Round.02 セラエノ /Phase.3
「観測光の湾曲を確認! 超級ストラリアクターの
ライゼンの通信からやや遅れて、レーダー分析官が緊迫した声で叫んだ。
「
超級ストラリアクターは、VOID《ヴォイド》にある
それが支えるのは、全長三十kmの
「来ちゃったか……」
茫洋とした表情にやれやれと言った声を織り交ぜて、セラエノは吐息を吐いた。ほとんど溜め息である。
「真後ろ……同一離脱座標ですね。どこの船か確認を」
ユーリが形式通りレーダー分析官に問うと、すぐに返事は帰ってきた。
「不明船のエーテルフラッグ、
掲げられた
フィラディルフィアも
超国家組織の認可の元に掲げられた海賊旗への返事は降伏の白旗か、交戦の赤旗か、二つに一つ。
「クヴァルの
ユーリが視線を送ると、セラエノは先ほどとは打って変わった真剣な表情で、戦術卓を凝視していた。
「
レーダー分析官の報告は続いていた。
「
「照合!
クヴァル超帝国最強の
ざわつくオペレータ達の一方で、戦術卓を囲む三人――或いは二人と一基は、いたって冷静だった。
「せめて、惑星レンドラを巻き込める位置だと助かったんだけどね……」
「ユードラ様を巻き込むつもりだったんですか!?」
「ユーリってそういえば、レンドラ出身だっけ」
【あのクヴァルの海賊さん、ずっと、あたしのこと追っかけてたのかな?】
「回収した
「クヴァル超帝国の最高戦力がなんて暇なことを……」
真面目なユーリも、げんなりとした顔で言った。
相手はクヴァル超帝国の中でも指折りの
何せ相手は“
そして、その船長、
「第一種配備! 取舵一杯! 左舷、
第一種配備を知らせる赤い光が明滅し、安穏としていた航行指揮所が一転、喧騒に包まれた。
「ようそろ! 手の空いた者は、左舷砲座へ!」
「居住区に戦闘警報。非戦闘員はリアクター艦側、救命ボートに移乗急げ!」
セラエノの檄が飛ぶ。平時のノン気な声音も表情も消えて、セラエノの琥珀色をした瞳が、モニターに映る外宇宙船ナインハーケンズに潜むものを睨みつけた。
「ライゼン達戻せる? あと防衛システムの状況」
「敵の展開が早く間に合いそうにありません。
「残りのリソースは
「
「いい。光学視認距離だし、ゆったり撃ち合いにはならないよ。キャニスター弾でばら撒いて牽制を優先。多少削るなり時間を稼げるなりすれば、それでいい。敵
「総員、艦上迎撃戦!」
指示を受けて、管制官はすぐさま職務に戻る。
その隣のレーダー盤は、いよいよ持って絶望的な状況を映し出していた。
「敵船から
レーダー分析官が悲痛な声で叫ぶ。
「ジゼルは金持ちだからね」
戦術図に転写されたデータでは、全長百mほどの小型の反応が十隻。一糸の乱れなく戦闘速度で航行している。
全長三十
モニターの端に映っているのは、米粒ほどの大きさの物体。直接交戦距離にまで接近した敵
それは宇宙の死神が放つ曳光であった。
「――手持ちの
銀河系一円にその生存圏を広げた現在の技術大系を持ってしても、こと格闘戦闘能力において、
数隻で居住可能惑星が買えると言うほどに希少で高価。しかもストラリアクターは一基でも、大型都市のシステムとリソースを一手に賄えるほどである。
その為、主惑星級の
十隻と言う数は、
そしてジゼルの持つ固有
セラエノが罵るのも無理からぬ、フィラディルフィアを襲撃するには大げさな戦力だった。消耗や状況をいとわなければ、シンザ中央星団の惑星とすら交戦可能な戦力。
一方フィラディルフィア側の戦力は
フィラディルフィアも
「三隻が隊列を離れ、ライゼン隊長の資源小惑星に向っています」
「採掘用アンカーユニットを切り離して。ライゼン達はそのまま小惑星で迎撃」
戦術卓では真っ直ぐこちらへ向う光芒から、三つが隊列を離れる動線と、その続きに破線で資源小惑星に向う予測航路が示された。
【ディエスマルティスの時、セラエノに出し抜かれたのが癪に障ったのかな。純戦力差を目一杯使って容赦なしだね】
戦術卓の光点を“ふむふむ”と分析しながらアトマが言った。精神が未熟なヒューレイとはいっても、やはりストラコアだけのことはある。正確な分析だった。
