Round.04 ユードラ /Phase.4

「十七と言うのは本当かも知れんな。胆の据わりが、ちと足りんか……しかし腕は間違いなく一流……ミクモ=カノエと言う少年、どういうものだ?」


 レイオンは顎に手を当てて思案した。そこへ、首都方向からの等方性通信波とうほうせいつうしんはが映像付きで届く。


「レイオン! 何故、剣戟戦けんげきせんになっているのです!」


 送信者はレイオンの主、レンドラ侯ユードラ=ハインリヒであった。


 サンバルシオンの超級ストラリアクターにより、外宇宙船スターシップと同等の光学観測探信儀オプティカルサイトを有する首都ラーンの警戒網は、ジルヴァラが衛星ファーンの極天座標ゼニスポイントに出現し、追って現れたクヴァルの骨格艦フラガラッハとの交戦になったことも把握していた。


 その為、ユードラはジルヴァラがレンドラ大気圏内に入るのを待って、腹心のレイオンを差し向けたのだが、偵察任務のはずの骨格艦フラガラッハエンディヴァーがおもむろに戦端を開いていれば、声も荒くなるというものである。


「姫様、ご安心ください。このミクモという少年どうにも要領を得ない受け答えを続けるもので、手合わせにて、その真意を見極めようとした次第です」


「どうして貴方はそう、ぽこじゃか剣を抜きますか! 私は、誰何すいか、或いは臨検りんけんを、と命じたはずです! 後、姫様はやめなさい!」


 レンドラ侯ユードラ=ハインリヒ。


 振り乱す髪は、レイオンと同じ色の長い金髪。その目は碧眼で、白い肌。リューベック系自然種ノイエの一般的な特徴だが、長身の多いリューベック系としてはかなり小柄で、幼く映る背格好。

 小柄な体に姫様と呼ばれるのを否定するように白衣を羽織り、貴族然とした秀麗な目鼻立ちを台無しにするように、大きな眼鏡を掛けていた。


 その少女のような惑星侯マーキスが、毛を逆立てる勢いで猫のように吠える。


「しかし姫様、クヴァルと敵対している様子とは言え、こちらの味方とも限りません。慎重に行きませんと、御身に何かあってからでは御館様に申し訳が……」


「ですから、こっちから! ぽんぽん斬りかかるのを! お止めなさいと言うのです!」


「しかし……やはり武人と言うものは、剣で語るものでございますぞ姫様」


「武人ならば聞き分けなさいッ!」


「はい……」


 ライオンが猫に叱り付けられている様であった。


      *


 暗号化できない等方性通信波とうほうせいつうしんはでの会話の為、話の内容はカノエにも駄々漏れであった。


「えっと、なんか大変なことになってるけど……どういうこと?」


【彼女がここの惑星侯マーキスユードラ=ハインリヒ。向こうのお姫様は、“話せる相手”ってことじゃない?】


「だと良いけど……」


 なにせジルヴァラの胸部居住区ブレストキャビンで目が覚めてから、ここに来るまでに都合二回、出会う相手にことごとく斬りかかられているカノエである。


「そちらのヘルムヘッダー様。我方のレイオンがご無礼を致しました」


 ヘヴンズハースと同じビデオチャット用の通信ウィンドウの中で、眼鏡が気になるものの、金髪碧眼のいかにもお姫様然とした少女が優雅に一礼した。


 服装は白衣に眼鏡。しかし、いかにも“お姫様”と呼ぶのが似合いそうな風貌と物腰で、レイオンが姫様と呼ぶのも納得の雰囲気を纏っていた。


「あ、ミクモ=カノエです」


「カノエ……聞きなれない家名ですね。シンザ同盟の艦とのことですが、貴方様はどちらに所属されておられますか?」


 なんということはない。誰何すいかの相手がこのお姫様と学者を混ぜたような少女に代わっただけの話であった。


 しかしそれでも、いきなり脳天に重力刃じゅうりょくじんを打ち込まれるよりはマシと言うもの。話を横から聞いた限り、レイオン本人に一切悪気がないらしいのが、尚のこと性質が悪い。


「や、カノエの方が名前で……えっと、所属……所属……あ、フィラディルフィア……って言ってたっけ?」


 カノエはアトマが転移航路ヴォイドレーンに入る前に乗っていたと言う外宇宙船スターシップの名を、どうにか思い出した。


 話の中でチラリと聞いただけの名だったので、自然、視線がアトマの方に泳ぐ。


「……どなたか、そこにいらっしゃるのですか?」


 ユードラはそれを目聡く見止めると、ウィンドウの中で右側を覗き見ようとする仕草をした。その仕草にカメラが追従するわけはなく、覗き見えることもないのだが。


「あーいえ……でも、まあいいか。なるようになれ」


 このままでは埒があかないので、カノエは意を決する。


【え、ちょ、ちょッ! うぎゃあーッ! そんなとこ掴まないでーッ!】


 困惑するアトマの腰から生えた羽を摘みあげると、ユードラのウィンドウの目の前に差し出した。

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