Round.03 アトマ /Phase.8

 実のところ、かなり丁寧に緩急を付けて連環斬撃ブレードラッシュを繰り出していたアーチボルトだったが、狙いを読まれていたことに動揺したのか、ここに来て大振りの斬撃を放った。


「いまだ! 吹っ飛ばされろアトマ!」


【はいなー】


 気の抜けるアトマの返事だったが、仕事は的確だった。横薙ぎの斬撃を受けたジルヴァラは、鍔競った重力刃じゅうりょくじんを軸にクルリとスイングバイ。


 その回転の中、カノエは廃棄された外宇宙船スターシップが背後に来るタイミングで蹴りを放つ。

 クロムナインを足場にした格好で、擬似的な跳躍突撃バレットチャージ


 そのまま衝撃や回転の遠心力なども、アトマが偏向重力へんこうじゅうりょく動体慣性どうたいかんせいを巧みに操作し、すべて推力に変換しつつ、弾丸のような勢いでジルヴァラは宇宙を飛翔した。


「逃がすかヨ!」


 すぐさまアーチボルトも追って加速。だが疑似的にせよクロムナインを足場に、跳躍推進ちょうやくすいしんを得たジルヴァラの速力には到底追い付けていない。


「おい、アーチボルト! 待てって!」


「どうする?」


 残された二隻のクロムナインが顔を合わせる。


「どうもこうもな……あー、オレがアーチボルトのカバーに行くわ。お前ナインハーケンズに戻って、船長に状況を報告してくれ」


「おーけー。無茶すんなよ?」


「アーチボルトに言ってくれ。まったく……」


 後ろからカノエとアーチボルトの剣戟戦けんげきせんを追っていた二隻のクロムナインは、そんな話を交わした後、一方はアーチボルト艦を追い、一方は宇宙の闇の中へと飛び去った。


      *


【三千年前に廃棄された外宇宙船スターシップ……船名はサンバルシオン】


「どうしてこんなデカいモノが宇宙に三千年も放置されてるのさ……時間とか大きさの単位が、いちいちおかしいでしょこの世界……」


 ほったらかされ具合で言えば、カノエの方が軽く三千年ほど先輩である。


【船体はそっくり綺麗なまま残ってるから、リアクター艦を分離して惑星に降ろしたんじゃないかな】


「それにしたって、この大きさのものをそのまま捨てる? 普通」


 外宇宙船スターシップの全長は、転移航路ヴォイドレーンの安定航行の為に、概ね三十km超。

 廃棄船サルバルシオンの船体も、リアクターブロック分縮んでいるとは言え、その三十kmに及ぶ元外宇宙船スターシップの巨大な構造体が宇宙を漂っていた。


外宇宙船スターシップの宇宙コロニーとしての機能はストラリアクターあってのものだし、リアクターから供給が絶たれたら、外宇宙船スターシップの船体なんてタダの大きな箱。解体するにも費用が掛かるし。それに、宇宙だと下手に解体しない方がデブリを増やさなくて済むし?】


「そんなこんなで、三千年もずっとここにあるのか……さっきから時間の感覚が変になりそうだ」


【君は六千年眠ってたしね】


「もうなんなんだか、ほんと」


【感傷に浸ってるとこ悪いけど、さっきのクロムナインが接近中だよ】


「あー……とりあえず見晴らしの良いとこで接地して。地面が無いことには、まともに反撃もできないし」


 ジルヴァラが偏向重力推進ベクタードスラストの推力を調整し、ゆったりとしたカーブを描いて、廃棄船の表層外壁へと着地する。


「“索敵”」


 ゲーム時代の癖で、アトマに言うというよりも、コマンドを音声入力する感覚でカノエは指示を出した。


 光学観測探信儀オプティカルサイトの長距離解析は、ストラコアの機能を其方に大きく取られる関係上、常時飛ばすわけにはいかず、索敵はマニュアル操作で行われる。


【十一時方向、五十四度。距離五十宙海里。まもなく剣戟戦けんげきせん距離。その後ろにクロムナインがもう一隻追ってきてる】


「ん? 二隻じゃなくて?」


【一隻減ってるね】


「回り込んで挟み撃ちにするつもりとか、そんな感じかな……なんにしても厄介だね。急いでアーチボルトとかって人、倒さないと――」


 見ると、操縦桿を握る手が震えていた。


――ゴン――とコンソールに手をぶつける音が響く。


【なにやってんの?】


「ごめん」


 武者震い、とでもいうのだろうか。以前にも、集中していればいるほど、ここぞという時に手が震えることはあったから、今度もそれだと思った。

 距離を確認し、ジルヴァラの姿勢を中腰にし、半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴを正眼に構えさせる。


「あれには……人が乗っているんだよね」


【今更怖気づいたとか?】


「いや……どうだろう。ゲームで対戦するのと、現実に人と戦うのはやっぱり違うんだなって思ってさ」


 違うのは当たり前なのだ。

 カノエにたまたま骨格艦フラガラッハを操縦できる経験があり、ジルヴァラという戦う力があって相手と拮抗することが出来ているだけで、抗う術がなければ、あのアーチボルトという男に命を奪われていたかも知れない。

 ゲームの対戦は競技だが、現実に起こる戦闘の本質は略奪だと知ったことで、カノエは根源的な死の恐怖も同時に悟ったのだった。


「さっきから攻撃するのが怖いんだ。たぶん、相手の命を奪ってしまうことが怖いんじゃなくて……もし失敗して、自分が死ぬかも知れないことが心底怖い」


【死を畏れる――それは“あたしたち”が未だ辿り着けない、人類だけが成しえた自我の発露だよ】


「そんないいもの? ただビビりまくってるだけだよ?」


【少なくとも、何千年も掛かってヒューレイになった、あたしからすれば、うらやましい限りかな】


 だとしても、それに囚われて何もしなければ、このまま命を奪われるかも知れない。その瞬間まで、震えて待っているわけにはいかないのだ。

 クラウンシェルの筐体に乗っている限りは、無様な姿は見せられない。

 そう自分を鼓舞すると、やがて震えは止まった。


「一体、誰に無様な姿を見せれないんだろうな……」


 遠野ミストでヘヴンズハースの戦い方も面白さも教えてくれた“佐原世良サハラ セラ”はもう居ない――居ないのだ。


「だからって、だからってねぇ」


 しっかりと、操縦桿を握りなおす。

 この手に馴染む感触が、この世界に居場所のないカノエの唯一の拠り所だった。


「見つけたぞジルヴァラァッ!」


 等方性通信波とうほうせいつうしんはに寄る元気な怒声。クヴァルのナインハーケンズ、クロムナインのアーチボルトだ。


「……ほんと、初めての相手がこの人でよかった気がするよ」


【結構天然だよね、このおにーさん】

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