天の剣、あるいは最強の証

 ヤマトは島国である。その成立は二千年弱前になる。また国際的に強い存在になったのはここ百年くらいであろう。彼らを支えるのは、技術であり、それに寄っていく発展国の存在である。植民地という存在を当初から否定し、必要な技術を与え、また一から開拓を行うという地道な努力から確固たる利権を手に入れている。

 その酔狂な開拓を行い、ヤマトの技術力を喧伝するのは、ヴェルジェ財団。竜文明学者として名声高い成実総一なるみそういちを会長とする営利組織である。

 彼は独自の文化を育ててきた南大陸を発見し、崩壊の少ない竜文明遺跡を発掘した。これにより、竜文明の衰退の理由が数多く分かった。ただ南大陸は来訪した移民に対して大いに政治混乱し、紛争が勃発した。財団がやってきたせいで、大陸から精霊と魔法が消えたと言う者もいる。それはある種、真実であった。

 財団はこの反省点を踏まえ、開拓が進まない元中華大陸の開拓団を支援することで摩擦が起きないよう配慮していくことにした。

 それにより開拓村から市街へと発展した西京市。結果、政治にはノータッチであるものの経済を支えており、また市の防衛戦力として私兵を貸与している。

 天剣組が防衛のみならず市内の治安維持まで手を出し、それを開拓総督府が黙認したことで、自治組織としての西京市役所の反発を少なからず招くことになる。

 ともかく、財団の私兵でありながら西京市を守護する天剣組。銃や戦車などの兵器が跋扈する現代において、近接戦闘を得意とする組織集団となっている。彼らは銃弾や砲弾を容易に切り裂き、一個の戦術破壊者として戦場を蹂躙してしまう存在だ。

 天剣組という名は、ヤマトの歴史上に存在した同じく剣客組織から取っている。現在の天剣組の団長は獅堂来人。彼は過去の天剣組に所属した侍の子孫で、その組織名を名乗っている。

 過去の天剣組はヤマトを治めていた王魔家の最後の将軍にして王魔皇家最初の皇に支援され、ヴェルジェ財団の祖もそれに組していたという。彼らは、魔大陸からの魔人族の侵攻により制圧された東京を解放するために戦った。解放だけに止まらず、敗走した魔人族と融和することにも成功した。

 以後、王魔家は皇家を名乗り、ヤマトを再統一した。歴史の教科書に載る、明治維新という出来事である。

 大戦を終えた天剣組は解散され、それぞれ要職に着かず、市井の生活や剣術道場を始めたりしていった。しかし中でも獅堂家は、剣術道場を始めて鳴かず飛ばずの貧乏道場に成り下がっていた。獅堂来人という希代の剣士を生み出さなければ、歴史どころか記憶からも忘れられてしまうところであったろう。

 現代に再結成された天剣組は過去に劣るどころか、より強力に編成されている。西方のセレスティア連邦の危機を救った”双撃”の異名を取る英雄、美神フェリオや、竜殺しを為す現代最強の傭兵と名高い御村是音などを擁している。団長の獅堂来人は傭兵界隈では無名だが、ヤマト国内では公安や警察がマークする殺人剣の使い手である。

 彼らは大陸で防衛部隊としてスタートし、防衛目標の増加から人を集めるに至った。これが第二次天剣組の結成理由だった。今ではその数を膨れさせ、西京市に近々開業する大陸鉄道の警備にも出張るという。

 大陸鉄道は、無法かつ不毛の地であった大陸と西方、また北方の大帝国ウィーガル国境まで伸ばす横断または縦断の陸路である。その敷設はもちろんヴェルジェ財団が行った。空路という点と点でしか結ばれなかった輸送路を線で結ぶことにより、大陸に育まれている小国をより成長させるというのが大きな目的である。

 無論、この事業はヴェルジェ財団をより強力にする。大陸における輸送を一手に引き受けることがどのようなマージンとなるかは想像に難くない。

 だから、大陸の開拓利権を掠め取りたい外国企業としては大陸鉄道事業を疎ましく感じていた。現在、天剣組とその外国企業の傭兵や工作員によるいたちごっこが西京市において、少なくとも裏社会では話題になっていた。



