Round.05 ジゼル /Phase.4

【向こうは大丈夫そうだね】


「アトマは大丈夫なの?」


【さあ。何のことやら】


 そんなことを言いながら入ったのは、ラーン軍事基地の骨格艦格納庫。全高百mの骨格艦フラガラッハを収容できる巨大な地下ドック。

 逸る気持ちを押さえながらエレベーターから降りると、そこにあったのは、外装甲板ブルワークを換装されたジルヴァラだった。


「あれ、外装変わってる?」


「ええ、ジルヴァラの外装甲板ブルワークは必要最小限が装備されているだけでしたので、アトマ様と相談して、シンザのエル・シリーズの汎用外装甲板ブルワークを幾らか増設しておきました」


「いつの間に……ほんと何から何まで」


「私が出来るのはこの位です。アトマ様のブラフマンへの帰還、学者として大変興味があります。海賊なんかに邪魔されるわけには行きません。カノエ様、ご武運を」


 ユードラはカノエの手を取り、その手の甲に口付けをした。


「な、何を」


 女性関係には疎いカノエである。


「戦勝のおまじないです。父が言うには、私の口付けはご利益があるそうですよ」


 微笑むユードラに見送られながら、カノエはジルヴァラへと乗り込んだ。


 胸部居住区ブレストキャビンに入り操縦席へ座ると、すぐさま頭部艦橋クラウンシェルへと上げる。

 アーチボルトの流星突撃メテオチャージが陽動なら、間も無くナスカ渓谷帯から、ジゼルの率いる敵本隊が、ラーンを制圧する為に強襲を仕掛けてくるはずだ。

 カノエの目論見では、ラーンから逃げるか、そうでなくとも都市から離れて戦いたかったのだが、先制気味の流星突撃メテオチャージで見事に釘を刺された格好だ。


「そういえば、あの騒がしいおにーさんアーチボルト骨格艦フラガラッハ、いつの間に直したんだろう。アレから一週間ぐらいしか経ってないよね。そんなに簡単に修理できるものなの?」


 衛星ファーンの軌道上で倒せはしなかったものの、アーチボルトの骨格艦フラガラッハクロムナインを半壊せしめたのは、他ならぬカノエ自身だ。


【光学観測を見せてもらった感じ、上半身の骨格の細部が違ってたから、上半身だけ別の艦かな】


「んな二個一みたいなこと出来るのか?」


【そりゃリアクターに接続さえすれば、変な形に繋いでも動かせるからね。でも扱うヘルムヘッダーは人間だし、骨格挙動マニューバにしても剣術や武術をデータベースにしているから、骨格フレームは画一化されてるけど】


 要は骨格フレームの形状は変えれないものの、骨接ぎは簡単だということらしい


「人型って言う割には、骨格艦フラガラッハって結構、変な間接してるけど……」


 骨格艦フラガラッハの関節は、人の四肢というよりは、工業機械のアームのような構造をしている。

 所謂スーパーロボットやヒーローロボットなどと違い、そこがヘヴンズハースのデザインの秘訣であったのだが、歪な構造ではある。


【人体の柔軟性や伸縮性を再現する都合なんだよねぇ。駆動伝達系の流動金属フロウメタルは別だけど、エーテルシュラウドは対象を超構造体ちょうこうぞうたい化するから、柔軟性はからきしだし】


「まあ確かに、昔の四角いロボットみたいな構造だと、関節曲がらなさそうだけど……」


【あ、管制から連絡】


「ミクモ様、ご依頼通り、急造で質量火砲カノンをエルハサルに装備させましたが……」


「じゃあ、ラグナさんには上がってもらって、上空から索敵。敵骨格艦フラガラッハの潜伏場所を発見したら、そのまま砲撃を加えてもらって下さい。それで敵を炙り出せるはずです」


 そうこうしていると、ゆっくりとジルヴァラを乗せた搬送用エレベーターがせり上がり始めた。

 斜めに競りあがるエレベーターの先には、底抜けに蒼い空が見えた。

 こちら側へ来るまで、空をのんびりと眺めたことなど無かったかもしれない。遠野の街はどんな空だっただろう。


「了解。ラグナ艦、上空にて索敵後、対地砲撃を行ってください」


 完全に地上に出たジルヴァラと入れ替わりで、本来外宇宙船スターシップ艦載砲である質量火砲カノンを装備したエルハサルが飛翔した。目立たぬよう跳躍ではなく、偏向重力推進ベクタードスラストでゆっくりとである。


「ただ上空に上がるだけで敵艦、見つかるんですか」


 やや不服そうにエルハサルのラグナが言った。急にやってきた子供が、偉そうにしているのだから仕方ない。

 カノエは心が折れないように、精一杯大人ぶって指示を続ける。


「渓谷へ潜伏するのは、拠点の光学センサーが地表面に遮られるからなんで、こっそり上空へ上がって索敵は良くやる手なんです。少々危険な手ではありますが……」


 同じ理屈で、アーチボルトに成層圏から観測されているラーン守備側の配置は、相手に看破されている。

 危険な方法ではあるが、こちら側も早急に相手の戦力を確かめる必要があった。


「危険は承知の上です。やっては見ますが……」


「見つけたら撃って、反撃される前に戻ってください。向こうからは丸見えですから。他の方は飛び出してきた敵艦をすぐに攻撃してください。砲撃で動揺している時が一番倒しやすいです」


 ヘヴンズハースのセオリー通りなら、これで有利に事が進められるはずだ。


「まあ、レイオン様のお墨付きだ。当てにさせて貰いますよ、ミクモ殿」


 軽く顔合わせをした程度の仲なので、僚艦としての信用はないが、レイオンのお陰か、指示に嫌悪感が出るほどではないようだった。

 最初の指示が通ったので、カノエは一先ず息を吐いた。ヘヴンズハースの時でも、人に指示など出したことは無かったのだ。

 あの頃、そう言うことは大体セラやその友だちがやっていて、カノエは指示通り動くだけでよかった。


「巧く行けばいいけど……」


【ま、何とかなるんじゃないの?】


 アトマはこのお気楽さである。

 カノエはと言えば、ゲームではないと考えれば考えるほど、負けられない緊張で手がじんわりと汗ばんでいた。

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