Round.02 セラエノ /Phase.6

 別働隊のアーチボルトがライゼンに初太刀を打ち込んだ頃、フィラディルフィアの表層外壁ウォールデッキに打ち込んだアンカーユニットに取り付いたジゼルは、光学観測探信儀オプティカルサイトの感度をあげて、敵骨格艦フラガラッハを探していた。


 頭部の固定式外装甲板ブルワークの隙間に埋め込まれた光学センサーが、赤く輝いて周囲を観測すると、こちらに急行するアストライアとエルアドレ三隻を捕捉する。


「セラエノが向かって来ている。ここが前線になるな。ジルヴァラは?」


 燃える炎のような紅の蓬髪をしたジゼルの左眼は隻眼であった。

 褐色の肌と剃刀色の右の瞳、そして長い耳は、不老種アルヴであることを示している。


「ザッと観測たトコ、クシャナ嬢が言うのに該当する艦は見当たりませんね」


 その右翼で警戒する骨格艦フラガラッハクロムナインのヘルムヘッダー、ナインハーケンズ副長クロウド=ラーゼンが答えた。


「アストライアの動きを見る限り、コイツは当たりっぽいが……」


 ジゼルは中央コンテナ艦に撃ち込まれたアンカーユニットを、骨格艦フラガラッハシュタルメラーラで小突いて言う。


「――まあいい……七番から九番は掠奪優先。“いつもどおり”だ! 価値のあるものはすべて奪え!」


 ジゼルはその整った顔立ちに似合わず、獅子の咆哮のような怒声を放つと、三隻のクロムナインのヘルムヘッダーから、「アイ・マム!」と敬服と緊張の入り混じった応答が帰ってくる。


「いいんでスかい? 折角出したクロムナインを分散して」


「ここに戦力を集めたら、ジルヴァラはともかくアストライアに逃げられるだろうが、頭数を五分にしてやればアイツが見逃すはずはない――掛かってこいセラエノ」


 指示を出したジゼルは光学観測探信儀オプティカルサイトの示した、アストライアが居る方角を見据えてひとりごちた。


「まだ、セラエノさんのこと諦めてないんスか?」


「当たり前だ! あたしは海賊だぞ!」


「逃げた許嫁を追いかけるのは、海賊の範疇にはいるんスかね……」


「クロウド、お前、後でぶっ飛ばす」


「スいやせん」


      *


「居た。こちらに気付いてはいるはずだけど、略奪優先か……いかにも宇宙海賊らしい動き。助かるけど」


「エルアドレ全艦、いつでもいけます」


 黒い骨格と藍緑色の外装甲板ブルワークで統一された骨格艦フラガラッハエルアドレの他に、白と藍緑色、朱色を刺し色に描いた外装甲板ブルワークを纏うセラエノの骨格艦フラガラッハアストライアの姿があった。


 対する敵艦は、ジルヴァラの格納されているコンテナ艦直上。

 ロープに繋がれた円錐台に端子を付けた様な物体――アンカーユニットの周囲に立つシュタルメラーラとクロムナインの四隻の骨格艦フラガラッハ


――骨格艦フラガラッハ

 その肩部や碗部、剣戟の際に重力刃が斬り込まれる要所には、小型アームで接続された可動アーム保持式の外装甲板ブルワークが装備されており、防御の際にはこれらが、盾や鎧のように損傷を受け持ち、船体の中枢区画と脊椎フレーム及び、N字関節型四肢骨格構造N・ボーンド・フレームを保護する。


 船であった名残は胸部居住区ブレストキャビンに見られ、二段式稼働構造をした肩部に挟まれた宇宙艦の船体のような形状はスリムで、斬撃の際、肩と腕部フレームの可動域を確保する為だ。

 そのため、百メートルの全長に対して、居住スペースはクルーザー程度と、大型宇宙艦艇としてはかなり狭い。


 船であるならば本来、その船形の後部にあるはずの動力炉ストラリアクターは、その下に腰椎フレームで接続された骨盤に当る位置にある。

 後ろに長い臀部動力区画リアクターブロックからは脚部の他、翼のように接続されている可動式格納庫アームドシースが付属し、大腿部の大型外装甲板ブルワークと合わせて、膨らませたスカートや長い腰帯のようにも見える。

