梅雨戦線

天が大地に布告した

雷の号砲

降伏の余地も挿し挟まず

襲いきたる無差別掃射

雲に隠れて狙いを定め

五月雨を放つ狙撃手達

大地は泥の飛沫を散らし

疵口に銃弾を呑み込んだ

破裂し拉げた雨粒は

銃創から溢れる血潮の如く

流れ出す侭に辺りを浸す


緑黄に熟した梅の実は

大地を庇って泣いていた

ぱたた、と銃弾が降りかかり

弾けた雫が乱れ散る

色めく頬を伝って落ちた

華奢な光のその欠片を諸共に

撃ち抜く天を無心に見射る

眼差しだけが祈りとばかりに

庇った筈の大地に涙を滴らせ

やはり、一面の泥濘みの上で

梅の実は静かに泣いていた


日が暮れゆけども

雨の帳は上がらない

銃撃戦とは名ばかりに

果てなく続く耐久戦

見渡す限りの惨状にさえ

天は容赦をしなかった

抱え込んだ鬱屈を晴らすべく

精も根も尽きるまで

反撃の術を持たない大地が

深い夜雨に溺れていても

銃声を鳴りやませる情はない


やがて、夜が明ける頃

季節外れの薄ら氷のような

水面硝子をしとしとと叩く音

疲れも果てた天の子らは

朝靄に慰められながら投降した

天は攻囲を解いて雲は退き

陽光が優しく大地を見舞う

青息吐息で横たわる

満身創痍のその身もきっと

明日にはすっかり疵口を

塞いでいるに違いない


休戦の報せを携えて

梅の実の眦を払う風一陣

最後に頬を転がり落ち

はたりと大地に身を投げた雫

此方彼方を揺らした風の

通り道には青時雨

未だ終戦は遠くとも

束の間ながらこの日の空は

心曇らぬ五月晴れを描いていた


被害者、零

梅雨戦線異常無シ

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