Round.03 アトマ /Phase.7

 迫る艦上曲刀カットラスを、再び危ういところで半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴが受け止めた。


「あっ、ぶね……!」


「しぶてぇな、オラオラァッ!」


 絶え間ない連環斬撃ブレードラッシュ

 踏ん張りの利かない宇宙空間では、軸足の溜めを乗せた最大斬撃ハイスラッシュよりも、推力や慣性を利用した連環斬撃ブレードラッシュの方が理に適っている。


 二度、三度と激しく艦上曲刀カットラスが打ち込まれる。しかし――


「なんだ? 勢いだけだぞ……?」


 カノエは困惑していた。激しく切り込まれてはいるが、セラとの対戦に比べれば、悠々と受けきれる攻撃だった。


「――いや違う。こっちの反応がおかしなぐらい早いのか……なんだ、この反応速度」


 冷静に考えれば、初撃は機関砲カルヴァリンの射撃の隙を狙われ、今また、完全にミス操作で姿勢を崩したところへ連環斬撃ブレードラッシュを浴びたのに、この骨格艦フラガラッハジルヴァラは、通常の防御入力だけで全て受け流してしまった。


「アトマ?」


【あたしは制御してるだけ。ジルヴァラに戦う意志を与えているのは、君だよ】


 機械音声のような音に、確かに感情が乗った声でアトマは言った。


「って……ことは、このジルヴァラ、反応速度が尋常じゃなく速いのか。いや、それなら、このクロムナインのヘルムヘッダーも当然素人じゃなくて……」


 考えている間にも、絶え間ない艦上曲刀カットラス連環斬撃ブレードラッシュが襲い掛かる。


 ただの“猪”や“AI”ならカノエでも簡単にあしらってしまえるのだが、このクロムナインは攻撃に絶妙な緩急を付けて、ジルヴァラの自動防御やカノエの防御入力を潜り抜けようとしてくる。危うい斬撃も増えてきている。

 しかし、ヘヴンズハースでカノエが使っていた骨格艦フラガラッハでは、確実に被弾するタイミングの攻撃も、ジルヴァラはまだ悠々と受け流していた。


「モーションの重い半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴなのに」


「おい、アーチボルト! 深追いしすぎだ、誘い込まれてるぞ!」


 後続の敵艦から等方性通信波とうほうせいつうしんはが飛ばされ、それはカノエのジルヴァラにも届いた。


「ふざけろ、なんだコイツはッ! 俺の攻撃が通じねェ! カスリもしねェ!」


「だから一旦引けって! 三隻で囲め! 相手は六千年級だぞ!」


「引けだと? 誰に命令してるッ! オレ様はナインハーケンズの一番槍、アーチボルト=グリスだッ! 一太刀も入れずに引き下がれるかヨッ!」


 激しい通信の応酬が、カノエにも洩れ聞こえてくる。


「やっぱり、素人のレバガチャじゃない。けっこう腕の立つやつ。たぶん、攻撃を押し付けて何もさせずに倒すのが好きなタイプ」


【タイプっていうか、随分具体的ね、それ】


「アトマ、足場に使える障害物ない?」


【衛星ファーンに降りて重力に捕まるのはマズイよね……四時方向、マイナス三○度。距離約一五○宙海里ちゅうかいり。三千年ほど前に廃棄された外宇宙船スターシップ表層外壁ウォールデッキとコンテナ艦。でも、何する気?】


「あわよくば倒して逃げようかな、と。背中を向けたらここぞと畳み掛けてくるタイプだから、この人だけは倒すなり引き離すなりしないと……ゲームでも大概、狂犬で面倒くさいイメージなんだけど、現実に戦ってもホント、シャレになんないな」


 喋っている間にも、艦上曲刀カットラス重力刃じゅうりょくじんが消耗するのもお構いなしに、絶え間なく打ちつけてくる。

 ペースに乗せるとそのままズルズルと削られる。出会い頭で会うと、一番嫌なタイプの相手だった。一番槍と言う肩書きも納得だ。


【逃げるってどこへ】


「惑星レンドラまで逃げればなんとかなるって、言ってなかった? とにかく三体一はマズいし、それに僕、宇宙空間じゃまともに戦えないし。ヘヴンズハースの宙空戦ちゅうくうせんは人気無かったんだよ」


 コンバットタイプのゲームが対戦環境を変化させて、ゲームのバリューを増やすのは良くある手だ。

 ヘヴンズハースも元々は惑星戦わくせいせんしかなかったが、何度目かのバージョンアップで宙空戦ちゅうくうせんが追加された。

 しかしその頃にはセオリーとなる戦術が確立されていて、高威力の跳躍突撃バレットチャージ最大斬撃ハイスラッシュがその花形であった為、それらを使う足場に乏しい宙空戦ちゅうくうせんはいまいち人気がなく、カノエも数えるほどしか遊んだことがなかった。


【でも攻撃されてるのに、背中も向けないでどうやってそこに】


「相手の攻撃の慣性を使って。踏ん張らないで、受けた分吹っ飛ばされればどうにかならないかな。宇宙なんでしょ、ここ」


 想像でテキトウな事を言う。


【まぢで……難しい注文しないでよ】


 今一つ緊張感に欠けるアトマだが、カノエもあまり余裕はない。


「いい加減にしろよテメェッ! まともにッ! 戦いやがれッ!」


 延々、ただ受け下がり続けるだけの相手を切り崩せず、ついにアーチボルトと呼ばれたクロムナインのヘルムヘッダーが痺れを切らしだした。


「戦うも何も、そんな誘いに乗るかって。アンタさっきから、ずっとカウンター仕込んでるでしょ。見え見えだよ!」


 とりあえず、時間稼ぎに言い返してみる。

 ゲームではどちらかというと小心者で、煽り文句の一つも言ったことのないカノエだったが、宇宙を見て気でも大きくなったのか、そんな台詞が口を突いて出た。


【そうなの?】


「当てずっぽ」


 ただの素人でないのなら、防御される連環斬撃ブレードラッシュを仕掛け続けるのは、それがよくある狙いだ。連環斬撃ブレードラッシュが入ればそれで良し、闇雲に反撃してくれば美味しく交差法カウンターと言う算段。


「な……ん、読んでやがったッ! お前ッ! 何者だッ!」


 それが図星だったのか、アーチボルトが大げさなほどに驚愕の声を上げた。


「当ってたわ」


【このおにーさん、案外素直な人なんじゃ……】


「ガラはすごい悪いけどね」


「このクソガキがッ!」

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