 

 そして胸部居住区ブレストキャビンの上方、頭に当る部分にはセンサー類が表情を織り成す鉄面竜の“貌”、頭部艦橋クラウンシェル


 骨格艦フラガラッハシュタルメラーラのそれが、モニター越しに、アストライアを誘うように睨んだ。


「全艦接地! 舐めてかかってくれたお陰で数は互角。ストラコアの優先攻撃対象確認。自分の相手は間違えない! 用意!」


「エルアドレ全艦、構え!」


跳躍突撃バレットチャージ!」


 アストライアの全体を蒼いエーテルの電光が走り、エーテルシュラウドの偏向重力へんこうじゅうりょくが、無重力合金鋼ゼロスティールの骨格でできた脚に膂力りょりょくを与え、直接推進よりも、遙かに強力な跳躍推進力バレットジャンプを得て、骨格艦フラガラッハは宇宙を飛翔した。


 被膜されたエーテルシュラウドが活性化する小さな紫電を纏いながら、四隻の骨格艦フラガラッハがアンカーユニットに陣取るナインハーケンズに迫る。


――激突。


 三隻のエルアドレが半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴを騎乗槍の様に構えて突撃する中、セラエノのアストライアは表層外壁から上方向、敵ではなく星空の側に半捻りで跳躍していた。


 軌道制御に使われた偏向重力推進ベクタースラストの曳光が流麗な曲線を描き、捻りを加えながら敵陣様の背後、アンカーユニットに接続していた一機の正面やや右前方に降り立ち、そしてしっかりと腰を落とし、舞台役者の演ずる武芸者のように、腕を交差させた状態で半刃半柄鉈槍フィフティグレイブを構える。


 肘の伸びたN字関節の腕を巧みに引き込み、右脚部が踏み出され、捻られた腰椎フレームが、軸足側から生み出される脚力を、重力刃じゅうりょくじんの剣先の速さと威力に変換。


 骨格艦のN字関節型四肢N・ボーンド骨格構造・フレームは、エーテルシュラウドさえ供給されれば、破損した関節ですら偏向重力へんこうじゅうりょくで、ある程度動かすことが出来るシロモノ。


 一撃で仕留めるには、コックピットである頭部艦橋クラウンシェルをつなぐ頚椎フレーム、或いはストラリアクターと胸部居住区ブレストキャビンをつなぐ腰椎フレームが切断するのが最適とされる。


 特に腰椎フレームは骨格挙動マニューバの中枢軸の為、細かい関節フレームの集合体である都合上、外装甲板ブルワークの可動アームを直接取り付けられず、防御に隙がある。


 極端に低い軌道からの右斬り上げに、右大腿部の大型外装甲板ブルワークが自動的に反応し、アームを稼動して防御しょうとするが、半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴ重力刃じゅうりょくじんは、対消滅する紫電の火花を散らしながらその表面を滑り、右腕外装甲板ブルワークと大腿部大型外装甲板ブルワークの守りの隙、細い隙間に差し込まれ――


――神速一刀のもとに、クロムナインの腰椎フレームを両断した。


「一合もあわせず一撃で!?」


 後部座席で一連の状況と駆動をモニターしていたジュディが、驚嘆の声を上げる。

 骨格艦フラガラッハの剣戟戦の基本は、一つにエーテルシュラウド及び重力刃じゅうりょくじんの制御管理と、もう一つは、船体各所に取り付けられた可動式の防御壁である外装甲板ブルワークの破壊。


 ストラリアクターは生産性の低さから希少性が高く、また主武装が追撃に向かない白兵武器であることもあり、骨格艦フラガラッハの剣戟戦は相手を大破するまで戦うことは稀で、外装甲板ブルワークを何割か失った艦は後退がセオリーだ。


 それゆえ、可動防御する外装甲板ブルワークの隙間を縫っての一撃必殺などは、神業の類であった。


「クロムナインは駆逐仕様で敏捷性重視。外装甲板ブルワークのカバー範囲に隙間が多いからね。後は不意打ちと幸運。これでジゼルを挟み撃ちに出来れば、下がらせられる――ジュディ、状況」


「三番艦、五番艦、共に接敵成功。組み付きました。あれ……四番艦の反応が――」

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