Round.03 アトマ /Phase.4

「ふー……」


 カノエは胸部居住区ブレストキャビンに戻ると、ヘルメットを外して深呼吸をした。


 部屋の中だが、今は開放感を感じる。

 ここには重力がある。重力があることへの安心感を実感していた。

 今までの自分が周りにあるいろいろなものに依って立っていたことを思い知った。今のカノエには依って立つ大地すらないのだ。


 身を投げ出すようにソファへ腰を下ろすと、自分用の席に戻ったアトマを見た。

 今、体を預けることができる骨格艦フラガラッハを操作しているのは、この小さなアトマだ。


「それで、その……なんていうか――ここは一体どこなの?」


 改めて。それはカノエにとっては重要な疑問だった。昨日までゲームで遊んでいた普通の高校生が、宇宙空間に放り出されれば無理も無い。

 カノエが取り乱さずに居るのは、ゲームで見慣れた胸部居住区ブレストキャビンと、一方でひどく現実離れした状況が成せる業である。


【もう一回言うよ? ペルセウスアーム・シンザ同盟領リューベック星団ツァーリ恒星系第四惑星レンドラの衛星ファーンの極天座標。転移航路ヴォイドレーンの侵入点】


「惑星レンドラ……昨日、セラと対戦したステージか」


 カノエにとって惑星レンドラの認識は、ゲームの一ステージでしかない。


「質問を変えるかな……ええと……僕はここでは一体何者なの?」


 これも根本的な疑問だった。夢でなく、コレが現実だと言うのなら、突如として目覚めたミクモ=カノエが何者なのか。カノエ自身がそれを分かっていない。

 アトマは少し躊躇いを見せたが、ふわりと座席の縁に腰掛けて答えた。


【君は、六千年前に炭素冷却封印カーボンフリーズされた太陽系人類ソラスの生き残りなんだよ】


「ソラス?」


【んー……簡単に言うと、君は六千年ほど寝てたの】


「まてまてまて。意味がわからない。六千年寝てた? 僕が?」


【まあ、そういう反応は予想通りなんだけど……ちょっとまってね】


 動揺するカノエを見てアトマはすこし思案すると、おもむろにコンソールを操作して何かのデータを呼び出した。


「何を見てるの?」


 横から覗き込むが、アトマ用のディスプレイは小さすぎて読みにくい。


【君が遊んでいたプラネットエミュレーションのデータだよ】


「プラネットエミュレーション……ってゲームか何か?」


【君にとっては“現実”だったかもしれないね】


 アトマが少し悪戯っぽく言った。


「ああ、そういう……」


 事も無げに今までの生活が“偽物”と切り捨てられる。話の端々から頭で理解は出来ていても、感情が納得するのはまだ掛かりそうだ。


【プラネットエミュレーションの設定時間は恒星暦前二百年前あたり……現在は恒星歴六一六九年だから……君の感覚だと、大体六千と三、四百年ぐらい時間が経ってると思っていいかな】


 どうやらデータを参照したのは、カノエの認識に合わせて、説明するためらしい。そういうあたりは、制御システムであるストラコアらしい。


「……うん、続けて」


【君。本来のミクモ=カノエは六千年前、太陽系を出発した外宇宙船スターシップディエスマルティスに乗っていた】


 カノエは肘を付き、両手を合わせて、ジッとアトマの話を聞いている。


【恒星歴九十二年、ペルセウスアームの未明星系を目指していたディエスマルティスの中で、君は重度の星間物質エーテルアレルギーを発症。有効な治療法が無かった当時、未来の医療に一縷の望みを託して、親御さんは炭素冷却封印カーボンフリーズ処置を選択】


星間物質エーテルって……さっき宇宙で浴びてたっていうアレだよね。その重度のアレルギーはどうなったんだ?」


【それは治した】


「治したって……治療法が無かったんじゃ?」


【君が炭素冷却封印カーボンフリーズされて二千年ほど後に確立した治療法かな。症例の少ない難病で、当時は結構手間のかかる方法だったみたいだけど、今なら、骨格艦の設備でも割とあっさり治療できるよ。星間物質エーテルアレルギー関連の治療技術には、ストラコアが解析に一枚噛んでるから、ブラフマンの大書庫アーカイヴからすぐに引き出せたし】