その際、フィラディルフィアが出し抜く形でジルヴァラを回収し、現在に至っていた。
「その点については、ジゼルさんの気持ちは良くわかりますけども」
セラエノに振り回された回数では最も多いであろうユーリが、アトマの状況分析に深い同意を示した。
「わからんでいいです」
戦術卓前で三人が喋くっている間にも、戦況は刻一刻と変化を見せる。
この広い宇宙では指揮を系統立てる手段も乏しく、定数が揃えにくい
そのために出来たのが、ナインハーケンズのような
コロニーと、そして宇宙要塞しての機能を有する
勢力図が銀河一円に広がった世界で、勢力主力規模の艦隊を揃えての宇宙会戦などは、政治的な要因も含めて滅多と起こる事ではなく、そんな中、彼らは日々遭遇戦という最前線に立ち続ける猛者たちだ。
そしてナインハーケンズから見れば、フィラディルフィアは獲物であるジルヴァラを掠め取った憎き相手。
「まったく。そこらで惑星でも襲っていればいいものを――
セラエノが言うが早いか、
「後方のコンテナ艦にアンカーユニット三基被弾!」
エーテルシュラウドの
ナインハーケンズのような
砲弾のように撃ち出された巨大なアンカーユニットの衝撃エネルギーは、地上に撃ち込めば山一つを掘り返せる程の威力だが、フィラディルフィアの全長三十kmに及ぶ巨大な船体の構造を支え、
「敵アンカーユニットの一基が後方中央のコンテナ艦に命中……うぁ……ジルヴァラの格納庫に最短位置! マズイです船長!」
報告するオペレータは焦りの声を隠せない。
アンカーユニットは本来、
資源小惑星のライゼンとユージンを抑えに向った三隻を除き、フィラディルフィアに向って来ているのは七隻。
「
セラエノはそこで言葉を止めて、アトマに向き直った。
【セラエノ!】
セラエノの指示を聞いたアトマが、いつもののんびりとした口調ではなく、珍しいことだが、鋭い声を発した。
「案外そんな声も出せるんだねアトマ。キャラ、ブレてるよ?」
彼我の戦力比が絶望的であることはアトマも理解していたが、何故か、本来戦闘システムであるはずの彼女は“セラエノならなんとかするはず”と思い込んでいたのだ。
自我の成長の証であると同時に、それはアトマにもどかしさを与えていた。
【そうだ、セラエノがジルヴァラで出撃(で)れば……】
「ジルヴァラには“彼”が乗っているでしょ?」
“六千年級
「それに、ジゼルの標的はアトマさん自身ですし――みすみす獲物を、彼女の目の前にぶら下げるのもどうかと」
ユーリが冷静な意見を差し挟んだ。
「まだ生まれたばかりの君には酷かもしれないけど、ここからは自分で考えてオリオンアームを目指すんだ。それが君の“使命”なんでしょ? アトマ」
【そんな……】
躊躇うアトマに、セラエノは快活な笑みを贈ると、へたり込んだその小さな
スイッチを入れると、それはアトマを保護するように、六角柱の上面が透明なケースで閉じられる。
「ユーリ、アストライアの用意。それとオペレータを一人頂戴」
【ヘルムヘッダーも居ない
後ろでケースを“ドンドン”と叩きながら、アトマがくぐもった声で叫んだ。
動揺し叫ぶ様は、自我を獲得したばかりのヒューレイというよりも、まるで一人の人間のようであった。
「ヘルムヘッダーは居るよアトマ。六千年、君の中で眠っていた“彼”が」
【六千年寝てただけのが、何の役に立つって言うのよ】
「んふふ。役に立つかは、起こして見てのお楽しみ……かな。出来る限りのことはしたつもり」
セラエノがコンソールを引き出して入力すると、ゆっくりと六角柱は床に沈み始める。
【――セラエノ、待って!】
「アトマ、まずは惑星レンドラへ向かって。ユードラが助けになってくれると思う――必ず助けに行くから。それまで――頑張ってね」
セラエノは不敵な笑顔でアトマを見送る。
【セラエノッ!】
アトマを載せた六角柱の台座は、それきり床へを沈んで消えた。アトマの本体である、
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