Round.01 カノエ /Phase.3

【コンクレイブモード。ツァーリ恒星系惑星レンドラ。シンザ同盟勢力圏。天候は熱波、砂塵。星間物質エーテル変換率九二%、良好。レンドラ大気圏へ突入、侵入角良好】


 計器類の脇で〈アトマ〉がステージのインストを読み上げている。


「そこも全部喋るんだ。結構、音声データ入ってるね」


 対戦相手である世良セラとの通信は一旦途切れている。誰に言うでもなくカノエはそんな事を呟いた。


 ツァーリ星系の惑星レンドラはリューベック星団の地球型惑星。

 予定座標が示す、赤い岩山と谷で形成された荒野タイプのフィールドは、特殊地形もなく癖が少ない。

 実力差が明確に出やすい、一騎打ちや力比べには人気のフィールドだ。


【惑星レンドラ大気圏内へ進入、広域索敵開始。シートを頭部艦橋クラウンシェルへ移動します】


――ゴウン――と揺れる演出の後、周囲の映像が下にスライドしていく。

 映像が下がり、座席が昇っていく演出。

 胸部居住区ブレストキャビンにあったシートが、骨格艦フラガラッハの頚椎フレームを通過して、頭部艦橋クラウンシェルに移動される。


 胸部居住区ブレストキャビンの映像は下にスライドして消え、上から全周囲モニターに囲まれたコックピットである頭部艦橋クラウンシェルがスライドして、周囲に荒野の惑星の赤い大地を表示した。


 映像上の頭部艦橋クラウンシェルの広さは、乗用車の車内程。


 操縦桿や、スイッチ類は筐体に付属する実物。一方、計器類やステータス表示などは映像で表示されていて、まるで本当にロボットのコックピットに座っているような感覚を覚える。

 対戦ゲームにも関わらず、フレーバーユーザーにも好評を博しているのは、このアミューズメント的体験の部分も大きい。


「ステージ選択任せたら実力差がモロに出るステージ選ぶし……ほんと、容赦なしにボコりに来るもんなぁ」


 そういう世良セラが好きではあるのだが。

 とは言え、スパイクプレイヤーと永く付き合おうと言うのであれば、やはり相応の実力は示さねばならない。


 骨格艦フラガラッハはまだ、空中を落下中。地面が凄い勢いで近づいて来る。

 単なるステージのスタート演出なので、飛ばすことは出来るのだが、カノエは何気なくそれを最後まで見ていた。


偏向重力推進ベクタースラストで制動を掛けます】


 地面に激突寸前、骨格の表面を蒼い光が縦横に走り、直後に放たれた偏向重力推進ベクタースラストが対地攻撃弾並みの轟爆と粉塵を撒き散らして制動。

 砂と土と岩を一切合財巻き上げて、大気圏外からの落下の衝撃を相殺。大地にちょっとしたクレーターを形成。


 そうして骨格艦フラガラッハは、赤い荒野に両の足で着陸した。


 鳥の足のようなシ足状のフレームの先端だけが地面に接地し、踵から生える軸運動用のランディングフレームが同様に大地を捉え、船体を支える。


 運動性はともかく、直立には不向きな接地面積なのだが、ストラリアクターの制御システム“ストラコア”が姿勢制御と偏向重力でバランスを取り、優雅に立つ。


 頭部艦橋クラウンシェル胸部居住区ブレストキャビン臀部動力区画リアクターブロック、それらを繋ぐ脊椎フレームに、N字間接を持つ四肢。

 船体各所を盾や鎧のように守る可動式の外装甲板ブルワーク、そして腰に翼のように生える可動式格納庫アームドシース


 それらを各々骨格フレームで接続し、組み上げた異形の人型船、それが骨格艦フラガラッハだ。


“人の形を機械に置き換えたデザイン”ではなく、“機械がヒトのように動くデザイン”と言うのがコンセプトとのことで“鎧を纏った骸骨騎士といった風貌に対し、N字型をした四肢構造や長い首が、直立した獣や竜を髣髴とさせ、大地を走る動作などは人型というより肉食獣や恐竜のようと言われる。


 必要可動域の大きい肩や股、膝や肘などの関節各所は、N字型をした関節構造で接続されており、N字関節の中央軸が柔軟に可動、捻り回転などを行うことで、間接機能とサスペンション機能を両立している。


