The SterShipCruiserS

中村雨

西暦二〇XX年

カノエの章

Round.01 カノエ /Phase.1

 放課後、三雲庚ミクモ カノエは小型のタブレット端末を取り出して、いつものようにヘヴンズハースの公式サイトをチェックする。


「それ、佐原サハラちゃんと“遠野ミスト”でいつもやってるやつか?」


 その様子を見ていた後ろの席の皆倉ミナクラが、タブレット端末を覗き込んで言った。


「そう、ソレ。今日バージョンアップみたい」


 リリースは一年前、カノエが遊び始めたのが半年前。

 普通、最新鋭のアーケードゲームでも、一年もすると人気に陰りが見えてくるが、筐体が大型でインストラクターまで居るせいか、通常筐体のゲームコーナーに比べても独特の熱量の高さがあった。


「プレイ料金が高いんだよなぁ。クラウンシェル……とか言ったっけか? ミストの真ん中に置いてある、あのでっけえ筐体」


 よく聞く“敬遠理由”を皆倉は口にした。耳にタコが出来そうなほど聞いた話だが、実際その通りで、プレイ料金だけで通常筐体の三倍は掛かるし、自機や武装、アクセサリの追加販売などもある。


「ワンゲーム長いから、皆倉ミナクラの好きな音ゲーほどコイン食わないって」


 苦笑しながら言い返した。

 ヘヴンズハース一筋のカノエと違い、皆倉ミナクラは雑食な方で、特に得意なジャンルは、音楽に合わせて流れてくるポインタを叩くリズムゲーム。いわゆる音ゲー。


 カノエに触発されてヘヴンズハースも一度プレイしていたが、「あわんな」の一言で一蹴。

 なので、一緒にアミューズメントセンター“ミストランド遠野店”に通うが、遊ぶゲームは別、と言う仲だ。


「そういうもんか。あ、そうだ俺、今日用事あって先帰っから」


「あれ? 今日はミスト行かないの? 珍しいね」


「バージョンアップとかって、お前は寄ってくんだろ? 佐原サハラちゃんによろしくな」


「ん? うん」


 時計を見ながら生返事をしていると、皆倉ミナクラはそそくさと荷物を纏め、さっさと帰ってしまった。


 カノエはそれを見送って居たが、再びタブレット端末に視線を落とす。

 皆倉ミナクラが以前「毎日一回はプレイしないと腕が落ちる」と豪語していたことが頭を過ったが、これといって気に留めることもなかった。

そういう日もあるのだろう、“所詮はゲーム”だ。


 放課後、もう教室にはカノエしか残っていなかった。


      *


 ヘヴンズハースはスレインズウォーカー社が提供するアーケードゲームである。


 内容は密閉型筐体クラウンシェルと、アミューズメントセンター同士を繋ぐ専用回線を使った“多人数対戦型SFメカアクション”。


 元々はメック系の射撃戦ゲームシューターを主な対象とした、様々なタイトルを展開する予定のプラットフォーム型筐体だったが、立ち上げタイトルローンチのヘヴンズハースが想定以上の人気を博したことと、後続タイトルの開発が難航していることもあって、事実上の専用筐体となっているらしい。


 プレイヤーはロボット――直立時、全高百メートルに達する人型戦闘宇宙艦“骨格艦フラガラッハ”を操り、未開の恒星系を開拓したり、商船を襲ったり、或いは骨格艦フラガラッハ同士の決闘に明け暮れる、宇宙船の船長にして巨大人型ロボットの操縦者“ヘルムヘッダー”として戦う。


 サイトトップには惑星の荒野に砂塵を巻き上げ、剣戟兵装ブレードを構え、今まさに激突しようとする骨格艦フラガラッハの姿が映し出されていた。


 だが、その上にオーバーレイする形で表示されているのは、ゲームの主役であるところの骨格艦ではない。


“第十七期バージョンアップ・新規追加インテリア”と銘打たれてピックアップされている画像は、弾性のある質感と金属的な光沢をした材質のテクスチャ・マップで彩られたボディスーツを纏う、妖精の姿であった。