「以上が天剣組の詳細になるな」

 いつもの屋敷、いつもの庭のベンチで金髪の男、エルレーンは長い語りを終える。隣で話をおとなしく聞いていた徹は欠伸を出す。聞いていなかったわけではない。長すぎて退屈になっただけだ。

「で?」

 聞いたところで何が変わるわけでもない。両腕に包帯を巻くタンクトップの少年の幼さが残る顔つきの青年は煽るように聞き返す。

「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。己を十分知った今なら、敵を知る塩梅ではないか?」

 金髪の道化は笑顔で言う。道化というか怪しい魔法使いという見た目だが。

 ヤマトくんだりまで行って終わらせた任務の後、かなり時間がたった。徹にとってあの任務の意図は知りえるものではなかった。興味がなかったとも言える。

 ヤマト国民の戸籍情報。それを元に道化…エルレーンはとある種類の人間たちをリストアップした。そのリストは、過去とある組織と関わり利益を得た者達を並べただけのものである。

 とある組織とは世界統一機構。セレスティア連邦の裏で暗躍し、過去の大戦で戦争誘導を行ったとされる秘密結社である。

 セレスティアでの戦争はヤマトとは直接関係ないものの、貿易関連で利益を上げている。ヤマトは死の商人だと罵声を上げる者も、西方では少なくない。

 ともかく、リストアップされた者達は大物から末端まであって、今では資産家という者もいた。魔術ネットワークにおいては魔女狩りの様相であったが、粛正や糾弾は現実として行われなかった。それとは別件に近い形で、大物が粛々と逮捕され、後に国家反逆罪を適用される流れとなった。

 徹は話半分に聞いたこの話で、皇室公安室の成果を聞いた。現在公安室を率いているのは鳳忍軍二代目頭領だ。徹によって末端が排除されたとしても、組織として何も問題なく今回の事後処理を終えただろうと思う。

 一方で、不正に利益を得た者達の一件で、大陸への注目度が上がっていた。彼らはヴェルジェ財団の大陸経済掌握を穿つ形で不正を行っていたためだ。その結果は、今の西京市を見てもビクともしなかったのは明白である。それ故に、大陸鉄道開通間近の報道はより印象的に宣伝されるようになった。

 それは同時に、この先、鉄道警備をも請け負う天剣組が改めて注目を集めることとなった。

「何を知ろうって言うんだ」

 徹は市内で暗殺者として顔を知られている。とっくに市内では手配され、目撃情報を天剣組の治安維持班、通称サロンが募っている。以前、撤退を余儀無くされた槍使いのいる班である。徹にとっては天敵であり、トラウマに近い相手である。情報を集めるどころか近づきたくもない。

「天剣組がなぜ市外の外れに拠点を構えるのか。治安維持のアーク=バルケル以外にどのような構成員がいるのか。最近、第三期新人を迎え入れたところだ。本部の警戒度は今のところ薄いぞ。」

 天剣組の本部は、なぜか西京市の外れにある。移動や輸送手段を独自に持つためとも聞く。

 徹はそこに単独で行くという発想を持っていなかった。天剣組に恐怖心を植えつけられていたのだから無理もない。

「お前に言われて行くのが御免だ」

 その時は脊髄反射的に拒否する。無論、恐怖心がある。天剣組という未知の化け物に対して、己の技はほぼ通用しないと思っていたからだ。

 だが、エルレーンの言う通り、恐怖を抱いたままではこの先問題がある。逃げの一手で行くにせよ、相手の行動予測なしに逃げるのは悪手であるからだ。最低限の情報を得ないとこの先天剣組の格下相手でも足元を掬われる可能性がある。その方がよほど致命的である。

 徹はエルレーンの言われるままに行動するのが嫌で、即行動はせず、数日たってふらりと屋敷から姿を消した。何も言わず、誰かに言付けせず。そのせいで別の問題が起こる。

「テツくんが家出です!」

「ちょっと、エル!」

 動揺した屋敷のメイドのエウロサ。家出という前提で思考を巡らせたメイドを指揮するルシカが下した結論は旦那が余計なことをしたという疑いを向ける。

「なんでぇ!?」

 実際その通りなのだが、エルレーンは悲鳴を上げて無罪を主張するのだった。



 天剣組の本部は前述の通り、西京市の外れにある。周囲は大陸ではよくあるまっさらな荒野。敷地面積は村くらいの規模である。申し訳程度の外壁で囲われた中に、建物がいくつかと駐車場や航空機発着場がある。