 通常、全高百メートル、全装備重量千五百トン超の骨格艦フラガラッハを、細い骨格の可動関節部や細いシ足の足先で支える事は、既知の材料工学では不可能だが、ソレを可能にするのがエーテルシュラウド。


 エーテルシュラウドによって超構造体化ちょうこうぞうたいかした骨格フレームは百メートル級、自重約千五百トン程度の質量であれば難なく吸収し、支えてしまう。

 超重力空間の超重圧にも耐えうる骨格艦フラガラッハならではの構造だ。


 N字関節を可動させて一歩を踏み出すと、関節がサスペンションのように少し沈み、自重による応力や慣性を吸収し、百メートルの巨体が無理なくスムーズに歩行する。


「さて……と――“索敵”」


 骨格艦そのものの操縦はシートに付属する操縦桿とスイッチ、スロットル類で行うが、一部インターフェースは音声入力にも対応している。


【広域観測を開始します。光学情報解析開始。敵艦影を捕捉。北東十五kmキロメートル


 先ほど設置したばかりの〈アトマ〉が、機械音声で応じた。

 レーダーマップに光点が数秒表れ、そして消える。


 骨格艦フラガラッハを覆うエーテルシュラウドは、通常のレーダー波などに対して、隠蔽ステルス能力を有している。その為、外宇宙船スターシップ骨格艦フラガラッハは、光学センサーを用いて集めた映像をストラコアが解析し、索敵する方式を採っていた。


 しかし、ストラコアの出力が光学画像の解析処理に取られる性質上、戦闘時や、長距離での連続した解析捕捉はできないなどの欠点がある為、ゲーム中では能動的にプレイヤーが索敵を指示する必要があった。

 その光学観測探信儀オプティカルサイトが指し示した地形は――


「……やっぱり渓谷か」


 世良セラ剣戟兵装ブレードは、いつも通りなら半刃半柄鉈槍フィフティグレイブ


 連環斬撃ブレードラッシュはモーションが遅く使いづらいが、予備動作を伴う最大斬撃ハイスラッシュ跳躍突撃バレットチャージの威力が高い。

 特に跳躍突撃バレットチャージに対する補正値は群を抜いて高く、闇討ちに向き、撃破も取りやすい事から、癖の強さが一部の人に人気という変わった武器だ。


 狭い渓谷内は、長柄の半刃半柄鉈槍フィフティグレイブにとって不利にも思えるが、世良セラのような上級者に取っては、跳躍突撃バレットチャージの為の足場が立体的に使えると言う利点の方が大きい。


「待ち伏せする気満々だな……」


 ヘヴンズハースは剣戟戦けんげきせんが売りのゲームであると明言されている為、ゲームの仕様も近接戦闘を軸にデザインされている。

 それは裏を返すと、有利な位置に篭られれば、炙りだす手段が乏しいということ。


 特に超構造体ちょうこうぞうたいには重力刃じゅうりょくじん重力子弾じゅうりょくしだん以外が通用しないと言う設定の為、炸薬系が機能しない――

 つまり通常の銃撃戦シューター系ゲームのように、グレネードなどの爆発物を投げ込んで遮蔽から炙りだす、といった動きが出来ない。


 カノエ骨格艦フラガラッハを跳躍させると、足元に数百メートルに及ぶ粉塵のエフェクトを撒き散らし、計器の表示で数kmキロメートルを飛翔した。

 その一回の跳躍で渓谷のやや手前、小高い丘陵の上に着地する。


 しかし、遮蔽に篭れば一方的に有利、などと言うゲームでは、移り変わりの激しいアーケードで長くブームメントを作り出せはしない。


磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャーの“狙撃”は微妙かもしれないけど、“地形破壊”は結構、役に立つんだよ世良セラ……」


 カノエはにやりと笑って、武装スイッチから磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャーをコール。

 腰部の両脇へ移動した可動式格納庫アームドシースが開き、両腕が双方から砲身部と機関部を引き出すと、その二つを接続し、全長にして百五十メートルあまりの超大型砲を構えた。


 機関部を除いても砲身は百メートル超。比較として、海上戦艦全盛期の主砲が最大級のもので二十メートル超である。

 百メートルを超える超大型砲で磁気加速された重力子弾じゅうりょくしだんを放てば、地形を変えることすら造作もない。


 そしてヘヴンズハースのオブジェクト描画システムは、岩山を破壊することはおろか、地面を抉ることまでも可能。障害物から敵を炙りだすのではなく、障害物そのものを粉砕するのがヘヴンズハース流であった。


