Round.02 セラエノ /Phase.8

「ふはははは!」


 修羅の嗤い。重力刃じゅうりょくじんの紫電と共に、左横薙ぎがアストライアの腰椎フレームを狙う。


「船長!」


 シュタルメラーラの斬撃の鋭さは、凄絶な斬り死にをした四番艦が証明している。角度が悪く、大腿部の外装甲板ブルワークが可動しても、威力を削ぎきれずに突破される。

 刃先の流れている半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴを引き戻しても、受けるには間に合わない。


「や、ら――、せるかぁ!」


 セラエノがサブコマンドを入力すると、アストライアが武器を構えていた左腕を放し、続けて、左碗部に薙ぎ払いの骨格挙動マニューバ

 それを受けた剣戟兵装ブレードを持たない左碗部フレームが、装備された外装甲板ブルワークごと、迫る艦上曲刀カットラスに叩き付けられた。


 本来は、半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴを片手持ちで薙ぎ払う為の骨格挙動マニューバだ。


 重力刃じゅうりょくじんが、左腕部の外装甲板ブルワークと接触、対消滅を起こし、溶断すると共にまばゆい紫電を放つ。


 艦上曲刀カットラスは、叩き付けられた左腕フレームの中ほどまで食い込み、へし曲げた所で被膜された重力刃じゅうりょくじんを使い切って停止した。


「左前腕及び関節構造体の機能十八%まで低下」


「左腕のエーテルシュラウド遮断。破損部切り離して。出力が惜しい」


「左前碗部及び、肘関節部のエーテルシュラウド供給を遮断。パージします」


 艦上曲刀カットラスの喰い込んだ腕から超構造体ちょうこうぞうたい化効果が失われると、破損箇所が損傷と蓄積された応力に耐えられず、グシャリと、傷を開くようにへし折れる。


 使い物にならなくなった腕と共に、食い込んだ艦上曲刀カットラスが宇宙に舞った。

 シュタルメラーラも斬撃の衝撃で歪み、食い込んで使い物にならなくなった艦上曲刀カットラスを手放したのだ。


「“ヘイトレッド”を乗せたから完全に獲ったと思ったんだがな……腕一本で止めるか。そんな骨格挙動マニューバはないはずだ」


 やや落ち着いた口調で、しかし依然、興奮状態を表す赤眼をしながらジゼルは言った。


「剣戟のモーションを徒手空拳で振らせただけだよ。大体、拾った武器に重力刃じゅうりょくじん展開して投げ斧代わりに使ったアンタに言われたくない」


「この勝負強さよな……やはり是が非でも私のモノにしたい。ナインハーケンズに来い、セラエノ!」


「全力でお断り」


 しかし、そのセラエノの飄々とした言葉も、徐々に余裕が失われていた。


 セラエノは剣檄戦の興奮で、抑え込んでいたシュタルメラーラを斬り伏せたい衝動に駆られるが、片腕を失ったアストライアでは最早それも厳しい。

 奥の手もあるにはあるが、勘のいいジゼルには博打が過ぎる。下手を打って、今倒れるわけには行かない状況だ。


「珍しく身を庇うな……セラエノお前、何企んでる?」


 シュタルメラーラが右の可動式格納庫アームドシースから、三本目の艦上曲刀カットラスを引き抜く。

 骨格挙動マニューバを受けの型に変えたことに気付いたのだろう。外観の変化はなかったはずだ。


 獣並の嗅覚である。


「多分、今アンタが感づいたこと」


「おまえ!」


 ジゼルの咆哮と共にシュタルメラーラが踏み込んで、三本目の艦上曲刀カットラスが閃いた。

 その業のキレは、先ほどアストライアの左腕部を半壊させた斬撃と遜色無いが、いささか直線的すぎる。今度はセラエノの誘った一撃だった。


 片腕しかないアストライアが、半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴを器用に操って重力刃じゅうりょくじんを受け止める。


――その時、待っていた声は届いた。


【セラエノ!】


「アトマ!」


【逃げてセラエノ! あたしはもう大丈夫だから!】


 セラエノ達が斬り合うコンテナ艦の下部から、流星が流れた。


「ジルヴァラ、ユーリ副長制御の補助航行クルーズユニット装備で射出確認。単独で小転移航路ショートレーンに突入します――船長!」


「ユーリッ! 後部コンテナ艦を分離! 離脱して!」


「船長! ご無事で!」


「また逃げるのかお前は! クヴァルの天騎士アインヘルともあろうものが! いい加減アタシとの決着を付けろ!」


 足元の表層外壁ウォールデッキが、宇宙に響くはずの無い轟音を響かせるように、揺れ始めた。

 外宇宙船スターシップを維持していたエーテルシュラウドが絶たれ、超構造体ちょうこうぞうたい化効果の失われた巨大な船体が、自重と応力により歪み始めているのだ。


 アンカーユニットに繋がれた後部コンテナ艦を、ロケットがブースターを切り離すように置き去りにすると、外宇宙船スターシップフィラディルフィアは急速に加速を始め、瞬く間に離脱していく。


「んふふ。ごめんねジゼル」


 セラエノがまた、場にそぐわない調子で、笑いながら謝った。

 その時、アトマのジルヴァラが転移航路ヴォイドレーンに突入する閃光が、宇宙を覆ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る