Round.01 カノエ /Phase.3
【コンクレイブモード。ツァーリ恒星系惑星レンドラ。シンザ同盟勢力圏。天候は熱波、砂塵。
計器類の脇で〈アトマ〉がステージのインストを読み上げている。
「そこも全部喋るんだ。結構、音声データ入ってるね」
対戦相手である
ツァーリ星系の惑星レンドラはリューベック星団の地球型惑星。
予定座標が示す、赤い岩山と谷で形成された荒野タイプのフィールドは、特殊地形もなく癖が少ない。
実力差が明確に出やすい、一騎打ちや力比べには人気のフィールドだ。
【惑星レンドラ大気圏内へ進入、広域索敵開始。シートを
――ゴウン――と揺れる演出の後、周囲の映像が下にスライドしていく。
映像が下がり、座席が昇っていく演出。
映像上の
操縦桿や、スイッチ類は筐体に付属する実物。一方、計器類やステータス表示などは映像で表示されていて、まるで本当にロボットのコックピットに座っているような感覚を覚える。
対戦ゲームにも関わらず、フレーバーユーザーにも好評を博しているのは、このアミューズメント的体験の部分も大きい。
「ステージ選択任せたら実力差がモロに出るステージ選ぶし……ほんと、容赦なしにボコりに来るもんなぁ」
そういう
とは言え、スパイクプレイヤーと永く付き合おうと言うのであれば、やはり相応の実力は示さねばならない。
単なるステージのスタート演出なので、飛ばすことは出来るのだが、
【
地面に激突寸前、骨格の表面を蒼い光が縦横に走り、直後に放たれた
砂と土と岩を一切合財巻き上げて、大気圏外からの落下の衝撃を相殺。大地にちょっとしたクレーターを形成。
そうして
鳥の足のようなシ足状のフレームの先端だけが地面に接地し、踵から生える軸運動用のランディングフレームが同様に大地を捉え、船体を支える。
運動性はともかく、直立には不向きな接地面積なのだが、ストラリアクターの制御システム“ストラコア”が姿勢制御と偏向重力でバランスを取り、優雅に立つ。
船体各所を盾や鎧のように守る可動式の
それらを各々骨格フレームで接続し、組み上げた異形の人型船、それが
“人の形を機械に置き換えたデザイン”ではなく、“機械がヒトのように動くデザイン”と言うのがコンセプトとのことで“鎧を纏った骸骨騎士といった風貌に対し、N字型をした四肢構造や長い首が、直立した獣や竜を髣髴とさせ、大地を走る動作などは人型というより肉食獣や恐竜のようと言われる。
必要可動域の大きい肩や股、膝や肘などの関節各所は、N字型をした関節構造で接続されており、N字関節の中央軸が柔軟に可動、捻り回転などを行うことで、間接機能とサスペンション機能を両立している。
通常、全高百
エーテルシュラウドによって
超重力空間の超重圧にも耐えうる
N字関節を可動させて一歩を踏み出すと、関節がサスペンションのように少し沈み、自重による応力や慣性を吸収し、百
「さて……と――“索敵”」
骨格艦そのものの操縦はシートに付属する操縦桿とスイッチ、スロットル類で行うが、一部インターフェースは音声入力にも対応している。
【広域観測を開始します。光学情報解析開始。敵艦影を捕捉。北東十五
先ほど設置したばかりの〈アトマ〉が、機械音声で応じた。
レーダーマップに光点が数秒表れ、そして消える。
しかし、ストラコアの出力が光学画像の解析処理に取られる性質上、戦闘時や、長距離での連続した解析捕捉はできないなどの欠点がある為、ゲーム中では能動的にプレイヤーが索敵を指示する必要があった。
その
「……やっぱり渓谷か」
特に
狭い渓谷内は、長柄の
「待ち伏せする気満々だな……」
ヘヴンズハースは
それは裏を返すと、有利な位置に篭られれば、炙りだす手段が乏しいということ。
特に
つまり通常の
その一回の跳躍で渓谷のやや手前、小高い丘陵の上に着地する。
しかし、遮蔽に篭れば一方的に有利、などと言うゲームでは、移り変わりの激しいアーケードで長くブームメントを作り出せはしない。
「
腰部の両脇へ移動した
機関部を除いても砲身は百
百
そしてヘヴンズハースのオブジェクト描画システムは、岩山を破壊することはおろか、地面を抉ることまでも可能。障害物から敵を炙りだすのではなく、障害物そのものを粉砕するのがヘヴンズハース流であった。