 長く豊かで、鮮やかな菫色の髪にエメラルドの瞳。そして、やや無機質な表情。

 特徴的なのはその腰の辺りから生えた羽で、丁度、骨格艦フラガラッハ可動式格納庫アームドシースと同じ位置関係だ。

 膨らんだ膝丈スカートは、大腿部の大型外装甲板ブルワークを模したもののように見える。

 骨格艦フラガラッハのシルエットに似て見えるのは、デザイナーの意図だろうか。


「インターフェースユニット〈アトマ〉。コックピット用アクセサリ。クラウンシェル関係のインテリアは久しぶりだね」


 密閉型筐体クラウンシェルは、その名の通り二メートルほど上方、王冠のように設置された周囲三六〇度モニターの“クラウン”に、操作レバーやボタン、スイッチ類の付いた座席を迫り上げて、下部から差し込む形をしている。


 搭乗と保全の為のインストラクターが付き、その大掛かりな構造から、アーケードゲーム掲示板の専用スレッドなどでは「アケ筐体と言うよりアトラクション施設じゃねえか、ネズミの国に帰れ」などという冗談が踊り、冗談には「マジかよスレイン最低だな」と返すのがお約束となっていた。


 そのスレインは、提供会社であるスレインズウォーカー社のことではなく、プレイチケットや追加アクセサリの各種有料アイテム販売画面を担当しているインフォメーションキャラクター“闇商人スレイン”のこと。


 大掛かりなクラウンシェル筐体のランニングコストを考えると、追加アイテムの料金設定は“業界的には”かなりの良心的な価格設定ではあるらしいのだが、ユーザー側はそんなことなど知った話ではなく、このメーカーの社名を冠した闇商人のおっさんは、事あるごとに最低野郎扱いをされているのであった。


 そう言うわけで、新規追加された〈アトマ〉と言うインターフェースユニットも、闇商人スレインが販売する有料インテリアの一つだ。

 陣笠を被り、デジタルゴーグルで顔を半分覆ったスレインが案内する広告ページをスクロールすると、商品説明が現れる。


 索敵や戦闘ダメージなどのインフォメーションメッセージを、従来の機械音声の変わりに、この〈アトマ〉が喋ると言うインテリアらしい。


「ああ、女の子って言っても、ボブルヘッド人形よりちょっと大きいサイズか。左前方の計器類オブジェクトとの差し替えパーツ……」


 カノエは本来、対戦内容と結果を至上の楽しみとする“スパイクプレイヤー”ではなく、遠い未来の宇宙で、巨大ロボットのパイロット気分を存分に楽しみたい“フレーバーユーザー”だ。


 ヘヴンズハースを提供しているスレインズウォーカー社の方針では、ゲームに対して真摯なスパイクプレイヤーと、クラウンシェル筐体が与える体験を愛するフレーバーユーザーの二種類のユーザーを想定しており、そのどちらのユーザーにも快適なサービスを提供するとしている。


 その為か、ゲームに影響する骨格艦フラガラッハの強化パーツや武装の追加と、この〈アトマ〉のような内装インテリアや、骨格感フラガラッハ外装エクステリアが交互に販売される。


〈アトマ〉の種族欄には“ヒューレイ”という聞きなれない種族名が記載されていた。

 ヘヴンズハースの世界には、人類は自然種ノイエ不老種アルヴなど、幾つかの種族が存在するが、これらは基本的に太陽系人類ソラスから派生したものだ。


 異様に小さな体に、骨格艦フラガラッハの骨格フレーム内で、油圧や伝達物質代わりに利用される流動金属フロウメタルを、素材としたボディスーツを纏っていることや、戦闘ナビ用のアクセサリであることから考えても、骨格艦フラガラッハの制御システム・ストラコア由来のキャラクターのようだ。


「――追加エピソード“ヒューレイ紀行”も同梱。これはストーリーミッションかな」


 ストラリアクターの中枢システムにして、高次精神生命体オーバーマインドブラフマンの眷属であるストラコアは、ヘヴンズハースの世界観にも深く関る要素だ。


 追加エピソードの注釈にも、六千年前、骨格艦フラガラッハ外宇宙船スターシップが誕生した切っ掛けである高次精神生命体オーバーマインドブラフマンの、背景ストーリーを垣間見ることが出来る、とある。


「――……うーん」


 しかし、そんなフレーバーユーザー向きのエッセンスにすら、カノエが今一つ煮え切らないのは、〈アトマ〉のデザインやパッケージ内容が琴線に触れなかったわけではなく、問題は単純に財布事情であった。


