Round.02 セラエノ /Phase.3

「観測光の湾曲を確認! 超級ストラリアクターの偏向重力へんこうじゅうりょくを観測しました! 六時方向マイナス三度! 真後ろです!」


 ライゼンの通信からやや遅れて、レーダー分析官が緊迫した声で叫んだ。


外宇宙船スターシップ!?」


 超級ストラリアクターは、VOID《ヴォイド》にある転移航路ヴォイドレーンを安定航行するために必要な、物質の超構造体化ちょうこうぞうたいかと大質量推進に特化した存在。

 それが支えるのは、全長三十kmの外宇宙船スターシップ


「来ちゃったか……」


 茫洋とした表情にやれやれと言った声を織り交ぜて、セラエノは吐息を吐いた。ほとんど溜め息である。


「真後ろ……同一離脱座標ですね。どこの船か確認を」


 ユーリが形式通りレーダー分析官に問うと、すぐに返事は帰ってきた。


「不明船のエーテルフラッグ、船籍旗エンサインはクヴァル超帝国……海賊旗ジョリーロジャーを確認。私掠船プライバティアです」


 外宇宙船スターシップフィラディルフィアが属するシンザ同盟と、セラエノの故郷であるクヴァル超帝国は、ペルセウスアーム既知星系の利権を巡り、緩やかな敵対関係にある。


 掲げられた海賊旗ジョリーロジャーが意味するところは、クヴァル超帝国の“認可”の元、こちらへの略奪行為の宣言であった。

 フィラディルフィアも海賊旗ジョリーロジャーは掲げていないものの、シンザ同盟の私掠許可は保有しているので、史書に記されるのであれば、状況は“星の数ほどある偶発的な遭遇戦の一つ”と言うことになる。


 超国家組織の認可の元に掲げられた海賊旗への返事は降伏の白旗か、交戦の赤旗か、二つに一つ。


「クヴァルの私掠船ドレイク……」


 ユーリが視線を送ると、セラエノは先ほどとは打って変わった真剣な表情で、戦術卓を凝視していた。


白旗しろはたは無いよユーリ。交戦旗あかはた送って。大体、戦闘艦のウチに離脱座標にまで被せて仕掛けてくるってことは……」


 レーダー分析官の報告は続いていた。


識別旗エスカッシャン、放射状に配された九本の鉤爪――赤眼の(カーディナル)ジゼル!」


「照合! 外宇宙船スターシップナインハーケンズ!」


 クヴァル超帝国最強の十天船団テンナンバーズの九。ジゼルのナインハーケンズはシンザ同盟側にもその勇名が轟いている。


 ざわつくオペレータ達の一方で、戦術卓を囲む三人――或いは二人と一基は、いたって冷静だった。


「せめて、惑星レンドラを巻き込める位置だと助かったんだけどね……」


「ユードラ様を巻き込むつもりだったんですか!?」


「ユーリってそういえば、レンドラ出身だっけ」


【あのクヴァルの海賊さん、ずっと、あたしのこと追っかけてたのかな?】


「回収した遺跡船レリックシップディエスマルティスのストラコアからアトマの情報を引き出したか……六千年モノの“ヒューレイ入り骨格艦ボトルシップ”なんて、好きそうなお宝だよね」


「クヴァル超帝国の最高戦力がなんて暇なことを……」


 真面目なユーリも、げんなりとした顔で言った。

 相手はクヴァル超帝国の中でも指折りの船団諸侯マグレヴ。その戦力差は、正直なところセラエノも余り考えたくないものだった。

 何せ相手は“星団公デューク並の財宝を溜め込んでいる”と言われる、外宇宙船スターシップナインハーケンズなのだから。


 そして、その船長、赤眼のカーディナルジゼルは、セラエノには因縁浅からぬ相手であった。


「第一種配備! 取舵一杯! 左舷、質量火砲カノン稼動! オートじゃ役に立たないから手の空いているものは全員砲座に回って! 命中弾にはボーナス出すよ!」


 第一種配備を知らせる赤い光が明滅し、安穏としていた航行指揮所が一転、喧騒に包まれた。


「ようそろ! 手の空いた者は、左舷砲座へ!」


「居住区に戦闘警報。非戦闘員はリアクター艦側、救命ボートに移乗急げ!」


 セラエノの檄が飛ぶ。平時のノン気な声音も表情も消えて、セラエノの琥珀色をした瞳が、モニターに映る外宇宙船ナインハーケンズに潜むものを睨みつけた。


「ライゼン達戻せる? あと防衛システムの状況」


「敵の展開が早く間に合いそうにありません。質量火砲カノン稼働率が32%」


「残りのリソースは骨格艦フラガラッハの展開に回して。格納庫に攻撃されたら手も足も出なくなる」


骨格艦フラガラッハの起動フェーズを最優先。各ヘルムヘッダーは急いで乗艦してください。船長、現在可動中の質量火砲カノン数では迎撃に不十分ですが……」


「いい。光学視認距離だし、ゆったり撃ち合いにはならないよ。キャニスター弾でばら撒いて牽制を優先。多少削るなり時間を稼げるなりすれば、それでいい。敵骨格艦フラガラッハの移乗攻撃を警戒。相手の好きにさせるな!」