「“索敵”」


 出来れば正確に位置を把握した上で撃ち込みたい。地形破壊の余波で体勢を崩すことが出来れば、かなり有利な状態で斬り込める。


 骨格挙動マニューバにも寄るが、モーション速度はこちらの鍛錬鋼刃ハバキリの方が速い。

 不意を撃てれば、跳躍突撃バレットチャージ最大斬撃ハイスラッシュの予備動作は間に合わず、一方的に攻撃できるはず。というのがカノエの算段だ。


【広域索敵を開始、敵骨格艦フラガラッハ、捕捉。南西、二kmキロメートル


「なッ!?」


 前方の渓谷地帯に居たはずの、世良セラ骨格艦フラガラッハが、背後、それも極至近距離に反応した。


制圧戦コンクエストなら、君の作戦は超助かるけど……ガン見されてる一対一ワン・オン・ワン撃破戦コンクレイブに、取り回しの悪い磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャー持って来るのは……どうかと思うよ?」


 顎に指を当てた無駄に可愛らしいのが逆に小憎たらしいポーズで、世良セラが通信を送ってくる。


「クソッ!」


「まず一つ」


 跳躍して一気に距離を詰めた世良セラ骨格艦フラガラッハの手にした半刃半柄鉈槍フィフティグレイブが、斬り抜けるように振るわれると、カノエ骨格艦フラガラッハが両手に持った磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャーの砲身が両断された。


 ヘヴンズハースには部位判定がある。


 その為、大型の武装などは被弾しやすく壊れやすい。磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャーなどは可動式格納庫アームドシースの装備スロットを二つ分も消費する為、予備の武装が圧迫される。


 完全にカノエのセッティングミスであった。


磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャー――損耗(ロスト)】


 後悔しても仕方ない。

 まだ磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャーを破壊されただけで、骨格艦フラガラッハのフレームは無傷ノーダメージ外装甲板ブルワークにもダメージは入っていない。


「まだまだッ!」


 カノエが三番の装備スイッチを押し込むと可動式格納庫アームドシースが再び開き、鍛錬鋼刃ハバキリの柄が覗く。


【右腕部フレームへ鍛錬鋼刃ハバキリを装備します】


「遅い遅い!」


 すれ違い様に磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャーを叩き切った世良セラ骨格艦フラガラッハは、骨格フレームを折りたたみ、沈み込ませて着地。

 勢いを殺さず、反動をそのまま推力へ変換。背後から、立て続けの跳躍突撃バレットチャージカノエ骨格艦フラガラッハに襲い掛かった。


 引き抜かれた鍛錬鋼刃ハバキリが、騎乗槍の如く突き出された四角い半刃半柄鉈槍フィフティグレイブの刃先を反らし、互いの重力刃じゅうりょくじんが紫電を上げながら滑り、受け流された。


