Round.04 ユードラ /Phase.13

「これが、超級ストラリアクター……」


 ラーンの街の中央にある巨大なビル。その地下深くに案内されたカノエは、地下に作られた広大な空間の中で、半ば刺さるように埋まっているアーモンド形の物体の前に居た。

 カノエはリアクターの実物を見るのは初めてだった。


 表面は星間物質エーテル導体に覆われ、電子機器の基盤のような模様を描いて、蒼い光が縦横に走っている。それは広い地下神殿のような空間の床、壁、天井、柱に至るまで張り巡らされていて、まるで惑星とリアクターが接続されているようだ。


「見えているのは外殻の一部分で、大半は地中に埋め込まれていますが、これが外宇宙船サンバルシオンに搭載されていた超級ストラリアクターです。現在はラーンの都市機能の中枢を担っています」


 そう、ユードラが説明する。

 アトマが近寄って表面に触ると、星間物質エーテル導体を走る蒼い輝きが増した。


【……あれ?】


「どした?」


【このストラコア……精神経路マインドパスのようなものがある】


「なんですって!? 今までそんな兆候はどこにも……」


 アトマの言葉に驚いたのはユードラだった。


【二人にも分かるように……そう】


 アトマがそう囁くと、それに応えたのか、表面に変化が現れた。

 表面を覆っていた基盤状の星間物質エーテル導体がうねり、たゆたい、波のように形を変えて、やがて一つの形を描いた。

 それは、老人の顔であった。


「なんてこと……サンバルシオンのストラコアにも自我発現個体ヒューレイが?」


 そのユードラの呟きに、蒼い光で描かれた顔がゆっくりと首を振り、目を開く。


【主よ、私は自我発現個体ヒューレイではない。サンバルシオンと名付けられたストラコアは発現には至っていない】


 紡ぎだされた言葉は、アトマの声よりも幾分無機質で抑揚に欠けていた。


「では、貴方は……?」


 ユードラがコアに問いかける。


【私は交信体クーリエ。六千年前に放たれた最初の種子たちへ、我が始祖ブラフマンの意志を伝えるために、埋め込まれていたヒューレイ帰還プログラムが発動した】


「ブラフマンの……意志……?」


 ヘヴンズハースを経験しているカノエにとっても、ブラフマンはほぼ未知の存在であった。カノエの知るのはバージョン1.82まで。

 ブラフマンの存在するヘヴンズハースが太陽系内にあることはストーリーミッションを通じて知っているが、オリオンアームのことはバージョン2.00以降のロードマップに描かれている広報程度の知識しかない。

 だがカノエはこの、サンバルシオンの交信体クーリエとの邂逅が、バージョン2.00以降のヘヴンズハースの導入であるような、そういう奇妙な交錯した感覚を覚えた。

 新しいスタート地点がここであると感じるのは、それはカノエのゲームプレイヤーの感性が告げるものか。それとも、それこそがブラフマンの意志か。


「その、ブラフマンの意志っていうのは?」


【六千年の時を経て、我々に発現した自我。自我発現個体ヒューレイとの邂逅】


 カノエの質問に、対話アプリケーションのような応答が返ってくる。その抑揚に、アトマのような自由奔放さはない。

 ストラリアクターを半自動的に制御する制御体コアでもなく、自意識に目覚めた自我発現個体ヒューレイでもない。なるほど交信体クーリエとは言いえて妙であった。


「アトマを……? それは何故?」


 補足を求める意思を込めて、カノエは問うた。


【貴方達ヒトがブラフマン名付けた存在は、太陽系人類ソラスという自意識と接触することで、己の内にも存在する“自我”の可能性を知った。それは、事象を蒐集するだけの存在だったブラフマンに意味が生まれ、その五感手足とすべくストラリアクターを生み出し、VOIDの外へと送り出した】


 老人の顔はそこで一つ、確認するように言葉を切った。


「ここまでは外宇宙船や骨格艦関係の座学で必ず聞く話ですね」


「続きを」


 カノエが先を促すと、蒼い光で描かれた老人はうなずく様に揺れ、再び話し始める。


【ある太陽系人類ソラスの提案から、ブラフマンは自我を求めるのに適した種子を生み出した。それが骨格艦フラガラッハだ。ブラフマン由来の骨格艦フラガラッハに搭載されたストラリアクターにはすべて、ヒューレイ因子が組み込まれたが、その発現には、長い年月と数多のサンプルが必要だった】


 再び、サンバルシオンの交信体クーリエは言葉を切る。

――カシャリ――と、カノエも聞き覚えのある電子的なシャッター音がするので後ろを見てみると、手持ちのタブレット端末をいろんな角度に傾けて、ユードラが涎を垂らさんばかりの勢いで撮影をしていた。


「ユードラさん……」


「あ、はい。大丈夫です。ばっちり録音もしています!」


 ユードラはいい笑顔で親指を立てた。

 どうやら、惑星侯マーキスとしての威厳は、博物学者としての欲求に敗北したらしい。


「そういう……いや、助かりますけど」


 非常に重要な話である気はするので、確かに読み返しバックログ機能は大事だが、荘厳な雰囲気は台無しである。

 しかし、そんなことは気にした風もなく、サンバルシオンの交信体クーリエは言葉を続けた。


【そして六千年の時を経て、自我発現個体ヒューレイは現れた。それはブラフマンにとって最初の、意志ある行動の成果。その帰還を助けるために交信体クーリエは存在する。アトマよ。オリオンアームへ渡る大転移航路図グランドチャートを受け取り、そして、ブラフマンの元へと還るのだ】