「総員、艦上迎撃戦!」


 指示を受けて、管制官はすぐさま職務に戻る。

 その隣のレーダー盤は、いよいよ持って絶望的な状況を映し出していた。


「敵船から骨格艦フラガラッハの射出光! 光学観測、敵艦影捕捉……数、十! 船長どうしよう! 骨格艦フラガラッハが二桁もいる!」


 レーダー分析官が悲痛な声で叫ぶ。


「ジゼルは金持ちだからね」


 戦術図に転写されたデータでは、全長百mほどの小型の反応が十隻。一糸の乱れなく戦闘速度で航行している。


 全長三十kmキロメートルに及ぶ外宇宙船スターシップに比べると、その大きさは象と蟻ほどの差があるのだが、敵艦の接近を告げるオペレータの声にはあきらかに動揺の色があった。

 モニターの端に映っているのは、米粒ほどの大きさの物体。直接交戦距離にまで接近した敵外宇宙船スターシップから飛来する、十の小さな光芒。


 それは宇宙の死神が放つ曳光であった。


「――手持ちの骨格艦フラガラッハ、全部突っ張ってきたか……脳みそ筋肉にもほどがあるでしょう。本船の方になにかあったらどうすんだ」


 骨格艦フラガラッハ――ストラリアクターを動力炉として建造された人型惑星探査船。そして、外宇宙船と同等のエーテルシュラウドに守られた宇宙最強の格闘戦艦。


 銀河系一円にその生存圏を広げた現在の技術大系を持ってしても、こと格闘戦闘能力において、骨格艦フラガラッハに比肩する艦艇は未だ存在しない。

 数隻で居住可能惑星が買えると言うほどに希少で高価。しかもストラリアクターは一基でも、大型都市のシステムとリソースを一手に賄えるほどである。

 その為、主惑星級の惑星侯マーキスが有する艦隊でも、六隻稼働体制が定数。


 十隻と言う数は、星団公デューク並の財力を持つとまで言われる外宇宙船スターシップナインハーケンズが保有する、クロムウェル級の改修型クロムナインをその名の通り九隻。

 そしてジゼルの持つ固有骨格艦フラガラッハシュタルメラーラ。それらをすべて投入したことを意味している。

 セラエノが罵るのも無理からぬ、フィラディルフィアを襲撃するには大げさな戦力だった。消耗や状況をいとわなければ、シンザ中央星団の惑星とすら交戦可能な戦力。


 一方フィラディルフィア側の戦力は骨格艦フラガラッハエルアドレが五隻と、セラエノの固有骨格艦フラガラッハアストライアの計六隻。

 フィラディルフィアも船団諸侯マグレヴの剣戟戦力としては十分過ぎるほど強力なのだが、ナインハーケンズはそれを悠に上回る、倍近い数だ。


「三隻が隊列を離れ、ライゼン隊長の資源小惑星に向っています」


「採掘用アンカーユニットを切り離して。ライゼン達はそのまま小惑星で迎撃」


 戦術卓では真っ直ぐこちらへ向う光芒から、三つが隊列を離れる動線と、その続きに破線で資源小惑星に向う予測航路が示された。


【ディエスマルティスの時、セラエノに出し抜かれたのが癪に障ったのかな。純戦力差を目一杯使って容赦なしだね】


 戦術卓の光点を“ふむふむ”と分析しながらアトマが言った。精神が未熟なヒューレイとはいっても、やはりストラコアだけのことはある。正確な分析だった。


 骨格艦フラガラッハジルヴァラが発見された遺跡船レリックシップディエスマルティス上で、ナインハーケンズとは一度交戦している。

 その際、フィラディルフィアが出し抜く形でジルヴァラを回収し、現在に至っていた。


「その点については、ジゼルさんの気持ちは良くわかりますけども」


 セラエノに振り回された回数では最も多いであろうユーリが、アトマの状況分析に深い同意を示した。


「わからんでいいです」


 戦術卓前で三人が喋くっている間にも、戦況は刻一刻と変化を見せる。


 この広い宇宙では指揮を系統立てる手段も乏しく、定数が揃えにくい外宇宙船スターシップ骨格艦フラガラッハを、無数にある恒星系や惑星、転移航路ヴォイドレーンに配置するのは現実的ではなかった。

 そのために出来たのが、ナインハーケンズのような私掠船団ドレイクである。


 コロニーと、そして宇宙要塞しての機能を有する外宇宙船スターシップをもって、宇宙を回遊し、他勢力の船や惑星を襲い、また自勢力の船と惑星を護る。

 勢力図が銀河一円に広がった世界で、勢力主力規模の艦隊を揃えての宇宙会戦などは、政治的な要因も含めて滅多と起こる事ではなく、そんな中、彼らは日々遭遇戦という最前線に立ち続ける猛者たちだ。