 財団の私兵とはいえ、そこは要塞などではなく、キャンプと言った印象だ。入り口に検問所はあるが無人で、驚くほどセキュリティ意識は薄い。

 徹は容易に敷地内に侵入し、忍者的脚力で中央の建物へ駆け上る。その建物の屋根からは、ちょうどいいことに天剣組の専用機という飛行機が到着しているのが見えた。

 ヴェルジェ財団で試作したというたった一機だけの輸送機だという。特に希少な感じはしないが。

 荷物を搬出しているらしく、コンテナが数個動いているのが見える。また側には大小2人の女性。小柄な少女と長身の女性である。どちらもきらびやかな金髪をしていた。さすがに遠いし、輸送機の機械音のために会話の声は聞こえない。

 徹には知る由もないが、少女に見える小柄な方が天剣組第一部隊の隊長だ。長身の方は副長である。

 声も聞こえない前方をいつまでも見ていても仕方ない。徹は天剣組の隊長、獅堂来人がいるだろう場所に見当を付けて動き始めた。


                 *****


 小柄な金髪の女性、第一部隊隊長のアナシタシアはタブレットのチェックリストに作業的にチェックを繰り返す。最後にサインをして、事務員に渡す。

 天剣組第一部隊は天剣組にいながら、傭兵として世界を回る外回り部隊である。ほとんどは太平洋を超えた東にある魔大陸が任地だが、今回はセレスティア連邦の南方へ短期間だけ出向いていた。

 アナスタシア=キーツワイナーはヴェルジェ財団の護衛兵の娘である。養女ではあるが、実の娘として育ち、今は父の仕事と似たようなことをしている。しかも、すでに既婚でもある。旦那は『双撃』の異名を持つセレスティア連邦の生ける英雄、そして第二部隊の隊長、美神フェリオ。世界の中ではそうそういない最強夫婦であろう。

「労いの言葉を言いに来たり、挨拶ぐらいあってもいいものを」

 と、彼女が愚痴るのは、帰還に際して団長が一度たりとも姿を見せないことだ。彼女にとって獅堂来人は高校の時の同級生だ。とある事件以降疎遠であったが、彼の活躍自体はよく話に聞いた。

 本来なら疎遠になった時点で気にしなくなるものだが、彼を気にする理由はあった。それはアナスタシアも来人も精霊であるからだ。

 彼女は闇を司る。彼は光を司る。相反する属性だが、精霊事情というのは奇妙だ。彼女は底抜けに明るいのがいいところで、闇などいくらも感じさせない。闇があるのは来人の方だと思っている。

 だからこそ気になる部分もあるのだが、当の来人からは避けられているのが現状だ。

「お疲れ様」

 と、労いの言葉を掛けてくるのは隊内の偉さでは同列であるものの年齢的にはおじいちゃんと子どもぐらいある男性、御村是音、通称ゼラードだ。

 大男と言って差し支えない長身とがっしりとした体格。当世最強唯一の『竜殺し』だ。ヴェルジェ財団に所属する傭兵としては大先輩に当たる。

「彼なら声を掛けたが」

「はあ」

「抱きついてキスしそうだから止めておく、と言っていた」

「は?嘘乙」

 セクハラ全開の言葉に彼女は即座に言ってのけた。ゼラードが冗談や虚言を吐いたという意味ではない。来人ができもしないことを言ったことに対する反応だ。

 彼女の知る獅堂来人は、彼女に対して後ろめたいことがあるナイーブな人物だ。その気持ちは純粋で、軽い気持ちで不埒な真似をすることはないと知っている。

 そんな反応をすると知っていて、また、ゼラードが歯に衣を着せずそのまま伝言をすることも分かっていて、そのような発言をしている。嫌われるためであり、以降も避けるための口実にするつもりだろう。団長と第一部隊長の仲が悪いという噂が流れているのを知らぬわけでもない。

「どうせ団長室でダラダラしてるんでしょ?

