Round.01 カノエ /Phase.2

「今日は二人揃って、いらっしゃーい。ひゅーひゅー」


 アミューズメントセンター“ミストランド遠野店”の自動ドアをくぐり、クラウンシェル筐体のある中央エリアに足を運ぶと、ソレを目ざとく見つけたインストラクターの白百合朱音シラユリ アカネが、随分と古臭い冷やかしのフレーズと共に手を振った。


朱音アカネさん、またそんな愉快な接客してると、店長に怒られますよ?」


 世良セラがやれやれと言った風に肩を竦めて、朱音アカネを咎めた。


 世良セラ朱音アカネはヘヴンズハース稼動当時からの知り合いだそうで、よく応対のマニュアルを無視して喋っては、店長から怒られているそうだ。


「いーのいーの、世良セラちゃんはお得意様だしね。女の子のお客さんは少ないし、大事にしないと」


 店長さんには残念なことに、当人に反省する様子は無いようだ。

 カノエの知る限り、持ち前の溌剌はつらつとした明るさと、型破りでは有るが丁寧な接客のお陰か、彼女はインストラクターの中でも一際目立つ人気者だった。


「あれ? 今日、皆倉ミナクラ君は?」


「ああ、なんか用事あるって帰りました」


 聞かれて、世良セラの後ろからカノエが答える。


「あらら。今日は珍しくユージン君達も来ていないし、誰にも邪魔されずにイチャイチャ対戦出来るわね」


 朱音アカネが悪い顔をして口元に手を当てた。


朱音アカネさん!」


 世良セラの慌てる姿は珍しい。

 やり手のプレイヤーらしく、普段ミストランドに来ると超然とした立ち振る舞いをしているが、朱音アカネの前では歳相応の女の子だった。


「じゃあ、世良セラとフリー対戦モードお願いします。今日こそ勝ちます」


「お、男前だね。カッコいいね」


 いい機会なので話に乗ってみると、朱音アカネはにんまりと笑って親指を立てた。


「もう、君まで……いいよ、じゃあ今日は手加減抜きでボコボコにしてあげる。朱音アカネさんお願い」


 すぐさまスパイクプレイヤーの顔になった世良セラが、不敵な笑みを見せる。

 それはカノエの好きな世良セラの表情だった。


「いいねぇ、青春だねぇ。おっけー、お二人様、フリー対戦モードでご案内~」


 それを見ていた朱音アカネは、何故か嬉しそうな顔でターンをしながら、セッティングの為にカウンターへ向う。


「あ、お荷物預かるよー」


「おねがい朱音アカネさん」


 カウンターで何かの操作をしながら朱音アカネがそんなことを言うと、横でおもむろに世良セラが制服を脱ぎだした。


 店内のど真ん中である。


「うおいッ!?」


 思わず、カノエの口から変な声が出た。


「ん? なに?」


 世良セラはそんなカノエの動揺もどこ吹く風で、そのままスカートのホックも外し、するすると脱いでしまう。


「ちょ――」


 止める間もなく、あっという間に下着姿――というわけもなく。中にはノースリーブのシャツと、ホットパンツを穿いていた。

 制服は綺麗に畳んでカウンターに置くと、カバンから取り出した藍緑色のパーカーを羽織、いつもの“遠野ミストのSERAセラ”に早変り。


 カノエも、パーカー姿は見慣れていたが、まさかカウンターのまん前で着替えているとは思わなかった。


「こんなとこで着替えるか、普通」


 実際、何人かの客が何事かとこちらを注視しているが、世良セラは意に介した様子もない。


「制服で筐体乗ったら、スカート傷んじゃうからね」


 パーカーのポケットに手を突っ込んだいつものポーズで、世良セラは事も無げに言ったが、カノエの咎めたい所はそこではなかった。


      *


「七番と八番空いてるから、乗っちゃって」


 ミストランド遠野店の中央、クラウンシェル筐体は、柵で囲われた吹き抜けスペースに置かれていた。


 クラウンと呼ばれる円柱型の三六〇度ディスプレイが十六基、二メートルほどの高さに円環状に並んでいる。

 その内、七番と八番、十五番と十六番の座席が下に下りて待機状態。そこに、世良セラが七番、カノエが八番へ座り、プレイヤーのIDプレートをスロットに差し込む。


 そのまま待っていると、朱音アカネがハーネスを締めにやってきた。


「頑張ってね、カノエ君。期待してるよ」


 安全バーを下ろしてロックしながら、朱音アカネはそう言って意味ありげに目配せする。


 クラウンシェル筐体は、ゲームの自機である骨格艦フラガラッハの挙動による振動をかなり激しく再現するうえに、筐体が二メートルの高さにある為、プレイヤーはアーム型の安全バーと、クロスハーネスで、ガッチリと体を固定される設計。