鍛錬鋼刃ハバキリ――重力刃じゅうりょくじん減衰28%。リロードします】


「あっぶな……発生の早い鍛錬鋼刃ハバキリじゃなかったら喰らってた?」


「んふふ、いいねいいねカノエ君……さっきのは結構本気でトドメ刺しに行ったんだけどな」


 世良セラの表情は恍惚として、甘い吐息を吐くように言った。刺激に蕩けた表情を浮かべながら、艶やかな殺気を纏う。


 いいとこのお嬢様だと思っている連中に見せてやりたい。完全に変態の表情である。


「このドスパイクめ」


 状況さえ考えなければ中々見られない少女の痴態では有るが、同年代の少女がやっていい表情でもない様な気もする。


 が、そんな世良セラに見とれる隙も逃さず、彼女の半刃半柄鉈槍フィフティグレイブは抜け目無く襲ってきた。

 再び二人の重力刃じゅうりょくじんが交わり、鈍い金属音のようなSEサウンドエフェクトと共に、星間物質エーテルが弾け、紫電が刃を走り、蒼い閃光が宙を舞う。


「ふふ、それはカノエ君もでしょう?」


 完全に出来上がっている世良セラの声は弾んでいた。強い相手と見るとこうなるらしい。

 挑むカノエとしては喜ばしいことなのだが、喜んでいる暇など一瞬もなく、世良セラ骨格艦フラガラッハが放つ必殺の斬撃が絶え間なく襲ってくる。


「顔が完全に痴女になってますよ世良セラさん?」


「かな。ちょっと濡れてるかも」


「クラウンシェルん中の音声、カウンターの朱音アカネさんに拾われてっからね?」


朱音アカネさん、今のオフレコでよろしく」


 そんな人に聴かせられない会話の合間にも、連環斬撃ブレードラッシュが飛んでくる。

 攻撃速度で優るはずの、鍛錬鋼刃ハバキリを使っているカノエの方が押されていた。


 流れるように機動する世良セラ骨格艦フラガラッハは、斬り返す隙を潰し、攻撃を繋げる。

 カノエは、気迫に押され、押し付けられ、延々と受け流し続ける状況が続いていた。


 被弾こそ無いものの、絶え間なく撃ち込まれる半刃半柄鉈槍フィフティグレイブの斬撃に、鍛錬鋼刃ハバキリ重力刃じゅうりょくじんがじりじりと削り取られていく。


「反撃ッ! のッ! 隙をッ! ……しまッ!」


――無理に反撃しようとして生まれた一瞬の隙。世良セラが見逃すはずもなく、左碗部の可動式外装甲板ブルワークが弾け飛んだ。


「――でえぃ、ちくしょうッ!」


 それにしびれをきらしたカノエは、肩の大型外装甲板ブルワークを使ってショルダータックルのような体当たりをかけ、半ば強引に距離を取る。


 距離が開いてしまうと、跳躍突撃バレットチャージや、予備動作の必要な最大斬撃ハイスラッシュを狙われるが、延々と世良セラの絶え間ない攻撃を受け流し続けても、好き放題削られるだけだ。


「んふふ。すっごい楽しい」


 世良セラは笑った。一体、どこをそう拗らせれば、女子高生がここまで凶暴な表情が作れるようになるのか。

 そして、その表情がカノエの心を鷲掴みにしていた。同年代の女子には作りえない、艶やかで満ち足りた貌が。


 まあ、それはいい。

 問題は――


「さて、どうやって倒したものか……」


 競技性の高いゲームに置いて、実力と言うのは、相手よりも単に強いことを言うのではない。

 本質的に拮抗する強さの者同士が競うのが、ゲームの本質であるからだ。


 その内で、実力と言うのは“運の要素を廃する能力”である。ゲームの勝敗は詰るところ、敗者のミスによって決する。


 操作ミス、コンボミス、アド損、読み負け……“崩し”や“押し付け”と言うプレイングもあるが、拮抗する対戦でそれをすれば必ず勝利に直結するというものは無い。

 その為、すべてを読みきれない団体戦ならばともかく、一対一ワン・オン・ワンというものは、競技性が高くなれば高くなるほど、ミスを廃する実力差は覆り難くなる。

 それは対戦ツールとして高い評価を受けるヘヴンズハースも、例外ではなかった。


 骨格挙動マニューバを自分で詳細に設定でき、自由に組み合わせられる骨格艦フラガラッハは、上級者ともなると動きの無駄をとことん無くすことが出来る。

 根本的に、骨格艦フラガラッハ剣戟兵装ブレード性能パラメータは変えられないが、骨格フレームの動きを細かく制御し、ゲーム的には入力を受け付けない硬直状態であっても、移動慣性や応力伝導を駆使しての回避、果ては動体慣性だけで攻撃を行う者すら居るほどだ。


 世良セラは既にその境地だが、カノエはまだ基本や定番に頼った戦い方をしている。自由自在の域には到底及んでいない。

 セオリーに忠実だったからこそ、短期間で一応は、世良セラと戦える強さを身につけたが、セオリーに頼る故に容易に動きも読まれ、勝てないでいた。


「コレだけやっても君は勝つ為に向ってくる。実力差は明白なのに」


「捨てゲーする奴は嫌いって言ったのは、世良セラじゃないか……まあ、勝てなくても仕方ないとか、そういう初めから諦めてるのは、僕も嫌いなんだけどさ」


 重力刃じゅうりょくじんがじりじりと回復し、まもなく最大になる。消費量から考えて、タイミングは殆ど同じ。


「いいね。好きよ。そういう君」


 完全に蕩けきった声でそんなことを言われて、カノエは緊張の中で心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受ける。

