Round.04 ユードラ /Phase.2

 アトマが呑気に告げる通り、レーダー外縁に反応が一つ、観えた。


 観測位置に付属するタグには、骨格艦フラガラッハエンディヴァーと表示される。レンドラの汎用骨格艦フラガラッハか、それとも何者かの専用艦ネームドか、カノエには分からない。


 そうこうしている内に、相手側から等方性通信波とうほうせいつうしんはが発せられる。


「所属不明艦に停船を求む。私はシンザ同盟ツァーリ恒星系惑星侯マーキスユードラ=ハインリヒ貴下、骨格艦フラガラッハエンディヴァーのレイオン=マグナス。貴殿の姓名、所属、階級及び、目的を述べよ」


 空中、やや上空遠方に静止しているレンドラの骨格艦フラガラッハエンディヴァーの姿が見える。


 胸部居住区ブレストキャビンの側面に、獅子の意匠を象った外装甲板ブルワークが付属している。通常その箇所に外装甲板ブルワークは装備しないから、識別旗エスカッシャンの意味合いが強いのだろう。

 頭部艦橋クラウンシェルに装備された菱形のひさしや、楯型や箱型ではなく、骨格を覆う様に曲線で打ち出された外装甲板ブルワークが、どことなく中世騎士の雰囲気を思わせた。


「どうしよう? さっきの愉快なおにーさんアーチボルトと違って、いきなり襲い掛かって来る感じじゃないけど」


【でも受け答えしないと攻撃されるんじゃ?】


「……とりあえず、船を泊めよう」


 ジルヴァラは偏向重力へんこうじゅうりょくを操り、不自然なほどにピタリと空中に静止した。


「よろしい。姓名、所属、階級及び、目的を聞かせてもらえるか?」


 停船を確認した後、質問が繰り返される。


 落ち着いてはいるが、有無を言わせぬ語調だ。カノエは何故か、遠野ミスト前で受けた警察官の職務質問を思い出していた。


「名前はミクモ=カノエと言います。この船の所属は、シンザ同盟……だと思います。階級はわかりません。目的は……ええと、クヴァルから逃げてる最中です。たぶん」


 判っている範疇で、なんとか文章を作って応答する。


「ではミクモ殿。シンザ同盟のどこの所属だ?」


「それは……判りません」


「ふむ……船籍旗エンサインもなし。サンバルシオン艦上の光学観測から、クヴァルに追われているのは本当のようだが……その艦の外装甲板ブルワークの見慣れない意匠。艤装ぎそうのパターンはシンザの巡航式のようには見えるが……本当にシンザの船かね?」


 等方性通信波とうほうせいつうしんはに載せられた映像に表れたのは、獅子のような男であった。後ろへ撫でつけられただけの長く伸びた金髪は野性的な雰囲気を醸しているが、物腰や表情は随分紳士的だ。


「それが……あー……ええっと」


 状況を説明しようにも“自分は六千年寝ていたので良く分からない”などと言ったところで、話がややこしくなるだけだ。


「ほう、女……ではないな。少年か……若いな。成人前……三十過ぎと言ったところか?」


 レイオンと名乗った男は、等方性通信波とうほうせいつうしんはに付属させた映像でカノエを見ながら、そう評した。


「三十!? いえ、十七歳です」


「十七!? この会話は録音されている。詐称の類は為にならんのだが……それとも、やはり女だったか?」


「嘘じゃありませんし、女でもありませんって」


 よくよく考えれば、今のカノエが十七歳である保証は何もないのだが、そう答える他無かった。


「たった十七そこらの少年が骨格艦フラガラッハを? しかし、現にクヴァルの手錬を退けている……どうにも要領を得んな」


 一方的に捲し立てられているが、さほど嫌な気がしないのはレイオンの物腰によるものだろう。しかし、次の台詞はカノエの予想を超えるものであった。


「嘘を言っているようには聞こえないが……致し方ない……一太刀ひとたち浴びせてみるか」


 そういうと、レイオンの骨格艦フラガラッハエンディヴァーは、おもむろに可動式格納庫アームドシースから片手半破砕剣バスタードを抜き放った。

 ヘヴンズハースでは中庸な武器の一つで、特化した特長は持たないものの、剣戟戦けんげきせんの基本を覚えるのに最適、且つ癖の無い優秀な剣戟兵装ブレードだ。


 が、今はそんなことよりも、だ。


「いやまてまてまて! どうしてそうなる!」


 先ほどまでの穏やかな誰何すいかから一転、剣を抜かれたカノエは思わず叫んだ。

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