 元々は専用のヘルメットを装着する案もあったそうだが、ジェットコースターのように、安全バーと座席のクッションで頭部を囲い保持することで手間を廃していた。


「セッティングタイムは何分にする?」


 朱音アカネが、今度は世良セラの側へ来て、安全バーで体を固定しながら言った。


「あ、トレードしたいから、五分フルで」


 世良セラは掌を開いて、五を示す。セッティングタイムはプレイ前の準備時間。

 時間の掛かる外装甲板ブルワーク剣戟兵装ブレードの装備変更、セットする骨格挙動マニューバの調整などは、通常、外部端末にIDプレートを差し込んで行うが、ステージ構成や対戦内容に併せてゲーム内でも簡単なセッティング変更を行えるよう、セッティングタイムが区切られている。


「オッケー、それじゃ上げるよ」


 インストラクター用のコンソールの前に移動した朱音アカネが、マイクを使って声を掛けた。

 声は筐体のスピーカーから流れて来る。

 ほどなく、鈍い音と共に、座席がせり上がり始めた。


 上る玉座と降り来る王冠。クラウンシェルの名の由来だ。

 固定装置のロックとサスから油圧の音が鳴ると、王冠に飲まれた玉座は闇に包まれた。

 密閉型筐体特有の科学薬品とオイル、それと電子部品。それらが混ざり合った臭い。すぐに換気が利いて不快感はない。


 闇の中で座席のランプが一つ、二つと点灯していく。

――ヴン――とディスプレイに通電した音が走ると、黒い壁面に映像が浮かぶ。

【オペレーティングシステム・ヘヴンズハース起動】と言うシステム音声と共に、ヘヴンズハースのタイトルがディスプレイに描かれた。


 オープニング演出や題字をゲーム内の世界観に同化させて没入感を高める演出だが、カノエはこの演出が好きだった。


      *


 アーケードゲーム・ヘヴンズハースの世界は遥か未来。恒星歴となって六千年の時代。


 西暦の末期、太陽系のほぼ全てに生活圏を広げていた人類の次なる目標は恒星間旅行。

 太陽系外宇宙への進出。それは異相空間VOIDヴォイドの発見から、現実味を帯びる。

 当初、通常物質では突入しただけで崩壊してしまう、超重力空間であるVOIDヴォイドへの侵入は不可能とされていた。


 しかしそれは、太陽の極天座標宙域ゼニスポイントで起こった高次精神生命体オーバーマインドブラフマンとの邂逅。そして、一〇八のストラリアクターの現出によって解決を見る。


 ストラリアクターが生み出すエーテルシュラウドで全長三十kmキロメートル外宇宙船スターシップを覆い、超構造体化ちょうこうぞうたいかすることでVIODヴォイドへの侵入が可能となり、転移航路が確立――人類初の物理法則を無視した恒星間航法。所謂、F.T.L.ちょうこうそく航法。

 俗に言えば“ワープ”であった。


 恒星間航法を手にした人類は、瞬く間に外宇宙開拓時代へと駒を進める。


 そして、惑星の重力圏内に下ろすことの出来ない全長三十kmの外宇宙船に代わり、小型化したストラリアクターを用いて惑星探査用に建造されたのがゲームの主役、骨格艦フラガラッハだ。


 永久機関ストラリアクターを搭載し、星の重力の加護エーテルシュラウドを纏い、大気圏への突入はもちろん、超重力惑星からでさえ単独離脱可能な惑星探査船“骨格艦フラガラッハ”が、外宇宙船の艦載戦力主力へ据えられるようになるのに、そう時間は掛からなかった。


 しかしそれは、外宇宙開拓時代に辿り着いた人類の闘争を、あろうことか、全長百メートルの白兵戦にまで後退させる。


 超重力空間すらも航行し、エーテルシュラウドによる偏向重力へんこうじゅうりょく操作で超構造体ちょうこうぞうたいと化した無敵の骨格フレームと、全てを切り裂く超重力の刃“重力刃じゅうりょくじん”を纏った重力騎士“骨格艦フラガラッハ”の剣戟戦。

 それがアーケードゲーム・ヘヴンズハースの世界である。


――と言うのが、ヘヴンズハースの世界設定のインスト。


 しかし、世良セラのような対戦主体のスパイクプレイヤーに言わせれば、要は自機のシールドやライフ、エネルギー等のリソース管理の理由付けと、宇宙でロボットがチャンバラをするための、ゲーム的なご都合設定だと、散々な言い草である。