 その瞬間に攻撃されていたら、成すすべなくやられていただろう。危ない所であった。


「い、いきなり、何言い出すんだか」


「始めは暇つぶしだったんだけどねぇ……」


「ん?」


「でも今は、けっこう……」


 世良セラ骨格艦フラガラッハが、半刃半柄鉈槍フィフティグレイブの丁度中央部、刃と柄の境目を持ち、くるりと半回転。重力刃じゅうりょくじん側を地に向ける。


「何を――」


「君がさっき仕掛けようとした事だよ」


 半刃半柄鉈槍フィフティグレイブの四角い切っ先が砲弾並みの速度で地面に撃ち込まれ、地を抉る轟音と共に、粉塵のエフェクトが爆発のように広がる。

 光学視界が完全に塞がれた。


 向こうからもこちらは土煙のエフェクトに紛れて見えないはずだが、世良セラのことだ、多少位置を変えた程度では当ててくる。そういう確信があった。


「クソッ! どうする……勝負を仕掛けるならここか? ――ここだな!?」


 カノエは前もって対世良セラ用に用意していた骨格挙動マニューバを入力。対戦ゲームに置いて、奇策の九割は愚行。それはカノエも知っている。


 だが、相手はセオリーだけでは、到底倒せないほどの実力者。


「――やらないで負けるぐらいなら、やって笑われてやるさ!」


「何を企んでようと……」


 世良セラの言葉に、砂塵が裂けた。


 片腕に持った半刃半柄鉈槍フィフティグレイブを、竜巻のように振り回し、旋回跳躍しながらの旋回斬りストームエッジ


 N字骨格を限界まで伸ばした右腕の、長い柄の半刃半柄鉈槍フィフティグレイブが作る重力刃じゅうりょくじんによる竜巻の半径は、刃先まで約百五十メートル

 砂塵、丸ごと輪切りにできる攻撃範囲。


「――逃げ場は無いよ、庚君ッ!」


「高さが合ってたらねッ!」


 鉈槍グレイブが宙を裂き、重力刃じゅうりょくじんの旋風が“砂塵のみ”を切り裂いた。


 旋回斬りストームエッジの勢いで世良セラ骨格艦フラガラッハが、そのまま空中をたっぷり三回転半トリプルアクセルの後、左腕部を地についた格好で着地。シ足状のフレームが地面に爪を立て、食い込みながらも勢いを抑えきれず、地に爪あとを残して滑った。