 そしてナインハーケンズから見れば、フィラディルフィアは獲物であるジルヴァラを掠め取った憎き相手。


「まったく。そこらで惑星でも襲っていればいいものを――質量火砲カノン全門一斉射! アンカーユニット来るよ! 着弾位置、最優先で上げて!」


 セラエノが言うが早いか、外宇宙船スターシップフィラディルフィアを現す立体図面の左舷にアンカーユニット着弾の警告が表示される。


「後方のコンテナ艦にアンカーユニット三基被弾!」


 機材砲デミカノンから発射されるアンカーユニットは、掘削用アンカーユニットを無重力合金鋼ゼロスティールの針金で編み上げたロープで繋いだ、移乗攻撃用の機材砲弾頭。

 エーテルシュラウドの超構造体化ちょうこうぞうたいか効果で護られた無重力合金鋼ゼロスティールのロープを敵外宇宙船スターシップと橋渡し、骨格艦フラガラッハで移乗攻撃を仕掛ける為に撃ち込まれる。

 ナインハーケンズのような私掠船ドレイクから射ち込まれたアンカーユニットは、まさに襲撃の合図だ。


 砲弾のように撃ち出された巨大なアンカーユニットの衝撃エネルギーは、地上に撃ち込めば山一つを掘り返せる程の威力だが、フィラディルフィアの全長三十kmに及ぶ巨大な船体の構造を支え、偏向重力へんこうじゅうりょく超構造体ちょうこうぞうたいの剛性が衝撃の大半を吸収し、指揮所まで届いたのは警報システムが告げる警告音だけだった。


「敵アンカーユニットの一基が後方中央のコンテナ艦に命中……うぁ……ジルヴァラの格納庫に最短位置! マズイです船長!」


 報告するオペレータは焦りの声を隠せない。

 アンカーユニットは本来、外宇宙船スターシップ同士を繋ぎ、移乗攻撃を行うための鉤綱だが、先端に発生する掘削用重力刃くっさくよう・じゅうりょくじんにより、フィラディルフィアの表層外壁ウォールデッキを貫通、敵艦への侵入穴を開けることも出来る。


 資源小惑星のライゼンとユージンを抑えに向った三隻を除き、フィラディルフィアに向って来ているのは七隻。


骨格艦フラガラッハを取りつかせるな! 着弾点付近の砲座はアンカーユニットを攻撃! ジルヴァラは空いてる機材砲デミカノンでレンドラ衛星行きの小転移航路ショートレーンに射出。ユーリ、航路設定お願い!」


 セラエノはそこで言葉を止めて、アトマに向き直った。


【セラエノ!】


 セラエノの指示を聞いたアトマが、いつもののんびりとした口調ではなく、珍しいことだが、鋭い声を発した。


「案外そんな声も出せるんだねアトマ。キャラ、ブレてるよ?」


 彼我の戦力比が絶望的であることはアトマも理解していたが、何故か、本来戦闘システムであるはずの彼女は“セラエノならなんとかするはず”と思い込んでいたのだ。

 自我の成長の証であると同時に、それはアトマにもどかしさを与えていた。


【そうだ、セラエノがジルヴァラで出撃(で)れば……】


「ジルヴァラには“彼”が乗っているでしょ?」


“六千年級骨格艦フラガラッハ、乗って見たかったけど”と付け加えながら、セラエノは首を振った。


「それに、ジゼルの標的はアトマさん自身ですし――みすみす獲物を、彼女の目の前にぶら下げるのもどうかと」


 ユーリが冷静な意見を差し挟んだ。


「まだ生まれたばかりの君には酷かもしれないけど、ここからは自分で考えてオリオンアームを目指すんだ。それが君の“使命”なんでしょ? アトマ」


【そんな……】


 躊躇うアトマに、セラエノは快活な笑みを贈ると、へたり込んだその小さな流動金属フロウメタルの体を優しく持ち上げて、船長席の後ろに設置されている黒い六角柱の台座に座らせた。

 スイッチを入れると、それはアトマを保護するように、六角柱の上面が透明なケースで閉じられる。


「ユーリ、アストライアの用意。それとオペレータを一人頂戴」


【ヘルムヘッダーも居ない骨格艦フラガラッハじゃ、どうしようもないじゃない!】


 後ろでケースを“ドンドン”と叩きながら、アトマがくぐもった声で叫んだ。

 動揺し叫ぶ様は、自我を獲得したばかりのヒューレイというよりも、まるで一人の人間のようであった。


「ヘルムヘッダーは居るよアトマ。六千年、君の中で眠っていた“彼”が」


【六千年寝てただけのが、何の役に立つって言うのよ】


「んふふ。役に立つかは、起こして見てのお楽しみ……かな。出来る限りのことはしたつもり」


 セラエノがコンソールを引き出して入力すると、ゆっくりと六角柱は床に沈み始める。


【――セラエノ、待って!】


「アトマ、まずは惑星レンドラへ向かって。ユードラが助けになってくれると思う――必ず助けに行くから。それまで――頑張ってね」


 セラエノは不敵な笑顔でアトマを見送る。


【セラエノッ!】


 アトマを載せた六角柱の台座は、それきり床へを沈んで消えた。アトマの本体である、骨格艦フラガラッハジルヴァラの格納庫へと送られたのだ。

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