 そしてリソースこと、エーテルシュラウドの操る偏向重力へんこうじゅうりょくで駆動し、戦うロボットが、プレイヤーの自機であるところの“骨格艦フラガラッハ”であった。


 ゲームはまず、この骨格艦フラガラッハ胸部居住区ブレストキャビンから始まる。


 全高百メートル骨格艦フラガラッハだが、胸部居住区ブレストキャビンは前後で全長二十メートル弱。縦幅も十メートル強で、その内部に作られた居住空間と言うと、海洋クルーザーの室内程度の広さ。


 もちろんプレイヤーは実際に座席から降りて歩き回れるはずも無く、部屋は画面上に映し出される映像でしかないが、ここでセッティングや招待、メッセージのやり取り、アイテムのトレードなどが行われる。


 カノエ胸部居住区ブレストキャビンには、本棚やテレビ、ソファ、寝具に到るまで。課金で買ったものから、イベント報酬から、様々な家具がキチンとレイアウトされて並んでいた。


 クラウンシェル筐体の脇に設置されている専用端末や個人用タブレットで、胸部居住区ブレストキャビン内を弄ることが出来るのだが、以前、その操作を後ろから見ていた世良セラは、神妙な顔をして、


「乙女か、君は」


 と評した。


 一方、その世良セラ胸部居住区ブレストキャビンが、手に入れたイベント報酬やトロフィーを乱雑に並べているだけと言う有様だったのを思い出して、クスリと笑いが漏れた。


「何を笑ってるんだ君は」


 タイミングが良いのか悪いのか、世良セラが通信を繋いだらしい。

 画面右にウィンドウが開いて、眉をひそめた世良セラの顔が映し出された。


「ああ、ごめん。思い出し笑い」


「何を思い出したんだか。あ、トレードいい?」


 つられてか、顔が綻んだのを少し気にして、横へ視線を流しながら世良セラは言った。


「トレード?」


 返事をするまもなく、プレゼントボックスマークのアイコンが――ピコン――と可愛らしい音を立てて飛び出た。


「今日、君、誕生日じゃないかい?」


――そう、だっただろうか。


 考える間もなく、反射的にプレゼントボックスに指でタッチする。

 この時間は、さっき朱音アカネさんに最大で取って貰ったとは言え、五分しかない。

 だから見知らぬ他人でもない限り、知り合いからのプレゼントボックスは直ぐに開くのが慣習だ。


 ボックスを開くと【インテリア/〈アトマ〉を入手しました】のシステムメッセージ。


「あれ、これ……」


「初めはアクセサリでも贈ろうと思って、買い物行ったんだけど、小物のセンスって君の方が良いしさ……」


「だからゲームのアクセサリって、駄洒落?」


「そこで笑わないと笑うとこ無いよ?」


「……本音をどうぞ」


「プレゼント考えるのが、だんだん面倒に……」


 言いながら、世良セラは露骨に目をそらす。


「正直でよろしい。もうちょっと女子力とか、そういうの、捻り出そう?」


 少しは可愛いところもあるのではと思ったが、


「女子力でゲームに勝てるなら、幾らでも捻り出せそうなんだけど」


 やっぱり世良セラはただのスパイクプレイヤーだった。


「うーんこの、どこまでもスパイク脳……とにかく、でも――ありがとう。見送るつもりだったから結構嬉しい。さっそく取り付けてみるよ」


 世良セラと雑談をしているのも楽しいが、今は筐体の中、しかも待機モード中なのでサクサクと作業を進める。

 この辺りは店の筐体を共有してプレイするが故の、アーケードゲーマーの規範だ。


 インテリアウィンドウを開き、先ほどプレゼントボックスから出てきた〈アトマ〉のアイコンを、コックピットのインテリアスロットにドラッグする。

――ガション――と言うSEサウンドエフェクトと共に計器類の映像が、電磁パルスが走ったようなデジタル演出と共に切り替わり、そこに小さな菫色の髪と翠玉色の瞳をした妖精と、彼女用の座席が現れた。


「やっぱり私に似て、可愛いね」


「その妙な自信はどこからでてくるんだ」


 そう言ったものの、よく見れば、やはり世良セラに似ているように感じる。


【御用でしょうかヘルムヘッダー】


 視線を認識したのか、〈アトマ〉が世良セラに良く似た声質の機械音声を発した。


「声まで似てんの」


「似てる? あーあー、“御用でしょうかヘルムヘッダー”」


 言うと、世良セラが大仰に物まねをした。


「あー、はいはい。ソウデスネ――折角だから戦闘ナビのコールも〈アトマ〉に変更してと……準備いいよ」


 遊んでいる世良セラを尻目に、必要な設定を終わらせる。


「つれないなぁ――まあそんじゃ、行きますか」


 カノエの準備が済んだのを確認すると、世良セラは目を閉じて、指と首を軽くストレッチ。

 その綺麗な目を開いた時には、再びスパイクプレイヤーの顔になった。

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