「うそッ!」


 驚愕に見開かれた世良セラの目に入ったのは、姿勢を落とし……と言うよりも、完全に地に伏したカノエ骨格艦フラガラッハの姿だった。


 地に伏した肉食獣のような構えで、片手八双にぶら下げた鍛錬鋼刃ハバキリの刃を返す。


 ただ芋虫のように屈んでいるわけではない。折りたたまれた骨格は、獲物を狙う豹のように引き絞られている。その姿勢は跳躍突撃バレットチャージの予備動作。


「頚椎か、腰椎フレームか……とにかく闇雲でも、しっかり急所は狙ってくるって“信じてたよ”僕の勝ちだ世良セラ――!」


 策のはまったカノエは、柄にも無く大げさな勝利宣言をしながら、鍛錬鋼刃ハバキリを閃かせた。


      *


――で。


「……完全に勝ったと思ったんだけどなぁ。なんなのアレ。ズルくない? あんな装備あったっけ?」


 そう言って、カノエはガックリと肩を落とした。

 思い出すたびにガックリ来ている。あそこまで世良セラを追い込んで置きながら。そのショックは計り知れない。


「ズルクナイ、ズルクナイ」


 対戦の話をすると、世良セラはさっきから完全に棒読みである。


「――まあ、最期は完全に運だったし、十回やったら、四回ぐらいは私が真っ二つだったと思うよ」


「次やったら、カモる気まんまんだろう世良セラ……」


「そだね。あはは」


 勝負は結局、世良セラの“奥の手”によって、渾身の一撃をカウンターされたカノエの負けで決着が付いた。


「何時になったら勝てるんだか……」


 自動ドアの向こうはもう夕闇も通り越して、夜の帳が下りていた。


 遠野ミストの閉店時間にはまだ時間があるが、今日は庚の気力が尽きていた。会心の一撃を失敗してしまったので、当然と言えば当然だ。

 それを見越した世良の一言で、今日の二人対戦会はお開きとなった。


「今日はお疲れ様」


「次は勝つ」


 完全に負け惜しみだが、言うだけは言う。


「うん、楽しみにしてる」


 そう言って世良セラは微笑んだが、後ろに居たカノエからその表情は見えない。それはゲーム中の表情からは、想像が付かないほど柔らかいものだった。

 自動ドアが開いて一歩外に出たところで、彼女ははたと足を止める。


「どした?」


カノエ君……君は、負けず嫌いだよね?」


 振り返った世良は、今までのどれよりも真剣な表情をしていた。


「どしたの、急に。捨てゲーはしない主義だけど……」


「何があっても諦めない?」


「なんだかよくわからないけど、がんばります、よ?」


 質問の意図を測りかねつつも、雰囲気に飲まれて、当たり障りのないことを答えた。


「ん。よかった……じゃ、頼りにしてるよ、カノエ君」


「お、おう?」


 そうして釈然としないまま、カノエ世良セラと別れ、帰路に付いた。


      *


「なんか今日……変だったな、世良セラ……いや変なのはいつも通りだけど」


 自室のベッドに転がりながら、ヘヴンズハースのトレーラーを何気なく眺めていた。


【同梱の〈アトマ紀行〉は、ヒューレイであるアトマと共に、オリオンアームへと向うエクストラ・ストーリー】


【――オリオンアームには新たな惑星と新たな勢力が待ち受けています】


【――ヘヴンズハースに宿る始祖ブラフマンとの邂逅を果たすため、恒星歴六千年の過去を手繰るアトマの旅が始まる】


 タブレットの画面上では、そんなトレーラーが次々と再生されている。


「プレゼントなんて柄にもないことして」


 プレゼントと言っても、ヘヴンズハースのデジタルデータであるが。


「――まあ、いいか……」


 今回の対戦はいい所まで行ったが“とっておきの思いつき”を失敗した以上、自分でも言った様に同じ手はもう使えない。

 世良セラを倒す方法を、改めて模索する必要があった。


 基本的な操作と戦術、システム固有の特殊な挙動や、推進による慣性とモーションのキャンセル、斬撃の連続性コンボ等々、基本的なところはカノエも一通り習熟しているが、それは一般プレイヤーのレベルだ。

 それでも、遠野ミスト常連のスパイクプレイヤーには何とか食い下がれるようになって来てはいる。


 問題は世良セラそのものだった。

 異様なまでの勝負強さ、粘り強さ、そして覇気や武威とでもいいたくなるような気迫。とても同い年の女子高生には見えない。

 そもそも、ゲーム画面越しに殺気を飛ばせる女子高生がそこらにゴロゴロ居たら、それは怖すぎる話だ。


 対戦ゲームのトッププレイヤーというものは、そういうものだ。と、今までは思っていたが、今日の世良を見て、その考えもすこし揺らいでいた。

 勝負云々の前に、負けないことへの執念が尋常ではない。


「どういう人生送ってたら、ああなるんだかな……ゲームで死ぬこともないのにさ」


 一方で学校での世良セラは、その性格や見目に反して、さほど目立たない。

 人気はあるだろうし、思いを寄せている男子もいくらか知っているが、おおっぴらに話題に上がることはほとんどない。

 その落差も、カノエの想像力をかきたてた。


【――さあ、あなたもヒューレイ〈アトマ〉と共にオリオンアームを旅し、ブラフマン探索の旅へと旅立とう!】


 何気なく流していたトレーラーが、丁度クライマックスを迎えたようだ。

 流暢なあおり文句の後に、スレインズウォーカー社と、クラウンシェル筐体やソフトウェアの技術提供各社のロゴが流れていた。


「……寝よ」


 ベッドに横になって考え事をしていたせいか、睡魔は程なく訪れた。


      *


 その日の眠りは、何時になく深かった。


「“世界”が君ただ一人の夢だったとしたら、どう思う?」


 闇の奔流に流されながら、隣に現れた世良セラが、そんなことを言った。


「なにそれ」


「目覚めた星空の向こう側に、君の見知らぬ“無限の世界”が広がっているとしたら」


「夢の中でも変な奴だな、世良セラは」


 ふわりと、世良が遠のいていく。少し悲しそうな表情をしていた。


「……星の海を知ったとしても、君は戦い抜いてくれる?」


 漆黒の闇に包まれて、世良セラの姿はそれきり見えなくなった。

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