「――先月、世良セラに言われて鍛錬鋼刃ハバキリ買っちゃったしね……」


 原因は先月買った、骨格艦フラガラッハの主武装である剣戟兵装ブレード


 鍛錬鋼刃ハバキリはブレードのバージョンアップ、メレー・タイプⅢで新規追加された、日本刀型の強化ブレード。

 平均的なパラメータを持つ片手半破砕剣バスタードよりも、数フレーム速い骨格挙動マニューバが売りの新武装。


 同バージョンアップで導入された一連の多人数強襲型クエストレイドミッションのレア報酬の一つであるが、対戦ゲームの側面が強いこのゲームでは抜け道として、闇商人のスレインから、ゲーム内通貨のクレジットではなく現金で直接買い付けることができる。


 柄の造りはSF的で、鍔と柄と刃のそれらが一体化しており、お世辞にも日本刀には見えないし、刃紋を備えた反身の片刃は、中ほどで折れたように“ズレ”ており、ここがスライドして長い刀身を可動式格納庫アームドシースに収納する様になっている。


 細身の艦上曲刀カットラスと言えなくもないが、刃渡りはこちらの方が長く、両手持ちの斬撃パターンも豊富。重力刃を発生させると刃部全体を覆う従来型と違い、片刃だけが強く発光するのが特徴的だ。


 腰背部にアームで接続された可動式格納庫アームドシースを、刀の鞘のように腰の脇に移動させ、収納された状態から居合い斬りのように斬り抜く、美しい専用の骨格挙動マニューバが売り。


 移動慣性を乗せるほど威力が増す特性と“攻撃時間辺りの威力比率DPS”が非常に優秀ということで世良に薦められ、近接戦闘の練習の為に買ってしまったのだが、安い買い物ではなかった。


 結果、プレイ料金のことを考えると、今月は無駄遣い出来ない状態だった。


「ま、今週のセールはスルーかな」


 販売期間は3day――三日しかないから、そうして、カノエは〈アトマ〉のことはきっぱりと購入を諦めたのだった。


      *


「あ、〈アトマ〉じゃん。買うの?」


 公式サイトを閉じかけた所で、唐突に背後から声が掛かった。

 いつのまにか背後に立っていたのは、綺麗な黒髪と栗色の瞳をした少女。


 校内で美人コンテストでも開催すれば、上位間違いなしの美少女を一瞥するが、カノエは別段、驚いた様子もなく、


「なんだ、世良セラか」


 と返した。

 隣のクラスの佐原世良サハラ セラ

 二年に上がったばかりの頃、遠野ミストランドで会った時、同級生とは思わずに“さん”付けして、敬語で話してしまい、「隣のクラスだよ。面白いね、君」と随分笑われて、それ以来の付き合いだ。


 クラスの男子たちは、このお嬢様然とした世良セラにちょっとした憧れを抱いているが、残念ながらこのお嬢様モドキは、近所のアミューズメントセンター“ミストランド遠野店”にたむろするスパイク勢の中でも、全国大会出場経験もある生え抜きのスパイクプレイヤー。