ちょっと言ってくる」

「健闘を祈る」

 荷物の搬入を見守る持ち場を離れ、彼女は事務棟の団長室に向かう。はるかに年上のゼラードだが、彼女は物怖じしない。普通は敬語を絶やさないところだが、彼女は幼少から彼を見ている。傭兵仲間というより、友達と言っても過言ではないからタメ口なのだ。

 彼はそんな彼女のことを女性の強さとして、敬服している。ここに至る経緯もよく知っているからでもある。

 ゼラードは天剣組最年長として、戦いよりも経験豊富な人材としてここにいる。


                  *****


 徹は事務棟の最奥に位置する部屋の窓から中を覗き見する。彼自身は隠密を徹底しているつもりだ。

 さて、部屋の中では獅堂来人らしき小柄な男性と、スーツ姿の男性がいる。一方は恐らく副団長とされる成実一樹であろう。徹と同じくらいの顔つきの来人と違い、顔に小皺のある壮年に違い男だ。

 聞き耳を立てても声は聞こえないが、読唇術である程度はどんな会話をしているかは分かる。

『れいのしんじんはどんなようすですか』

『ここすうじつさろんにつめている。あーくからはひとつひとつまじめにかたづけている、とほうこくをうけている』

 徹自身は彼らの声を聞いたことはない。故に声にはせずに自らも口で言葉を紡いで会話を意味のある文章に繋げる。つまり、独自解釈も含むのだ。しかしこれでは、第三者に伝わりにくい。それでは同時翻訳でどうぞ。

『れいのしんじんはどんなようすですか』

「あんなこと言って大丈夫ですか」

『ここすうじつさろんにつめている。あーくからはひとつひとつまじめにかたづけている、とほうこくをうけている』

「大丈夫なわけないだろ。アナにあんなことを目の前で言おうものなら、普通殴られる。」

 徹の読唇術は節穴だった。意味のあるように解釈していただけだ。彼はそれとなく意味ありげに解釈し続けるが、真実は馬鹿々々しい。

「だが、文句を言ってくるなら実際にやりたい」

 獅堂来人という男は小柄で20代前後にしか見えないが、実年齢は50近い。これも精霊の為せる技である。もとい、精霊は精神的な成長によって体格を変える種族であった。本来、成人相当の精神成長をすれば成人体格で固定されるが、来人のように体格を小柄なままにしておくことができる。

 ともすれば子供のように見え、真面目な場では好ましくはないが、来人は相手の慢心や油断を誘うためにわざと小柄でいるのだ。

 獅堂来人は知る人にとっては当代最強とも言える人斬りである。一流の使い手ほど、彼を前にすれば油断はできないのだ。

 とはいえ、そんな男でもこうして欲望には忠実だ。負い目がある女性に対しても、本気なのだか分からないことを言う。彼の女性の口説き方は、確実に恩師の影響だし、時折見せる鈍感か天然か計算か分からない言葉の数々は、鉄面皮秘書をデレデレにさせるほどだ。

「それはお盛んなことです」

 対して一樹は愛妻家だ。妻は衛生班として医務室に詰めている。元々の出会いは、来人に師事している最中であった。妻の方に貞操観念はなかったが、それでも通常の恋愛結婚をした。問題があったとすれば、大陸で師匠と共に行動する内に、娘との距離感が開いてしまい、どう接すればいいか分からなくなってしまったことか。

 と、ここで乱暴にドアが開けられる。開けた主は当然アナスタシア。走ってきただろうに、汗一つかかず息も荒げず、彼女は怒気を露わにする。

「ほらやっぱりダラダラしてた!」

 それ見たことかと、鬼の首を取ったようだが、実際にはこれから鬼の首ならぬ精霊の首を折る勢いである。

 アナスタシアは、剣の腕があるわけでもなく、旦那のフェリオほど多数との戦闘に長けているわけでもない。ほぼ狩り尽くしたこの時代に竜を殺せるはずもなく、魔人族のように特に身体能力が高かったり、魔術の素養があるわけでもない。

 彼女の強さは、その愛らしさに集約されている。現在の精霊は6人いて、彼女はその紅一点である。様々な経緯があったとはいえ、その他の男性精霊全員の好意を自分に向けさせたことがある。

