Round.04 ユードラ /Phase.5

 アトマの小さな体が、腰の羽を摘まれてぶらぶらと揺れる。


自我発現個体ヒューレイって言う……らしいんですけど……多分、コレが追われてる理由です」


「な……!?」


 ユードラが驚愕に目を見開いた。


「ヒューレイですと? 本物ですか姫様?」


 さらにはレイオンまでもが通信ウィンドウを開いて声を上げた。


「姫様言うな――私も実際に見るのは初めてです。シンザの大書庫アーカイヴに記されている通りの姿ですね……」


「これが、噂に聞く剣を極めた者の骨格艦フラガラッハに現れるという精霊ヒューレイ……ですか。このように幼いミクモ殿が、まさか剣を極めし者とは……いやしかし、それならば先ほどの業の冴えも納得と言うもの。なんという……眼福ですな」


 レイオンはその目を驚愕に大きく見開いて呟いた。

――どうもなにか、大きな思い違いをしているようではあるが。


 驚愕に口元に持っていった手を振るわせるユードラと、思わずモニターに身を乗り出して凝視するレイオン。両者に共通するのは、信じられないものを見たという表情である。


 アトマのDLCダウンロードコンテンツがアップデートされるまで、自我発現個体ヒューレイと言う言葉はカノエも知らなかった。

 その事をふまえ、この世界がヘヴンズハースと酷似していると仮定すると、アトマは随分と希少な存在なのかもしれない。


「いえレイオン、自我発現個体ヒューレイとヘルムヘッダーに因果関係はあるとされていますが、剣の腕は全然関係有りません。何処で吹き込まれたんです、その情報……」


「何ですと!? 剣の精霊ヒューレイと言えば、アルハドラ様の天元真刀流てんげんしんとうりゅうでは、奥義を極めた末に授かると言う固有発現能力リアクタースキルを超える最終秘伝。剣を志すものであれば、常識ですぞ姫様」


「あのお父様は……門下生にまた、そんなしょうもないホラを……」


 レイオンは至って真面目に答えたようだが、その回答にユードラは頭を抱えるのだった。


 カノエとしてはレイオンのエンディヴァーと剣を構えあった状態のままで、さっきから神経がピリピリとしているのだが、口を挟んで薮蛇になるのも怖く、傍観しか出来ないで居る。


【あたしってば剣の精霊だったの?】


「話がややこしくなるから止めてくれ」


 三者三様にマイペース過ぎて、カノエは頭を抱える他無かった。


「良いですかレイオン。ヒューレイと言うのは剣の精霊などではありません。ストラリアクターの制御システム、ストラコアが長い年月の末に自我――精神経路マインドパスを獲得した状態を自我発現個体ヒューレイと呼ぶのです――どちらかと言えば骨格艦フラガラッハの精霊です」


 ユードラは眼鏡の位置を直しながら、レイオンに講義を始める。


 カノエとしては緊張状態の中、ジルヴァラをホストにして通信のやり取りをしないで欲しいのだが、下手に刺激するわけにも行かず、引きつった笑いが出るばかりだった。


「なるほど……さすがは姫様、大変わかりやすい講義です。つまり、骨格艦フラガラッハと共に剣聖の境地に至らねば、ヒューレイの顕現は適わぬと言う事ですな。合点が行きましたぞ」


 これには、話半分も判らないカノエも、ズッコケそうになる。


 どうも天元真刀流てんげんしんとうりゅうのレイオンにとって、ヒューレイと言うのは、悟りか何かと同義であるらしい。


「……貴方の場合、大筋の認識はそれでいいです。後、姫様やめなさい」


「あの、そろそろ本題を……」


 隙を見たカノエは意を決し、言いかけたが、その前にユードラが口を開いた。


「しかし、実際に発現した自我発現個体ヒューレイを見るのは私も初めてです。クヴァルに追われている理由は良くわかりました。まあそれはどうでもいいとして……本体はその骨格艦フラガラッハ……ええっと、ジルヴァラ? ですか? 貴女の個体名は?」


 なにやらユードラの瞳が、驚愕の色から情熱の色に変わり、やや興奮気味に食らい付いてくる。その視線の先にあるのはアトマだ。


【えと……アトマ、です。てへ】


 急に矛先が自分に向いたせいか、珍しくしおらしい返事をする。作った表情が若干小憎たらしいのがアトマらしい。


「アトマ様――っと……」


「様……!?」


 カノエとしては矛先がアトマに向いたのは有り難い展開だが、ユードラの第一印象の内、お姫様要素がどこかへ行ってしまっている。


「少し時間を下さい」


 ユードラはタブレット端末を取り出すと、何かの操作を始めた。

 指の動きを目で追っていると、どうも写真を取っているようで、しばらくの間――カシャカシャ――というタブレット端末の疑似的なシャッター音だけ響いた。


「あの……えと、ユードラさん?」


 カノエはさっきから、剣を構えたままのエンディヴァーが気になって仕方がない。

 正直、左手がアトマを摘まんで塞がっているので、今斬り込まれたら、どうにもできない。


 領主なのだから偉い人という事はわかっているものの、正しい敬称などわかるはずも無く、とりあえず“さん”を付けて呼びかけてみた、のだが……


「……いい。素晴らしいわ」


 ボリュームの有る長い金髪の下、眼鏡の奥で、碧眼がギラリと光ったように見えた。


「姫様?」


「レイオン、カノエ様とアトマ様を丁重にラーンまでご案内なさい。くれぐれも逃がさ……っと、丁重に、です」


「承知致しました」


 その勢いにレイオンも口を挟むことなく頷く。


【んまあ……そうなるよね】


 相変わらずカノエに摘まれてぶら下がったままのアトマは、全身を虚脱させて、竿に干した布団のような姿で項垂れていた。


「え? え?」


 どうやら、カノエはまた“選択肢”を間違えたらしい。

 しかし、これに正解はあるのだろうか。


【ちゃんと味方って分かるまでは、一応あたしのこと、伏せておいて欲しかったんだけど……まあ悪い人たちじゃあ無さそうだし、いいんじゃない?】


「そういう大事なことはちゃんと言ってくれ……おかしな雲行きになってないか?」


【惑星レンドラは環境保護指定の惑星だし、学者かなんかに見つかると、面倒くさいなぁとは思ってはいたんだけど……まさか、惑星侯マーキスユードラ=ハインリヒその人が面倒くさい学者様だとは……】


「まさか、解剖されたりとか……」


【されないように祈ってて】


「マジですか……」


 アトマを摘んだままのカノエは、空いた右手で顔を覆った。

 カノエの目下の苦難は、前門の面倒くさい学者ユードラ、後門のテンションの高いおにーさんアーチボルトである。


 一先ずは面倒くさい学者ユードラの方を選択したのだったが、選択の余地はなかったと言いたい所ではあった。


「――ていうか、僕、目が覚めてから“面倒くさい人”にしか会ってない気がするんだけど……」


 もしかしたら、六千年後のこの世界には難儀な人しか居ないのではなかろうか。

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