「“索敵”」
出来れば正確に位置を把握した上で撃ち込みたい。地形破壊の余波で体勢を崩すことが出来れば、かなり有利な状態で斬り込める。
不意を撃てれば、
【広域索敵を開始、
「なッ!?」
前方の渓谷地帯に居たはずの、
「
顎に指を当てた無駄に可愛らしいのが逆に小憎たらしいポーズで、
「クソッ!」
「まず一つ」
跳躍して一気に距離を詰めた
ヘヴンズハースには部位判定がある。
その為、大型の武装などは被弾しやすく壊れやすい。
完全に
【
後悔しても仕方ない。
まだ
「まだまだッ!」
【右腕部フレームへ
「遅い遅い!」
すれ違い様に
勢いを殺さず、反動をそのまま推力へ変換。背後から、立て続けの
引き抜かれた
【
「あっぶな……発生の早い
「んふふ、いいねいいね
いいとこのお嬢様だと思っている連中に見せてやりたい。完全に変態の表情である。
「このドスパイクめ」
状況さえ考えなければ中々見られない少女の痴態では有るが、同年代の少女がやっていい表情でもない様な気もする。
が、そんな
再び二人の
「ふふ、それは
完全に出来上がっている
挑む
「顔が完全に痴女になってますよ
「かな。ちょっと濡れてるかも」
「クラウンシェルん中の音声、カウンターの
「
そんな人に聴かせられない会話の合間にも、
攻撃速度で優るはずの、
流れるように機動する
被弾こそ無いものの、絶え間なく撃ち込まれる
「反撃ッ! のッ! 隙をッ! ……しまッ!」
――無理に反撃しようとして生まれた一瞬の隙。
「――でえぃ、ちくしょうッ!」
それにしびれをきらした
距離が開いてしまうと、
「んふふ。すっごい楽しい」
そして、その表情が
まあ、それはいい。
問題は――
「さて、どうやって倒したものか……」
競技性の高いゲームに置いて、実力と言うのは、相手よりも単に強いことを言うのではない。
本質的に拮抗する強さの者同士が競うのが、ゲームの本質であるからだ。
その内で、実力と言うのは“運の要素を廃する能力”である。ゲームの勝敗は詰るところ、敗者のミスによって決する。
操作ミス、コンボミス、アド損、読み負け……“崩し”や“押し付け”と言うプレイングもあるが、拮抗する対戦でそれをすれば必ず勝利に直結するというものは無い。
その為、すべてを読みきれない団体戦ならばともかく、
それは対戦ツールとして高い評価を受けるヘヴンズハースも、例外ではなかった。
根本的に、
セオリーに忠実だったからこそ、短期間で一応は、
「コレだけやっても君は勝つ為に向ってくる。実力差は明白なのに」
「捨てゲーする奴は嫌いって言ったのは、
「いいね。好きよ。そういう君」
完全に蕩けきった声でそんなことを言われて、
その瞬間に攻撃されていたら、成すすべなくやられていただろう。危ない所であった。
「い、いきなり、何言い出すんだか」
「始めは暇つぶしだったんだけどねぇ……」
「ん?」
「でも今は、けっこう……」
「何を――」
「君がさっき仕掛けようとした事だよ」
光学視界が完全に塞がれた。
向こうからもこちらは土煙のエフェクトに紛れて見えないはずだが、
「クソッ! どうする……勝負を仕掛けるならここか? ――ここだな!?」
だが、相手はセオリーだけでは、到底倒せないほどの実力者。
「――やらないで負けるぐらいなら、やって笑われてやるさ!」
「何を企んでようと……」
片腕に持った
N字骨格を限界まで伸ばした右腕の、長い柄の
砂塵、丸ごと輪切りにできる攻撃範囲。
「――逃げ場は無いよ、庚君ッ!」
「高さが合ってたらねッ!」
「うそッ!」
驚愕に見開かれた
地に伏した肉食獣のような構えで、片手八双にぶら下げた
ただ芋虫のように屈んでいるわけではない。折りたたまれた骨格は、獲物を狙う豹のように引き絞られている。その姿勢は
「頚椎か、腰椎フレームか……とにかく闇雲でも、しっかり急所は狙ってくるって“信じてたよ”僕の勝ちだ
策のはまった
*
――で。
「……完全に勝ったと思ったんだけどなぁ。なんなのアレ。ズルくない? あんな装備あったっけ?」
そう言って、