 とりわけ来人にとっての追い目は、彼女への初恋が原因にある。他人を気取っているものの、奪ってやろうか、という暗い気持ちはいつもあるのだ。

 ただ実際には、好きな子ほど意地悪や偽悪を気取りたい。そんな子供みたいな気持ちをたまに発露したくなるのが来人なのだ。

「何もない時には何もしない。そういうものだ。」

 分かるような分からないような屁理屈を並べる。一樹が苦笑する。一樹は来人の恩師を知っている。今の言葉はその恩師の言葉そのままだ。来人自身はパクっているわけではないのだろうが、一樹にはそうとしか思えない。

 来人の恩師は女性に弱い甘い男だ。いつか語るべき日もあるだろう。

「つべこべ言うな!」

 彼女の方は来人の言い分を聞く気はないようだ。今日こそ説教してやるというところだろう。

 さて、ここまでで外にいる徹は会話の流れをどう解釈していたかというと。

(なんだか分からんが、異様な雰囲気だな)

 読唇術による独自解釈を早々に諦めていた。途中から会話の流れがおかしいことに気付いたのだ。自分の観察能力の無さにため息をつきながら、彼は次の場所に移ろうとその場を静かに去ろうとする。

「ッ!?」

 確信があったわけではないが、嫌な予感があったのは確かだ。わずかな風を切る音とか気配とかで、彼はその奇襲に対応することができた。

 後方からの完全な奇襲。だが、刀の切っ先は空を切る。徹は死ぬかもしれなかった場所から前方へ跳んでいた。

 こんな奇襲に対していつまでも背中を見せてはいられない。すぐに振り返って、襲撃相手を見定める。眼鏡を掛けたおかっぱ頭の女性に見える。女性用の着物を着ていたから女性に見えた。戦闘用にはこれっぽちも見えないし、どのように俊敏に動くのか見当もつかない。打刀であろう鍔無しの刀を構えている。

 年齢はおそらく20代前後と察する。とはいえ、女性としては大柄な方だ。

 そんな女性が、徹に向けて明らかな殺意を放っている。

(状況は良くないな)

 相手は槍使いアークではないとはいえ、武器持ちであることには変わりない。

 刀は純粋に斬るための武器。西洋剣は切れ味よりも鈍器として使用されていたが、ヤマトの剣…もとい刀は切れ味を追求した。2、3人斬れば血糊で切れ味が落ちるとしても、鎧の上から相手を倒す殺人力を求めた武器だ。鎧のない者に対して異常な切れ味はやり過ぎであるが、過去の天剣組の伝説が刀使いの魅力を引き立てているのが原因であろう。

 人一人を両断したとか、一振りで軍団を吹き飛ばしたとか。

 怪しい伝説で、話半分にしか信じられていないことだ。とはいえ、ヤマト国内における剣術道場の数が、剣士の人気を物語っている。全国競技大会や、御前試合も剣術を取り上げている。

 もっとも、ヤマトに化け物じみた使い手が多すぎる故の影響かもしれないが。

「どこの手の者だ」

 相手は力量を計るように構えを解かずに聞いてくる。答えるわけがないのだが、牽制のつもりだろう。徹には間合いが遠すぎず、相手の間合いの外側だ。相手にとって嫌な距離故、必殺の距離に詰めたいところのなのだろう。

 しかし、徹は気付く。相手は徹を知らない。彼は今西京市全域に手配が掛かっている。危険人物故につき近付くなという触れ込み故、新市街市民に顔を見られると騒ぎが起きてしまう。旧市街市民なら騒がれはしないものの反応は様々ある。つまり、市民なら知らないわけがないのだ。

 彼女は市街にそれほど出ていない天剣組の新人だということが分かる。

「なるほど、そういうことか」

 徹は自己完結する。道化のエルレーンが言う、相手のことを知れ、とは色んな意味があったのだろう。徹はその一つを理解した。天剣組は徹にとって天敵だが、構成員の全員がそうではないということ。徹の手の内を知らないのなら、異常に怖れることもない。

