Round.04 ユードラ /Phase.5
アトマの小さな体が、腰の羽を摘まれてぶらぶらと揺れる。
「
「な……!?」
ユードラが驚愕に目を見開いた。
「ヒューレイですと? 本物ですか姫様?」
さらにはレイオンまでもが通信ウィンドウを開いて声を上げた。
「姫様言うな――私も実際に見るのは初めてです。シンザの
「これが、噂に聞く剣を極めた者の
レイオンはその目を驚愕に大きく見開いて呟いた。
――どうもなにか、大きな思い違いをしているようではあるが。
驚愕に口元に持っていった手を振るわせるユードラと、思わずモニターに身を乗り出して凝視するレイオン。両者に共通するのは、信じられないものを見たという表情である。
アトマの
その事をふまえ、この世界がヘヴンズハースと酷似していると仮定すると、アトマは随分と希少な存在なのかもしれない。
「いえレイオン、
「何ですと!? 剣の精霊ヒューレイと言えば、アルハドラ様の
「あのお父様は……門下生にまた、そんなしょうもないホラを……」
レイオンは至って真面目に答えたようだが、その回答にユードラは頭を抱えるのだった。
カノエとしてはレイオンのエンディヴァーと剣を構えあった状態のままで、さっきから神経がピリピリとしているのだが、口を挟んで薮蛇になるのも怖く、傍観しか出来ないで居る。
【あたしってば剣の精霊だったの?】
「話がややこしくなるから止めてくれ」
三者三様にマイペース過ぎて、カノエは頭を抱える他無かった。
「良いですかレイオン。ヒューレイと言うのは剣の精霊などではありません。ストラリアクターの制御システム、ストラコアが長い年月の末に自我――
ユードラは眼鏡の位置を直しながら、レイオンに講義を始める。
カノエとしては緊張状態の中、ジルヴァラをホストにして通信のやり取りをしないで欲しいのだが、下手に刺激するわけにも行かず、引きつった笑いが出るばかりだった。
「なるほど……さすがは姫様、大変わかりやすい講義です。つまり、
これには、話半分も判らないカノエも、ズッコケそうになる。
どうも
「……貴方の場合、大筋の認識はそれでいいです。後、姫様やめなさい」
「あの、そろそろ本題を……」
隙を見たカノエは意を決し、言いかけたが、その前にユードラが口を開いた。
「しかし、実際に発現した
なにやらユードラの瞳が、驚愕の色から情熱の色に変わり、やや興奮気味に食らい付いてくる。その視線の先にあるのはアトマだ。
【えと……アトマ、です。てへ】
急に矛先が自分に向いたせいか、珍しくしおらしい返事をする。作った表情が若干小憎たらしいのがアトマらしい。
「アトマ様――っと……」
「様……!?」
カノエとしては矛先がアトマに向いたのは有り難い展開だが、ユードラの第一印象の内、お姫様要素がどこかへ行ってしまっている。
「少し時間を下さい」
ユードラはタブレット端末を取り出すと、何かの操作を始めた。
指の動きを目で追っていると、どうも写真を取っているようで、しばらくの間――カシャカシャ――というタブレット端末の疑似的なシャッター音だけ響いた。
「あの……えと、ユードラさん?」
カノエはさっきから、剣を構えたままのエンディヴァーが気になって仕方がない。
正直、左手がアトマを摘まんで塞がっているので、今斬り込まれたら、どうにもできない。
領主なのだから偉い人という事はわかっているものの、正しい敬称などわかるはずも無く、とりあえず“さん”を付けて呼びかけてみた、のだが……
「……いい。素晴らしいわ」
ボリュームの有る長い金髪の下、眼鏡の奥で、碧眼がギラリと光ったように見えた。
「姫様?」
「レイオン、カノエ様とアトマ様を丁重にラーンまでご案内なさい。くれぐれも逃がさ……っと、丁重に、です」
「承知致しました」
その勢いにレイオンも口を挟むことなく頷く。
【んまあ……そうなるよね】
相変わらずカノエに摘まれてぶら下がったままのアトマは、全身を虚脱させて、竿に干した布団のような姿で項垂れていた。
「え? え?」
どうやら、カノエはまた“選択肢”を間違えたらしい。
しかし、これに正解はあるのだろうか。
【ちゃんと味方って分かるまでは、一応あたしのこと、伏せておいて欲しかったんだけど……まあ悪い人たちじゃあ無さそうだし、いいんじゃない?】
「そういう大事なことはちゃんと言ってくれ……おかしな雲行きになってないか?」
【惑星レンドラは環境保護指定の惑星だし、学者かなんかに見つかると、面倒くさいなぁとは思ってはいたんだけど……まさか、
「まさか、解剖されたりとか……」
【されないように祈ってて】
「マジですか……」
アトマを摘んだままのカノエは、空いた右手で顔を覆った。
カノエの目下の苦難は、前門の
一先ずは
「――ていうか、僕、目が覚めてから“面倒くさい人”にしか会ってない気がするんだけど……」
もしかしたら、六千年後のこの世界には難儀な人しか居ないのではなかろうか。
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