ジゼルの章

Round.05 ジゼル /Phase.1

 首都ラーンの北部に位置するナスカ渓谷地帯。


 渓谷の谷間を宇宙から見たとき、鳥の絵が描かれているように見えることから、古代太陽系の言葉を用いてその名が付けられた。

 その数百mに及ぶ地層の崖で守られた深い渓谷は、身を隠すにはもってこいの場所である。ジゼル達はそこに野営地を築いていた。


「で、仕掛けはどうする?」


 骨格艦フラガラッハシュタルメラーラの胸部居住区ブレストキャビンでソファにもたれながら、ジゼルはナインハーケンズに残ったクロウドの報告を聞いていた。


 精度や距離はともかく、基本的に暗号化出来ず、垂れ流しである等方性通信波とうほうせいつうしんはでは、易々と傍受される危険があるため、衛星軌道上のナインハーケンズから直接垂らされた無重力合金鋼ゼロスティールケーブルを使った“有線通信”だ。

 ナインハーケンズではこの為に、五十人規模の通信敷設部隊を編成している。喧嘩が得意なだけの海賊では、長生きは出来ない。


「アーチボルトに流星突撃メテオチャージを敢行させます。迎撃の為に敵主力の一隻にでも喰らいつけば、船長と降下した部隊で大体制圧できるでしょう」


「アイツの艦はジルヴァラ戦で大破したんじゃないのか?」


「援護も無しに、単艦で流星突撃メテオチャージを仕掛けるとなると、船長かアーチボルトぐらいしか役者がいねえんですよ。アストライアに斬られた六番艦が、腰椎フレーム以外、綺麗に無傷だったんで、上半身を入れ替えで間に合わせました」


「ご苦労さん」


「それと、破壊された一番艦の胸部居住区ブレストキャビンは精密部品類が全滅で物が足りないそうです。船内工場で間に合わせを作れなくは無いですが、精度を考えると、腕の良い技師のいる恒星系に寄りたいと」


「ディエスマルティス探索からこっち、ろくすっぽ補給も受けないでフィラディルフィアを追ったからな。整備班には“わかった”と伝えろ――それで、その作戦、クシャナはなんと言ってる?」


「それが、作戦自体に異論は無いみたいなんでスが……」


「ジゼル姉さま」


 困り顔で言い淀んだクロウドとは別のウィンドウが開き、クシャナの少し恥ずかしそうな顔が映し出された。


「どうしたクシャナ」


「深淵の連絡員が銀紫の帰還者と接触しました。古き民が目覚めれば、書架の記す因果律の地平を越えるかもしれません……」


「この通り、なんの事やらさっぱりで……」


「ジルヴァラの自我発現個体ヒューレイがサンバルシオンと接触したらしい。しかし古き民? 太陽系人類ソラスではなくてか? ……あの少年、やはり何かあるのか?」


 顎先を触りながら、ジゼルはクシャナの言葉の意味を慎重に吟味する。


「言ってる事わかるんでスかい?」


「お前はわからんのか? 要は、イレギュラーな奴がいるってこった」


 驚くクロウドに、ジゼルは然も当然といった風に答えた。

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