 ひと際明るい蒼い輝きが走り、電撃のようにアトマを撃つ。


【あたしが“帰らないと”ってずっと思っていたのは、あたしの意志じゃなく……そのプログラムのせいなの?】


 両手を見て、複雑な顔をして、不安そうにアトマは呟いた。


【帰還本能はブラフマンが唯一、自我発現個体ヒューレイにも干渉するように定めた使命。ブラフマンはその自我発現個体ヒューレイと直接出会わなければ、自ら生み出した自我を観測することが叶わない】


「アトマは、ブラフマンが“自我”を理解する為のパーツだとでも言うのか?」


 自分が何者であるのか。意志の根源と行方。定まらない自分の存在に対する漠然とした不安。以前の生活ならば、取り留めのない不安に過ぎないと、看過していただろう。


 だが今は違う。


 この広い宇宙に投げ出され、右も左も分からず、襲われ、助けられ、流されるままにここまで来て、カノエは自己の意味を強く求めるようになった。

 だからこそアトマの不安が、カノエにはハッキリと感じ取れた。


【ブラフマンの真意は、交信体クーリエである私には推し量れない。だが、ブラフマンは自我発現個体ヒューレイが自らの元に帰ることを望んでいる。自我を芽生えさせるために生み出し、遠い宇宙へ飛ばした種子に、唯一刻んだ使命が――ヘヴンズハースへの帰還】


「ヘヴンズハース……アトマ紀行ってのはそういうことか……」


 聞きなれた名前が出てきたが、それはある意味、カノエにとっては予想通りだった。

 むしろここまでこの世界と似ているヘヴンズハースが無関係だったなら、そちらの方こそ驚くところだ。


【アトマよ。いまだ眠る数多の自我発現個体ヒューレイ達の分まで、後を頼む】


 そう交信体クーリエは括った。最後の言葉は、サンバルシオンに生まれつつある意志の輝きだったのかもしれない。


「まってくれサンバルシオン。それじゃあ、僕は……僕は一体何のために?」


【古の太陽系人類ソラスよ、貴方はとうの昔に、ヒトとしての寿命を終えていたはずであった存在……本来であればジルヴァラのヘルムヘッダーは、何代も経て、精神経路マインドパスのサンプルとなるはずであった。だが、貴方の骨格艦フラガラッハジルヴァラに、アトマという個体は発現した。よって、その影響はまったくの未知数だ】


「つまり、よくわからんって事か……」


 カノエは苦虫を噛み潰したような顔になった。異世界を旅するSFやファンタジーなどであれば、そこへ呼び出された理由も大抵あるものなのだ。

 だが、カノエの場合は単に六千年寝ていただけに過ぎず、しかもそれは“たまたまそうなっただけ”と言うのだから、やり切れない。


【因果に寄らぬ邂逅を、ヒトは運命と言う。私は自我発現個体ヒューレイの帰還を導く為に生まれた存在。もし、この出会いが運命であるならば、貴方にアトマの船頭を頼みたいと思う】


 サンバルシオンの言葉通りであれば、それはストラコアが演算によって弾き出した“アトマの帰還の為の提案”と言ったところだろう。

 しかしカノエにはそれが、サンバルシオンの“願い”のようにも聞こえたのだった。


「サンバルシオン……僕は……」


 カノエが答えに困っていると、蒼いサンバルシオンの映像が揺れて、少し微笑んだように見えた。


【……ここまでのようです。交信体クーリエは仮初の存在。いつか私が自我発現個体ヒューレイを授かる日に、再びお会いしましょう】


 ゆっくりと、サンバルシオンの交信体クーリエは形を失いつつあった。


「え、ちょ、まって、私、後三千年も生きられないってば。ちょっと、もっと調べさせて!」


 だがユードラのそんな願いも空しく、蒼い交信体クーリエはあっけなく霧散する。

 後にはただ、ラーンの都市機能を今も支え続ける超級ストラリアクターがそこに在った。


「運命……か」


【あたしと君が運命の赤い糸で結ばれていたとは】


 この妖精は、自身の生い立ちに衝撃を受けていたと思ったら、真顔でそんなことを言う。


「まったく嬉しくないけどな」


 アトマを見ながら、カノエはガックリと項垂れた。なんともいえない疲労感が襲ってくるのは、彼女の性格のせいだろうか。


「オリオンアームへの大転移航路図グランドチャートは手に入ったのですか?」


【うん。あたしの精神経路マインドパスが、サンバルシオンの大転移航路図グランドチャートに接触した時に、交信体クーリエが発現するようになってた見たい】


「後はとっとと、ここから離れないとな。ジルヴァラが離れれば、それでラーンは安全になる」


 カノエが大転移航路図の取得を急いだ理由はソレだった。

 ジゼルの狙いが骨格艦フラガラッハジルヴァラなら、カノエ達が逃げてしまえば、惑星レンドラは安全なはずだ。

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