ユードラの章

Round.04 ユードラ /Phase.1

「追撃は?」


【ないみたい。もう一隻も廃棄船の表層外壁ウォールデッキに留まってる。胸部居住区ブレストキャビンの内壁まで重力刃じゅうりょくじんが届いてたから、空気が抜けてるのかもね】


「もう一隻も見当たらないし、一安心か……」


 正面のモニターには、蒼い星が徐々に大きくなっていた。ジルヴァラが物凄い速さで移動している証拠だ。


「星の青は、海の青……だっけ。あの星にも海があるの?」


【ツァーリは三千年ほど前に発見された恒星系で、居住惑星は主に第四惑星レンドラ。ほぼ自然の状態で海があって、ストラリアクターを地表に降ろしてはいるけど、大規模なテラフォーミングはしてないみたい】


「地球と似たような星……ってことか。宇宙人が居たりしたの?」


【宇宙人も宇宙怪獣も、あたしが検索できる範囲のブラフマンの大書庫アーカイヴには記されてないかな】


「そういやさ、アトマ自体、宇宙人みたいなもんじゃないの?」


【あたしたちは高次精神生命体オーバーマインドの眷属で、そもそも生命体って付いてるけど生物と違うというか……ん、まあ、それはいいじゃない。とにかく、惑星レンドラに知的生命体の存在は確認されていません。と言っても、原生生物は豊富で、惑星発見当初は生態系や地質調査やらで随分賑わったみたいだけど】


「今は?」


【シンザ同盟が環境保護惑星に指定。代官として惑星侯が派遣されてる。今のレンドラの領主は……シンザ同盟リューベック星団公アルハドラ=ハインリヒの娘、ユードラ=ハインリヒ】


「用は国立公園みたいなトコか」


【国立公園……ええと、そんな感じであってるかな】


 カノエの“国立公園”の例えに、アトマはわざわざ大書庫アーカイヴを検索して確認した。


【そろそろ大気圏内に再突入するよ】


「僕は何かすることある?」


 既にモニター一面に、蒼い惑星の海の景色が広がっていた。白く流れる雲や、大陸の形までくっきりと見える。


【再突入はあたしの方で全部やれるから、座ってて】


「至れり尽くせりなことで……SFとかだと、大気圏突入ってのは一大イベントって感じなんだけどな」


【そんなこと言われてもねぇ……元々、骨格艦フラガラッハは惑星探査船なんだし、大気圏再突入や重力からの離脱ぐらい、単独で簡単に出来ないと困るでしょ? さっきみたいな戦闘中となると、ちょっと無理だけど】


「言われて見れば、発進ムービーでシレっと突入してたっけ」


 もうアトマはカノエが言う“例え”を、いちいち気にしなくなっていた。


【突入するよ】


 アトマの言葉と共に、モニターの外が赤く染まり始めた。


 大気圏再突入。

 偏向重力推進ベクタードスラストで加速を重ね、音速の数十倍の速度で宇宙を飛翔していたジルヴァラの空力過熱は、船体周囲にプラズマが発生するほどだが、モニターが赤く染まるほどの熱量も、エーテルシュラウドによって超構造体ちょうこうぞうたい化した骨格フレームと外装甲板ブルワークはものともしない。


「大気圏突入の知識なんてゲームのフレーバーぐらいしかないけど、モノともしないねホント……」


【六千年の間、宇宙船技術の頂点に居続けた骨格艦フラガラッハだからね。このくらい、余裕余裕って感じ】


「ゲームだったら“そんな設定”で済むけど、実際、そんなのありえるの?」


【それは君たち“人類”や、あたしたちストラコアも同じでしょ……銀河を旅するのに適した肉体の代替として生み出された骨格艦フラガラッハは、人類とストラコアの共同の拡張身体としては、理想的な構造物ってわけ】


「それじゃ骨格艦フラガラッハを作ったのは、神様か何か、とか?」


 実はヘヴンズハースでは、骨格艦の“最初の設計者アーキテクト”が何者なのか、明言されていなかった。もしかすれば、今後のバージョンアップで語られた可能性もあるが、その真相は闇の中だ。


【んー……そゆことにしとく?】


 アトマは偶に、本当に戦闘システムなのか疑わしい返事の仕方をする。


「……この現実が、急に疑わしくなってくるからやめてくれ。ほんと」


 神様が創った世界最強のロボット。そんなSFやゲームをいくらか思い出しながら言った。


【あ、成層圏を抜けて、対流圏に入るよ】


「着陸の準備をしないとか」


 操縦桿を握りなおし、モニターに改めて目をやると、そこには真っ青な海が広がっていた。


 何か、懐かしさすら感じる青い海。それだけ宇宙での体験が衝撃的だったということだろう。

 上も下も、どこまでも続く青に、カノエは安心感を感じていた。


「――どこか、陸は?」


【赤道上で光学湾曲が観測できたから、超級ストラリアクターがあるね。この惑星の首都がそこかな】


「いきなり首都の領空に入るの? 攻撃されたりは?」


 骨格艦フラガラッハ骨格艦フラガラッハでしか倒せない。

 他の方法では迎撃も防衛もできず、骨格艦フラガラッハで相対するしかない。それはつまり、核兵器などと同クラスの戦略級兵器だということだ。


 それは、カノエに取っては世界観を彩るキャッチコピーに過ぎなかったが、現実となれば話は別だ。

 そんな戦略級の機動兵器が、無許可で領空をフラフラ飛んで、何もないなんてことはありえない。


 しかし――


【領空? 惑星レンドラ勢力圏……って意味だと、ツァーリ恒星系全体がそうだし、今更だとおもうよ?】


 アトマの返事はにべもなかった。


 カノエの感覚は、ある程度発達した技術を用いて、大地の上だけで生活していた時代のものだ。

 ペルセウスアームまで広がった人類の生活圏において、自己の勢力圏の完全に哨戒することは難しく、多少のことであれば目を瞑られる。

 それが骨格艦フラガラッハとなれば尚更の事、警戒心も強くなり、安易な対応も取られない。


【――さっきサンバルシオンの外壁上で、クヴァルの骨格艦フラガラッハと戦闘していたのは観測されているだろうから、いきなり襲われることはないと思うけど】


「……大丈夫なの、そんなんで」


【レンドラ侯はシンザ同盟の人だから、たぶん?】


「そんな雑な……」


【前もって連絡艇を飛ばす暇も無かったしねぇ……まあ、あたしたちがクヴァルのナインハーケンズに追われてるのは、向こうもわかってるだろうし】


「とりあえず、味方と思って行ってみない事には仕様がないか……」


 海上で様子を見ると言う選択肢もあるが、先ほどのアーチボルト達に追いつかれては元も子もない。カノエは仕方なく地図が示す通り、惑星レンドラ首都ラーンの郊外にある宇宙港へ進路を取った。


「こちらから呼びかけたりしなくていいの?」


【その心配はないみたい。光学観測に反応、常態解析で捕捉。骨格艦フラガラッハだよ】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る