思い出すたびにガックリ来ている。あそこまで
「ズルクナイ、ズルクナイ」
対戦の話をすると、
「――まあ、最期は完全に運だったし、十回やったら、四回ぐらいは私が真っ二つだったと思うよ」
「次やったら、カモる気まんまんだろう
「そだね。あはは」
勝負は結局、
「何時になったら勝てるんだか……」
自動ドアの向こうはもう夕闇も通り越して、夜の帳が下りていた。
遠野ミストの閉店時間にはまだ時間があるが、今日は庚の気力が尽きていた。会心の一撃を失敗してしまったので、当然と言えば当然だ。
それを見越した世良の一言で、今日の二人対戦会はお開きとなった。
「今日はお疲れ様」
「次は勝つ」
完全に負け惜しみだが、言うだけは言う。
「うん、楽しみにしてる」
そう言って
自動ドアが開いて一歩外に出たところで、彼女ははたと足を止める。
「どした?」
「
振り返った世良は、今までのどれよりも真剣な表情をしていた。
「どしたの、急に。捨てゲーはしない主義だけど……」
「何があっても諦めない?」
「なんだかよくわからないけど、がんばります、よ?」
質問の意図を測りかねつつも、雰囲気に飲まれて、当たり障りのないことを答えた。
「ん。よかった……じゃ、頼りにしてるよ、カノエ君」
「お、おう?」
そうして釈然としないまま、
*
「なんか今日……変だったな、
自室のベッドに転がりながら、ヘヴンズハースのトレーラーを何気なく眺めていた。
【同梱の〈アトマ紀行〉は、ヒューレイであるアトマと共に、オリオンアームへと向うエクストラ・ストーリー】
【――オリオンアームには新たな惑星と新たな勢力が待ち受けています】
【――ヘヴンズハースに宿る始祖ブラフマンとの邂逅を果たすため、恒星歴六千年の過去を手繰るアトマの旅が始まる】
タブレットの画面上では、そんなトレーラーが次々と再生されている。
「プレゼントなんて柄にもないことして」
プレゼントと言っても、ヘヴンズハースのデジタルデータであるが。
「――まあ、いいか……」
今回の対戦はいい所まで行ったが“とっておきの思いつき”を失敗した以上、自分でも言った様に同じ手はもう使えない。
基本的な操作と戦術、システム固有の特殊な挙動や、推進による慣性とモーションのキャンセル、斬撃の
それでも、遠野ミスト常連のスパイクプレイヤーには何とか食い下がれるようになって来てはいる。
問題は
異様なまでの勝負強さ、粘り強さ、そして覇気や武威とでもいいたくなるような気迫。とても同い年の女子高生には見えない。
そもそも、ゲーム画面越しに殺気を飛ばせる女子高生がそこらにゴロゴロ居たら、それは怖すぎる話だ。
対戦ゲームのトッププレイヤーというものは、そういうものだ。と、今までは思っていたが、今日の世良を見て、その考えもすこし揺らいでいた。
勝負云々の前に、負けないことへの執念が尋常ではない。
「どういう人生送ってたら、ああなるんだかな……ゲームで死ぬこともないのにさ」
一方で学校での
人気はあるだろうし、思いを寄せている男子もいくらか知っているが、おおっぴらに話題に上がることはほとんどない。
その落差も、
【――さあ、あなたもヒューレイ〈アトマ〉と共にオリオンアームを旅し、ブラフマン探索の旅へと旅立とう!】
何気なく流していたトレーラーが、丁度クライマックスを迎えたようだ。
流暢なあおり文句の後に、スレインズウォーカー社と、クラウンシェル筐体やソフトウェアの技術提供各社のロゴが流れていた。
「……寝よ」
ベッドに横になって考え事をしていたせいか、睡魔は程なく訪れた。
*
その日の眠りは、何時になく深かった。
「“世界”が君ただ一人の夢だったとしたら、どう思う?」
闇の奔流に流されながら、隣に現れた
「なにそれ」
「目覚めた星空の向こう側に、君の見知らぬ“無限の世界”が広がっているとしたら」
「夢の中でも変な奴だな、
ふわりと、世良が遠のいていく。少し悲しそうな表情をしていた。
「……星の海を知ったとしても、君は戦い抜いてくれる?」
漆黒の闇に包まれて、
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