「俺のことを知らないなら、別に戦う必要もないな」

 と、徹は戦闘態勢を解いて、更に後ろへと跳び去る。驚異的な身体能力によって壁を蹴って建物の屋根へと飛び移り、相手の姿が見えない方へと逃れていった。

 相手がどんな人物かは知ろうとは思わなかった。今のところ、興味はなかった。


                 *****


「家出したウチの子を探して下さい!あの写真の子なんですけど!」

「えぇ…」

 西京市の中心部に位置する天剣組の出張拠点、通称サロン。そこでは様々な依頼が持ち込まれる。今の赤毛の小柄な女性、ルシカの依頼もそうだ。彼女は人手募集の掲示板とは別に張り出された手配書の写真を指差している。その写真には受付のエクス・アルバーダと同世代であろう男性が写っている。危険人物という手配だ。

「我々も別件で彼を探しています。容易に探せるならいくらでもお知らせしますよ。」

 手配書の身内が依頼をしてくるという状況に困惑する新人に、サロンのベテラン構成員のアークは助け船を出す。

 ルシカはサロンへの依頼人の中では名物客だ。食材探しが主な依頼だが、他の探し物を依頼してくることもある。手配人を依頼してくること自体は初めてだが、釈然しなさは狙ってやっているのかボケているのかはっきりしない。

 道化屋敷の方では徹が姿を消して2日たっていた。何の伝言もなしに行方知れずとなったために、悲しむエウロサに代わりルシカが依頼に来たということだ。

 徹に何らかの仕事があっても、ほぼクォーツが把握している。彼が把握していないということと、エルレーンがお茶を濁すことは何かあって徹が屋敷を出たということだ。なお本当のことを言わないエルレーンは罵倒しつつ腹パンしておいた。

「何してんの? また依頼?」

「あら、テツ」

 危険人物として手配されている本人がサロンに通りがかる。所員としては不可解だが、ルシカにはもはや関係ないことである。

「エウロサが心配してるよ!

ダメじゃないの、行き先を告げずに出かけるなんて。」

「ちょっと遠出してただけなんだけどな」

 徹は興味が高じて、ついつい天剣組屯所に長居したことは言わず、曖昧なことを言う。ルシカもルシカでまるでお母さんみたいなことを言うが、体格的にお姉ちゃんかしっかりものの妹にしか見えない。

 何も知らない人間が見たら微笑ましい限りだが、残念、少年の方は逮捕権さえあれば即確保不可避の危険人物である。

 しかし、その全域手配が掛かっている彼が、どうして軽くサロンに顔を出せるか。

「いくら何もされないとはいえ、自分の隠し撮り写真で通報を知らせてる貼り紙のあるところは居心地が悪ぃよ。帰ろうよ。」

「ああ、そうね。ごはんも作るからね。」

 依頼を翻して、ルシカは一転笑って言う。気分屋の如き態度である。受付の慣れてない青年は呆れている。

「君の名を聞いておきたいのだが」

 帰ろうとする男女に、長身の金髪の男が尋ねてくる。徹にとって、初めての天剣組の敵であり、殺されそうになった相手である。怖くなくなったわけではない。ただ、今この時はお互いにやり合う理由がないことを、徹は確信できたのだ。

「徹だ。かっこ悪いからテツと呼べ。」

 両腕に包帯を巻いた少年は涼やかに言って、メイドの女性の後を付いて出て行った。

 その彼には、アークと初めて出会った時よりも手強くなっているのを実感できる堂々としたものであった。

 その理由をアークは知らない。たった2日だが、屯所に潜入していた徹が、屯所の食堂を堂々と利用するぐらい、大手を振って情報収集に勤しんでいたことを。

(今度会う時は注意しなければ)

 天剣組の槍戦士が注意を向ける一方で、帰路にある道化の奥方と徹はというと。

「エルがまた意地悪を言ったんでしょう?」

「ん、まぁはぐらかされただけかな」

 実際にはその通りなのだが、ルシカは徹に甘い。というか道化屋敷の面々が、往々にして徹に甘い。問題行動を起こすエルレーンに対して最大限の理解を示すルシカといえども、彼の方が悪いとすれば徹に天秤が傾くことがある。

「あいつのおかげというのは腹立たしいが、有意義な体験だったよ」

 徹は述懐する。

 天剣組の最強たる由縁。それは自分と同じく、戦いと殺人でしか生きられぬ者たちであること。

 それ故にいつか抹殺されることがある。戦いの果てに、平和という終末に。

 だから、生きるためにお互い殺し続けなければならない、と。

 

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