Round.03 アトマ /Phase.3
【適応知識のインストに失敗した割には、落ち着きすぎてるんだよねぇ……あ、そろそろ
居住区の中を蒼い光が一瞬、スキャナーのように走り、そしてそれきりだった。
「今のでおしまい?」
【外じゃ蓄電やら蓄光やらが放出されて、光ったり雷鳴ったりしてるかな。居住区の中でそんな大層な変化あったら困るし――外、出てみる?】
「ああ、うん」
居住区の裏に移動すると、サバイバル関連の資材コンテナがストックされているスペースを通り抜け、気密室のような部屋に入る。
アトマはと言うと、フワフワと浮遊しながら、そのままの格好でついて来ていた。
【ヘルメットを被って気密表示が出たら、その船外活動ユニットに座って。そう、体を固定して。操作はあたしがやるから】
フルフェイスヘルメットのようなものを被る。便利なことに勝手にボディスーツと接続して、スーツ内の気密を保ってくれる構造のようだ。コレならよくわかっていないカノエでも自分で着られる。
船外活動ユニットは、上半身を囲い込むような箱状の背もたれの付いた椅子というような形状。座るというよりは跨るように乗ると、背中が箱状の背もたれに固定された。
ヘルメットの視界に、船外活動ユニットから、酸素が供給されている旨の表示が映る。
「出てる表示は全部クリアだね……これでいいっぽいの?」
話が本当なら、この扉の向こうは宇宙だ。
カノエの胸には不安よりも、ちょっとした高揚感がこみ上げてきていた。
宇宙遊泳などは少しばかり憧れはしても、そこまでの興味は無い。ゲームやSFは好きだったが、宇宙飛行士に憧れるという種類のものでもなかった。
それでもSF好きに宇宙とくれば、否が応でも気分が高揚するというものだ。
そして扉はゆっくりと開かれる。
「――――……」
そこには、言葉を失う絶景が広がっていた。
暗闇に浮かび上がるように蒼い珠。その珠の中には、青と白が大きく斑を描き、所々を茶と緑が彩っている。
生命の珠。
カノエの知る地球ではない。別の惑星だ。雲の切れ間に見える大陸の形が、カノエの知る世界地図とまったく違っていた。
【どーだい?】
宇宙服もなしにそのまま宇宙空間に浮かぶアトマが、船外活動ユニットの細い作業用アームに腰をかけて言った。
「僕……泣いてる……?」
伸ばした指がヘルメットのグラスに触れた。涙の粒がヘルメットの中を舞っていたが、除湿の文字が表示され、カノエの涙は換気口に吸い込まれて消えた。
「――何か、見えないものが体を通っていく気がする……こんなに現実感が無いのに、どうしてこんなにも……」
これが夢や幻でないことを、その感覚で理解した。同時にそれは元の生活が幻であったことを意味していた。
【
「エーテル?」
【星になり損ねて、宇宙に漂う無尽の塵やガス……それが
「この、体を通り抜けるものが?」
【宇宙は星を生み出す
アトマは先ほどまでとは打って変わって、真面目な調子で説いた。
ゆっくりと宇宙を遊泳する船外活動ユニットから、自分の足がはみでてフラフラと揺れている。その足の向こうには、映像でしか見たことの無い、宇宙から見る蒼い星の姿。
その全部が両手で掴めそうだ。
【そうして、あたしたちは君達人類に出会って、自我というものを知った。そして】
アトマが操作したのか、カノエが動いた反動か、船外活動ユニットがゆっくり旋回し、蒼い星が視界の外に流れ、入れ替わりに、
黒い影。
恒星ツァーリから注ぐ光が、
黒に近い紫紺の骨格フレーム。銀色に統一された
前面は三角柱の一本角。その下、
上腕部から生えるアームが保持する、肩を守る
大腿部の大型
裾の膨らんだドレスを纏った痩躯の女性のようでもあり、捻れたN字関節から連想されるのは、翼を生やし、直立した痩身の銀竜のようでもある。
鋼の骨格と銀の鎧を纏う竜人。その
それは単に、
全高百m超の巨躯が、月のような衛星ファーンを背後に、光と影に彩られて宇宙を舞っていた。
人類とストラコアが宇宙を旅する為に形創られた新しい体。未知の宇宙を探索し、新たな地平を求める鋼の身体。
ヘヴンズハースの設定と同じなら、コレはそういう存在だ。
「僕は……これからどうしたらいいんだろう」
今まで当たり前のようにあり続けた全てが消え去り、カノエは文字通り、何も無い宙に浮いた状態であった。
目の前にあるのは、広大な宇宙と、銀紫の
父も母も友人も生活も最早、遠い幻。
「セラ……」
【どうしたら、って言っても。あたしもどうしたらいいか、よく判らないんだよね】
「うぉい」
感傷に浸るカノエへ、アトマは平然と冷や水を浴びせかける。
内心、水先案内人ぐらいはしてくれるだろうと当てにしていたのが、その任をさっさと投げ出したので慌てた。
寝て起きたら宇宙に放り出された状態のカノエに取って、頼りはこのアトマと
「……なんで僕はここに浮いてるんだ。理不尽にも程がある」
【とりあえず船内に戻ってそこらへん、話そうか?】
喫茶店にでも入ろうかという気安さで、アトマは言った。
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