 知っているのはカノエだけ……と言いたいところだが、世良セラが重度のゲーマーなのは、近しい人間には割と有名な話だ。


 それでも夢を見たい層が、一定数居るらしいけども。


「珍しいね。学校で話しかけて来るなんて」


 そんな周囲を知ってか知らずか、いままで世良セラは、人目のある校内でカノエに話し掛けてきたことはなかった。丁度今、教室に二人きりだからだろうか。


――逢魔ヶ時。


 そんな言葉が浮かぶ、夕闇迫る赤い時間。

 夕日を浴びて、すこし色素の薄い栗色の瞳が黄金色に輝いて見える。カノエは内心、ドキリとしていた。

 のだが――


「で、買うの?」


 外見やイメージとは裏腹に雰囲気もへったくれもなく、スパイクプレイヤーらしい、端的なザックバランとした喋りで世良セラは改めて聞いてきた。


「いや、買わない」


「あらなんで? かわいいじゃん。あたしに似て」


 自分を指差し、そんなことを言う。

 確かに世良セラの黒髪と栗色の瞳を、菫色の髪と翠色の瞳にすれば、容姿も似ているように思ったりもしたのだが、それはあえて口には出さなかった。


 大体、普通ゲームのキャラクターなどと言うものは、美化して表現してあるものだ。それを堂々と「自分に似ている」と言える胆力は、さすがと言う他無い。


 彼女はガチガチのスパイクプレイヤーだから、フレーバーなどには見向きもしないと思って居たので、カノエは返事に困っていた。


「だいたい、世良セラの薦めで鍛錬鋼刃ハバキリ買ったから、お金がないんだって」


 お陰で彼女と絡むためにスパイク勢に片足を突っ込み、駅前にあるミストランド遠野店のスパイクプレイヤー達に揉まれる日々が続いている。


 ヘヴンズハースの剣戟兵装ブレードスレッドでは、強武器として、定期的に弱体処理ナーフしろと書き込まれるほど高い評価を受ける鍛錬鋼刃ハバキリは、本来カジュアルなフレーバーユーザーであるカノエの頼りの一振りだった。


「メレ3の時に薦めたやつ? ちゃんと使って練習してるんだってね。こないだ“ポン刀一本でとつるの止めさせないか?”ってユージンがブーたれてた。あはは」


 そういって世良セラは快活に笑う。


「やっぱりだろ? 磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャーの射撃で援護してた時の方が、なんぼか役に立ってたんじゃないかい?」


 世良セラが楽しそうで何よりだが、影で囁かれていた批評を聞かされたカノエは、心中穏やかではない。


 以前、主に使っていたのは磁気加速式重力子弾射出器ガウスランチャーと言う長距離砲で、それを用いた砲撃手。

 可動式格納庫アームドシースのスロットを二つ使い、砲身と機関部を連結させて構えるのが特徴で、ヘヴンズハースでは補助的な扱いの射撃武器には珍しく、破格の高火力を持つ、珍しい遠距離兵装だ。


「アレは飛び道具にしては撃破も取れるいい装備だけどさ……ダメだよ。近接をしっかりマスターしてからだね。援護って言っても、ただキル取るだけの“芋”じゃ、頭数が減る分、前衛の負担が重くなる。ユージンだって分かってるハズだけどねぇ……」


“芋”と言うのは、銃撃戦シューター系のゲームで、後方で延々と“芋虫”のように伏せている狙撃手の姿を指す蔑称。


 骨格艦フラガラッハのデフォルトの骨格挙動マニューバに伏せ姿勢というのは無いが、安全な後方から高火力を投射するのは、活躍しているように錯覚しやすい。

 実際は、前線を担当する者の、負担が増える事の方が多いと言うのが世良セラ以下、スパイクプレイヤーの弁。

 特にヘヴンズハースは、近接攻撃での剣戟戦エンゲージに重きが置かれており、数での不利は、銃撃戦シュータータイプのゲームよりも格段に重い。


鍛錬鋼刃ハバキリ使い始めてから、毎試合撃破されまくってるんだよね。“猪”もダメだと思うんだけど……」


 やたらと突出し、攻撃を仕掛けたがる嗜好は、これも“猪”と言って別の蔑称がある。

 攻撃を優先するあまり全体の防衛線に負担を掛けやすく、主に復活チケットリスポーン制の対戦モードで、チーム共有の復活チケットを無為に消費する行為として嫌われる。


 結局この手の蔑称は、意思疎通の失敗と敗北による愚痴の類なのだが、他人と協力、連携するべきゲームである以上、軽視もしにくい。それで陰口を叩かれて居たのであれば、尚のこと気になるものだ。


 だけど世良セラは、そんなカノエの心配もどこ吹く風。


「お陰で前線フロントラインは上げれてるし。最近は前で戦ってられる時間も伸びてるんでしょ? 君は臆病だから、援護出来ないところまで“遠征”やらかして、無駄に死んでることはまず無いからね。んふふ」


 そう言うと、彼女は楽しそうに笑うのだった。


 馬鹿にされているように聞こえなくもないが、よく考えてみれば、褒められているようにも感じる。

 彼女を倒せる実力を身に付けて、ハッキリと認められるようになりたい。それが目下のカノエのモチベーションであった。


「あれ? そういえば今日、音ゲーマー君は?」


皆倉ミナクラ? ああ、先に帰ったよ」


「あら珍しい……ふーん――まあ、じゃ……行こっか?」


“どこへ”とは聞き返したりしない。

 二人で行く先はミストランド遠野店。世良セラとの接点はヘヴンズハースだけだった。

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