Round.02 セラエノ /Phase.5

「船長、アンカーAへ向かった三隻はどうしますか?」


「無視で。どうせコンテナ艦はくれてやることになるから、気にしないでいいよ」


「ではジルヴァラの格納庫直上のアンカーBに取り付いた、骨格艦フラガラッハシュタルメラーラ以下、敵本隊四隻を優先対象に設定。全艦、船長のアストライアに続いてください」


 骨格艦フラガラッハアストライアの頭部艦橋クラウンシェルで、後部座席のジュディ=ジェイスが状況を告げた。

 若いが、オペレータの中では管制能力に特に優れた子だった。囮になるつもりのセラエノが連れて行くのを躊躇ったほどである。


「足場の無い宙空戦は致命打が入れにくい。ライゼンとユージンには、折を見て各個で離脱しろと伝えて」


「こちらは?」


「ジルヴァラとフィラディルフィアが離脱する時間を稼ぐ。そのあと私たちも逃げるよ」


「かなり無茶な感じですけど……」


 アトマのジルヴァラが無事離脱できることが最優先だが、だからと言ってフィラディルフィア乗員約千五百名を、見捨てるわけにも行かないのであった。

 殿しんがりの自分たちが逃げるのは、更にその後。


「ごめんね。女の子に貧乏くじを引かせちゃって」


「いえ、私もフィラディルフィアに乗った時から覚悟は出来ています。それに、セラエノ船長の戦いを間近で見られるなら悪くはないです」


 事も無げにジュディは言った。これは彼女の肝が、特別に据わっているというわけではない。外宇宙船スターシップの乗組員というのは惑星侯マーキスの領民に比べ、長く外宇宙船スターシップという人工物の中に生きるが故に、自らの死について、やや達観したところがある。


 とは言え、死が怖くないわけでもない。

 それらは本来、人が生きることの出来ない“宇宙”を身近に感じて生きる自然種ノイエ達の死生観であった。


「寿命に際限が無いだけ、不老種アルヴの方が死ぬのは怖いのかもね……」


「そういえばクヴァルの一番初めの皇帝さんって、まだ生きてらっしゃるんでしたっけ? たしか一番最初に自然受胎で生まれた不老種アルヴの方ですよね」


「始帝ヴァルヴァラ――彼女が自然受胎で生まれたことで、不老種アルヴを新たな人種として認められる契機になった最初の一人。まだ生きてらっしゃるはずで、御歳六千云百歳だね」


「私たちは二、三百年で死んじゃいますから、よくわかんない感覚ですよね……」


 ジュディはあっけらかんとしたものだが、六千年前、その“寿命の違い”が原因で迫害されることを予見した古不老種アルヴ達は、新天地を求めてペルセウスアームへと。当時、未知の領域であった銀河腕アーム間の大転移を敢行したのだった。


「永遠の寿命って言っても、そんないいものでもないしね……」


 クヴァルにはその永遠の寿命で、無為に生きる者がたくさん居た。なまじ寿命に際限が無いものだから、年長者に押さえつけられ、若い不老種には息苦しい。

 そんな閉塞した環境に嫌気のさしたセラエノはクヴァルを飛び出し、シンザ同盟へと亡命し、そして今、クヴァルの旧知に追われているのだった。


      *


 ナインハーケンズとの戦端が開いた報告は、資源小惑星で採掘作業にあたっていたライゼンにも届いていた。


「ライゼン=リンドブルムッ!」


 等方性通信波を使って放たれた咆哮が、骨格艦フラガラッハエルアドレの頭部艦橋クラウンシェルに鳴り響く。


「やかましいぞジゼルの鉄砲玉が! なんで俺の名を知ってる!?」


 偏向重力推進ベクタースラストのスラスト光を曳いて飛来する影を確認しながら、ライゼンも怒号をもって応じた。

 モニターに映るのは、宇宙に半分溶け込みそうな暗い鈍色をした、無重力合金鋼ゼロスティールの骨格と、可動アームで保持された外装甲板ブルワークに鎧われた、惑星の力を宿す人型の悪魔。


 艦種はクロムウェル級ナインハーケンズ改修型“クロムナイン”。


 左肩に装備された、丸盾状の肩部外装甲板ブルワークに記された識別旗は“鉤爪の一”。

 通常のクロムウェル級に比べ、骨格艦フラガラッハの基本防御機構である可動アーム保持式の外装甲板ブルワークを小型化してある為に見た目には軽装で、その隙間から、骨格艦フラガラッハの名の由来であるN字関節型四肢骨格構造N・ボーンド・フレームが見え隠れする。


 表面を覆うエーテルシュラウドが偏向重力へんこうじゅうりょくを用いて、巧みに骨格を動かし艦上曲刀カットラスを構える様はまるで骸骨剣士のソレだ。


「ナインハーケンズの一番。切込み隊長アーチボルト=グリスだ! 前にディエスマルティスの表層外壁で斬りあっただろうが! 忘れたのかテメエ!」


 クロムナインの手にした全長六十mほどの艦上曲刀カットラスは、とても切れ味が良さそうには見えない。

 しかし、エーテル導体がプリント基板状の構造をしており、ストラリアクターからエーテルシュラウドを通わせる事で、攻性偏向重力こうせいへんこうじゅうりょくに特化した超高密度のエーテルシュラウド――超構造体ちょうこうぞうたいを破壊できる唯一の武器“重力刃じゅうりょくじん”を発生させる。


 刃と言うには無骨な、刃紋と言うには歪な、青白い幾何学模様の燐光で覆われた巨大な曲刀が、宇宙を飛翔するクロムナインの推力を上乗せし、小惑星ごと両断しようという勢いでエルアドレに襲い掛る。

 待ち構えたライゼンの藍緑色の外装甲板ブルワークを纏う骨格艦フラガラッハエルアドレは、手にした刃と柄が半々の半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴでこれを受け止めた。


 全長は約百m、全備重量は千tから千五百t。その骨格艦フラガラッハが放つ重力刃じゅうりょくじんの斬撃の威力は、質量火砲カノン換算で小惑星の質量にも等しいと言われている。

 小惑星上でぶつかり合った重力刃じゅうりょくじん星間物質エーテルに還元されて弾け飛び、紫電を宇宙に散らし、余剰となったエネルギーが脚部フレーム先端のシ足状ランディングギアを伝って、資源小惑星の地表を抉った。


「フィラディルフィアのライゼン=リンドブルムだ。すまん、誰だか忘れた!」


半刃半柄鉈槍フィフティグレイヴ重力刃じゅうりょくじん、十八%(パーセント)減衰。リアクターよりリロードします】


「いい度胸だテメエ……なら、また忘れないうちに、ここでケリをつけてやるヨ!」


 熱量はもちろん、物理的な衝撃や破壊にすら耐性を持つ超構造体ちょうこうぞうたい化した骨格艦フラガラッハを撃破するには、船体中枢を守る外装甲板ブルワークを突破し、重力刃じゅうりょくじんで相手のN字関節型四肢骨格構造N・ボーンド・フレームを両断する必要がある。

 その為に、エーテルシュラウドに守られた骨格艦フラガラッハの戦闘は、重力刃じゅうりょくじんを継続供給できる剣戟兵装ブレードによって行われる剣激戦。


「船長には適当に引き付けてから逃げろって言われてるんだけどねぇ……頭数でも負けてるし」


 それは六千年の間、今日まで変らず、骨格艦フラガラッハは重力を武器に纏い、音速を超える剣先を振るって泥臭い斬り合いを演じていた。

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