「二千年も経ってたらそんなもんか……って、いやだからまてまて、おかしいでしょ。治す技術があったのに、僕はなんでその後、四千年も追加で寝かされてたの?」


【そりゃ……起こす人が居なかったから?】


「いやでも、未来の治療に期待して封印したなら、親がそういう契約をしていたとか何かそういう……」


 カノエの知る“両親”とは別の存在なのだろうか、とそんな考えが頭の片隅を過る。


【その契約を、履行する人が居なかったんじゃないかな?】


「……どういうこと?」


【君が生まれた六千年前は、超国家組織オーバークラン世界会議ワールドコングレスぐらいしか無なくて、太陽系を中心に、ある程度中央集権の国家に近い機能を有していたけど、その後人類はオリオンアームやペルセウスアームへ広がって、大なり小なりの超国家が勃興していて、数千年の間に契約もどこかに忘れ去られたか……】


「あ、頭が痛くなってきた……」


 現在の自身の状況よりも、時間のスケールのデタラメさに、である。


「それで、その後六千年放置された僕は、なんでまた今頃……解凍? されたんだ?」


【ディエスマルティスが襲撃されたの】


 やはり事も無げにアトマは言った。


「えっと、それはなんで? ……いや、ちょっとまて。おかしくないか? そのディエスマルティスって外宇宙船スターシップは六千年前の船じゃないの?」


【……君、思ったより状況理解……頭の回転早いよね】


 頭がいいというよりは、状況への順応はまあまあ速い。新しいゲームを遊ぶとき、取扱説明書マニュアルを読むよりも、とりあえず触ってみる派である。


「そりゃどーも……」


 問い詰めようという勢いだったが出鼻を挫かれて、カノエはがっくりと項垂れた。勢いが持続しないのは、低血圧なカノエの悪い癖だ。


【そうだねぇ……最近の話の方がいいかな。君が六千年眠ってたのは、この骨格艦フラガラッハジルヴァラの中だったんだけど――】


「そう……みたいだね」


 カノエは目を覚ましたベッドに目を向けた。上部にケースを被せて密閉状態に出来そうな形状をしている。この中で本当に自分は、六千年も眠り続けていたのだろうか。

 そんなカノエの表情を横目に見ながら、アトマは言葉をつづける。


【そのジルヴァラと一緒に封印されていた“君とあたし”は、何らかの要因で機能を停止したディエスマルティスと一緒に、ずっと宇宙を彷徨っていたんだよ】


「なんらかって? 僕はともかく、なんでアトマもわかってないんだ?」


【ジルヴァラも休眠状態だったし、それにストラコアからヒューレイあたしが発現したのは、その遺跡船レリックシップになって宇宙を彷徨うディエスマルティスに海賊が現れた時。だからそれより以前の詳細データは無いんだよ。君より“すこし早く起きた”くらいかな】


「分かったような、分からんような……そもそも、なんでアトマ……じゃないな、ジルヴァラか――それまで僕と一緒に封印されてたんだ? 骨格艦フラガラッハってのは貴重なモノなんじゃないの?」


 この世界がヘヴンズハースの設定通りなら、惑星が丸ごと買えるレベルの代物だ。

 実際、ゲームプレイ上で稼いだゲーム内通貨クレジットの大半は、新しい骨格艦フラガラッハの購入に消えるし、外部販売される追加コンテンツの中で最も高額なのも骨格艦だ。


【理由は分からないけど、ジルヴァラは君の為に遺された船らしくてさ。君の精神経路マインドパスに最適化されてるんだよ】


「僕の……精神経路マインドパス?」


【でまあ、あたしとジルヴァラは海賊とは別の、フィラディルフィアって外宇宙船スターシップに拾われたんだけどね】


「そのフィラディルフィアって船はどこ行った?」


【フィラディルフィアも沈んだ……いやそんなことはない……はず、どうだろ】


「……なんか、とんでもない疫病神なんじゃないのか……話に出てきた船、ことごとく沈んでるんだけど?」


【いやぁ……それほどでも?】


 照れ隠しか誤魔化しか、アトマは頭を掻いてそんなことを言う。


「笑いごとじゃないって……」


 呆れたカノエが体を崩してソファの肘掛に頬杖をつこうとした時、突然、胸部居住区内ブレストキャビンが赤く染まり、警報が鳴り響いた。

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