Round.02 セラエノ /Phase.7

「あははは! ウチの生え抜きを一太刀か! 腕は鈍ってないねセラエノ!」


 ジュディの声を掻き消すかのように、ジゼルからの等方性通信波の怒号が重なった。相手を喰い尽くすような豪気を纏った声が、頭部艦橋クラウンシェルに響き渡る。

 振り返ったアストライアのモニターに映るのは、艦上曲刀カットラスで唐竹に、頭部艦橋クラウンシェルから胸部居住区ブレストキャビンまで斬り込まれたエルアドレ四番艦の凄惨な姿だった。


 シュタルメラーラの肩部外装甲板ブルワークには、四番艦の半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴが突き刺さり、跳躍突撃バレットチャージに真っ向から唐竹割りで交差法カウンターを仕掛けたことが窺える。


 半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴ跳躍突撃バレットチャージは受け流し損ねれば、外装甲板ブルワークもろとも骨格フレームまで達する威力がある。


 その勢いを利用しての交差法カウンター頭部艦橋クラウンシェルごと胸部居住区ブレストキャビンまで斬り込まれたエルアドレ四番艦が、自身の突撃の威力を、その身で物語っていた。


 両翼を守る二隻のクロムナインのように重力刃じゅうりょくじんで受け流すのではなく、外装甲板ブルワークで受け流し、交差法カウンターを仕掛けるなど、一歩間違えれば真逆の姿を晒すことになる。

 並みの胆力ではなかった。


「相変わらず、どう言う神経してんだか」


 セラエノが呆れ顔をしながら、シュタルメラーラの動きを伺う。


 喰い込んだ艦上曲刀カットラスを手放し、完全に沈黙した四番艦に脚を掛けて蹴り飛ばすと、シュタルメラーラは赤い眼のようなセンサー類を輝かせてアストライアに向けた。


「ジルヴァラをよこせば見逃してやってもいいよセラエノ」


 殺気の篭った声が聞いた。

 命を懸けた剣戟に競り勝った興奮で、アドレナリンが過剰に分泌している。ジゼルの鈍色の瞳が真紅に染まっていた。


 竜眼ゲイズ。カーディナルの由来の一つであるジゼルの特異体質で、白皮症アルビノ光彩異色症ヘテロクロミアと違い、興奮状態になると発現し、見たものに心的ストレスを誘発――恐怖させる効果がある。


 その真偽はともかく、少なくともナインハーケンズはそう吹聴し、実際にジゼルの殺気に中てられて、恐怖するものが居るのは事実だ。


「ひぅ」


 等方性通信波に乗ってきた映像からも伝わるその迫力に、後ろのジュディが思わず息を呑むのが聞こえた。


「くれてやる気はないし、大体ジルヴァラを渡しても、根こそぎ奪ってくでしょアンタ」


 セラエノはそんな赤眼のジゼルの殺気にも気圧されず、飄々と応えた。


「許嫁にずいぶん辛辣だね」


「あんたが勝手に仕組んだ婚約でしょ」


「なら、力づくで連れて行く」


 言葉で斬り合いながら、互いに隙を窺う。


「ジゼルさんって、船長と同性ですよね……?」


「そうだよ?」


「許嫁って……」


「クヴァルは同性婚も認めてる。遺伝子操作と増殖細胞で女同士でも子供作れるし」


「……ひ、ひええぇ」


 頬を赤らめて頬を押さえるジュディを横目に間合いを窺っていると、モニターの向こうでゆっくりとシュタルメラーラが歩を詰めるのが見えた。


 半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴを掴むと、エーテルシュラウドの供給を絶たれた、外装甲板ブルワークの接続アームが砂糖菓子のように折れて、それを右腕に下げてだらりと構える。

 鉈槍の切っ先が、足場になっているフィラディルフィアの表層外壁ウォールデッキをガリガリと擦り、重力刃じゅうりょくじんがエーテルシュラウドと対消滅して紫電がはじけた。


「――と、お仕事お仕事。シュタルメラーラが半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴ重力刃じゅうりょくじんを展開しました。使えるんですかね?」


 気を取り直したジュディが、怪訝な顔でシュタルメラーラを分析する。


 骨格艦フラガラッハの、特に戦闘用の骨格挙動マニューバは、ストラコアに前もって組み込まれている。

 半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴは長柄の上に特殊な形状の為、重力刃じゅうりょくじんを発生させられたとしても、中型剣の艦上曲刀カットラスが主武装のクロムナイン系では、調整なしには満足に扱えないはずだ。


「どうかな。ハッタリを使うようなタイプじゃないし……ジゼルはどっちかと言うと、ハッタリでそのまま相手の頭をカチ割る、脳みそ筋肉なタイプなんだけど」


「聞こえてるよ」


「すみません」


 セラエノの挑発には以前から辛酸を舐めさせられている。くだらないやり取りからですら、自分のペースに持ち込むのだ。


「そろそろ、アタシのモノになれ!」


 震脚。


 踏み込んだシュタルメラーラの右脚先端の前シ足とヒールのような踵のランディングフレームが、フィラディルフィアの表層外壁ウォールデッキを踏み抉り、星間物質エーテルが火花を散らす。


 最大斬撃ハイスラッシュの予備動作。しかし間合いはやや遠い。そして次の瞬間、半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴが“投げ”放たれた。


「お断り、しま――」


 言うより速くセラエノは反射的に反応し、“受け”る。


 骨格艦フラガラッハの手から離れ、ストラリアクターの星間物質エーテル供給が絶たれた半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴは、アストライアの重力刃じゅうりょくじんにあっさりと斬り負け、両断された。


「――しくじった!」


 しかし、叫んだのはセラエノだった。


 震脚の武威によって受け流しを誘われたのだ。

 囮の刃を切り払い、上体が浮き上がり、刃は右へ流れた。アストライアの骨格が開き、構えが崩れてコンマ数秒分の優位を失う。


 既にシュタルメラーラは左腕部を、右腰に移動させた可動式格納庫アームドシースへ送っていた。


 腰椎フレームの右側下方に、まさしく鞘のような可動式格納庫アームドシースが開き、二本目の艦上曲刀カットラスの柄が覗く。

 その姿はまさに、暗剣で獲物を狙う暗殺者。投刃に使った右腕が頭部艦橋クラウンシェルに掛かり、その影から赤いセンサーがギロリと睨む。


 左脚部が滑るように前に出て、二歩目の震脚。間合いが詰まる。本命。星間物質エーテルが弾けて紫電が走った。

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