙っていたな」


 ジゼルが言い示すのは、フィラディルフィア艦上戦の時の話だ。


「アストライアの固有発現能力リアクタースキル“サイドアームズ”……さすがに、あんたは引っかかってくれなかったけどね」


 右腕に半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴ可動式格納庫アームドシースから生えたアームに暗鬼短刃アサシンダガーを二本構え、アストライアは歩を進めようと踏み出した。


「動くなセラエノ。コイツの頭を潰すぞ」


 シュタルメラーラはいまだ、ジルヴァラの首を掴み、艦上曲刀カットラス頭部艦橋クラウンシェルに向けたままであった。

 このまま一突きすれば、カノエの命は無い。


「潰せるかな? 彼、結構しぶといよ?」


 セラ――セラエノと呼ばれた耳の長い少女は、ニヤリと笑ってジゼルに答えた。


「一人斬ったぐらいで、ビビってるような奴に何ができる」


「言われてるよ、カノエ君。その程度で終わる君じゃないよね? 腑抜けてるなら、ぶっ飛ばすよ?」


 遠野ミストの頃と比べて、少し雰囲気が大人びたセラが、あの時と同じ含み笑いでカノエを流し見る。


「わかってるよ、セラ――アトマ、空を斬れ」


 カノエは、それに応じるように自然と笑みを浮かべた。


【はい?】


 カノエの唐突な言葉に、アトマが変な声で聞き返す。


「ロックオンを外して、ジルヴァラの照準を真上に、早く」


 通信音声をオフにしながらカノエは、アトマに言った。


「武装解除しなセラエノッ!」


 ジゼルの注意は完全にアストライアの方に向いている。今しかない。


「んふふ……お断りします」


「なん――」


 骨格艦フラガラッハの攻撃は骨格挙動マニューバを持って行われる。

 事前にストラリアクターにセッティングされている挙動以外は基本的に行えない。

 ストラコアは骨格挙動マニューバの微調整や状況や状態の補正は行うが、それはあくまで決まった挙動に対する制御。

 それらをいちいち手動制御していては、戦闘速度に対応できないし、十分な膂力も得られないからだ。


 その為、ジゼルの“ヘイトレッド”を用いた“掴み技”は、相手の骨格挙動マニューバを封じる意味では、実に効果的な戦術だった。

 振り解こうとすれば“ヘイトレッド”で抑え込まれ、“自機を掴む腕を斬る”という骨格挙動マニューバは、前もってジゼルの能力と行動を予測できない限り、それに対応した挙動がセッティングされていることは少ない。

 そして密着した拘束状態で通常の斬撃を放っても、剣速が足らず、密着した外装甲板ブルワーク重力刃じゅうりょくじんを抑え込まれてしまう。


 重力刃じゅうりょくじんがエーテルシュラウドによって超構造体ちょうこうぞうたい化した物質を破断するには、骨格挙動マニューバによる斬撃の速度と膂力が必要だった。


 しかし今回はジゼルが甘かった。セラエノに気を取られ、カノエに状況に対応するだけの時間を与えてしまったのだ。

 そして、カノエは剣を振るう先を天に向けた。

 鍛錬鋼刃ハバキリを、自立稼動する外装甲板ブルワークの防御に阻まれて刃を振れない正面ではなく、天に向かって振るった。

 二隻の骨格艦フラガラッハの隙間を、重力刃じゅうりょくじんの蒼い刃光が滑り、頭部艦橋クラウンシェルを掴んでいたシュタルメラーラの左手首を斬り飛ばす。


「こいつッ!」


「ロックオン、シュタルメラーラ、赤眼のカーディナルジゼルッ!」


【あいよぅ】


 カノエが短く息を吐くと、それに応じるように、天を仰ぎ見ていたジルヴァラの頭部艦橋クラウンシェルがシュタルメラーラを眼前に据えた。

 斬り上げた鍛錬鋼刃ハバキリを巻き取るように右旋回。

 一回転したジルヴァラの左脇から、再び蒼い重力刃じゅうりょくじんが光線を曳いて閃き、一刀両断の最大斬撃ハイスラッシュが放たれた。


「調子に乗るなッ!」


 シュタルメラーラは辛うじて、艦上曲刀カットラスで防御。蒼い紫電が弾け散る。


「惜しいッ!」


 ギリギリと音を立て、互いの重力刃じゅうりょくじんが火花を散らす。


「小賢しいッ!」


 業を力で薙ぎ倒すシュタルメラーラの斬撃。

 片手で振るう艦上曲刀カットラスの一撃が、鍛錬鋼刃ハバキリごとジルヴァラを弾き飛ばし、再び二隻は距離を開けた。

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