Round.01 カノエ /Phase.2
「今日は二人揃って、いらっしゃーい。ひゅーひゅー」
アミューズメントセンター“ミストランド遠野店”の自動ドアをくぐり、クラウンシェル筐体のある中央エリアに足を運ぶと、ソレを目ざとく見つけたインストラクターの
「
「いーのいーの、
店長さんには残念なことに、当人に反省する様子は無いようだ。
「あれ? 今日、
「ああ、なんか用事あるって帰りました」
聞かれて、
「あらら。今日は珍しくユージン君達も来ていないし、誰にも邪魔されずにイチャイチャ対戦出来るわね」
「
やり手のプレイヤーらしく、普段ミストランドに来ると超然とした立ち振る舞いをしているが、
「じゃあ、
「お、男前だね。カッコいいね」
いい機会なので話に乗ってみると、
「もう、君まで……いいよ、じゃあ今日は手加減抜きでボコボコにしてあげる。
すぐさまスパイクプレイヤーの顔になった
それは
「いいねぇ、青春だねぇ。おっけー、お二人様、フリー対戦モードでご案内~」
それを見ていた
「あ、お荷物預かるよー」
「おねがい
カウンターで何かの操作をしながら
店内のど真ん中である。
「うおいッ!?」
思わず、
「ん? なに?」
「ちょ――」
止める間もなく、あっという間に下着姿――というわけもなく。中にはノースリーブのシャツと、ホットパンツを穿いていた。
制服は綺麗に畳んでカウンターに置くと、カバンから取り出した藍緑色のパーカーを羽織、いつもの“遠野ミストの
「こんなとこで着替えるか、普通」
実際、何人かの客が何事かとこちらを注視しているが、
「制服で筐体乗ったら、スカート傷んじゃうからね」
パーカーのポケットに手を突っ込んだいつものポーズで、
*
「七番と八番空いてるから、乗っちゃって」
ミストランド遠野店の中央、クラウンシェル筐体は、柵で囲われた吹き抜けスペースに置かれていた。
クラウンと呼ばれる円柱型の三六〇度ディスプレイが十六基、二メートルほどの高さに円環状に並んでいる。
その内、七番と八番、十五番と十六番の座席が下に下りて待機状態。そこに、
そのまま待っていると、
「頑張ってね、
安全バーを下ろしてロックしながら、
クラウンシェル筐体は、ゲームの自機である
元々は専用のヘルメットを装着する案もあったそうだが、ジェットコースターのように、安全バーと座席のクッションで頭部を囲い保持することで手間を廃していた。
「セッティングタイムは何分にする?」
「あ、トレードしたいから、五分フルで」
時間の掛かる
「オッケー、それじゃ上げるよ」
インストラクター用のコンソールの前に移動した
声は筐体のスピーカーから流れて来る。
ほどなく、鈍い音と共に、座席がせり上がり始めた。
上る玉座と降り来る王冠。クラウンシェルの名の由来だ。
固定装置のロックとサスから油圧の音が鳴ると、王冠に飲まれた玉座は闇に包まれた。
密閉型筐体特有の科学薬品とオイル、それと電子部品。それらが混ざり合った臭い。すぐに換気が利いて不快感はない。
闇の中で座席のランプが一つ、二つと点灯していく。
――ヴン――とディスプレイに通電した音が走ると、黒い壁面に映像が浮かぶ。
【オペレーティングシステム・ヘヴンズハース起動】と言うシステム音声と共に、ヘヴンズハースのタイトルがディスプレイに描かれた。
オープニング演出や題字をゲーム内の世界観に同化させて没入感を高める演出だが、
*
アーケードゲーム・ヘヴンズハースの世界は遥か未来。恒星歴となって六千年の時代。
西暦の末期、太陽系のほぼ全てに生活圏を広げていた人類の次なる目標は恒星間旅行。
太陽系外宇宙への進出。それは異相空間
当初、通常物質では突入しただけで崩壊してしまう、超重力空間である
しかしそれは、太陽の
ストラリアクターが生み出すエーテルシュラウドで全長三十
俗に言えば“ワープ”であった。
恒星間航法を手にした人類は、瞬く間に外宇宙開拓時代へと駒を進める。
そして、惑星の重力圏内に下ろすことの出来ない全長三十kmの外宇宙船に代わり、小型化したストラリアクターを用いて惑星探査用に建造されたのがゲームの主役、
しかしそれは、外宇宙開拓時代に辿り着いた人類の闘争を、あろうことか、全長百
超重力空間すらも航行し、エーテルシュラウドによる
それがアーケードゲーム・ヘヴンズハースの世界である。
――と言うのが、ヘヴンズハースの世界設定のインスト。
しかし、
そしてリソースこと、エーテルシュラウドの操る
ゲームはまず、この
全高百
もちろんプレイヤーは実際に座席から降りて歩き回れるはずも無く、部屋は画面上に映し出される映像でしかないが、ここでセッティングや招待、メッセージのやり取り、アイテムのトレードなどが行われる。
クラウンシェル筐体の脇に設置されている専用端末や個人用タブレットで、
「乙女か、君は」
と評した。
一方、その
「何を笑ってるんだ君は」
タイミングが良いのか悪いのか、
画面右にウィンドウが開いて、眉をひそめた
「ああ、ごめん。思い出し笑い」
「何を思い出したんだか。あ、トレードいい?」
つられてか、顔が綻んだのを少し気にして、横へ視線を流しながら
「トレード?」
返事をするまもなく、プレゼントボックスマークのアイコンが――ピコン――と可愛らしい音を立てて飛び出た。
「今日、君、誕生日じゃないかい?」
――そう、だっただろうか。
考える間もなく、反射的にプレゼントボックスに指でタッチする。
この時間は、さっき
だから見知らぬ他人でもない限り、知り合いからのプレゼントボックスは直ぐに開くのが慣習だ。
ボックスを開くと【インテリア/〈アトマ〉を入手しました】のシステムメッセージ。
「あれ、これ……」
「初めはアクセサリでも贈ろうと思って、買い物行ったんだけど、小物のセンスって君の方が良いしさ……」
「だからゲームのアクセサリって、駄洒落?」
「そこで笑わないと笑うとこ無いよ?」
「……本音をどうぞ」
「プレゼント考えるのが、だんだん面倒に……」
言いながら、
「正直でよろしい。もうちょっと女子力とか、そういうの、捻り出そう?」
少しは可愛いところもあるのではと思ったが、
「女子力でゲームに勝てるなら、幾らでも捻り出せそうなんだけど」
やっぱり
「うーんこの、どこまでもスパイク脳……とにかく、でも――ありがとう。見送るつもりだったから結構嬉しい。さっそく取り付けてみるよ」
この辺りは店の筐体を共有してプレイするが故の、アーケードゲーマーの規範だ。
インテリアウィンドウを開き、先ほどプレゼントボックスから出てきた〈アトマ〉のアイコンを、コックピットのインテリアスロットにドラッグする。
――ガション――と言う
「やっぱり私に似て、可愛いね」
「その妙な自信はどこからでてくるんだ」
そう言ったものの、よく見れば、やはり
【御用でしょうかヘルムヘッダー】
視線を認識したのか、〈アトマ〉が
「声まで似てんの」
「似てる? あーあー、“御用でしょうかヘルムヘッダー”」
言うと、
「あー、はいはい。ソウデスネ――折角だから戦闘ナビのコールも〈アトマ〉に変更してと……準備いいよ」
遊んでいる
「つれないなぁ――まあそんじゃ、行きますか」
その綺麗な目を開いた時には、再びスパイクプレイヤーの顔になった。
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