紅蓮のハザード④

「……みっともないところを見せちゃったね」

「ううん。言ったでしょ。僕はくればやしさんを受け止めるよ」

「……ありがとう」


 顔が真っ赤なのは、泣いたせいだけじゃない。熱いし、恥ずかしいし、くすぐったい。

 こういうのって何て言うんだっけ。ええと、あれだ!


「本音で話せる友達っていいね!」


 わかくんが、笑顔のまま硬直する。


「……この流れでそれを言う?」


 ボソッと何か言ったみたいだけど、残念ながら私には聞こえなかった。


「紅林さんって、意外と天然?」

「急にどうしたの。違うよー」

「……絶対そうだね」

「それを言うなら若葉くんだって!」


 反論しようとしたら、です。若葉くんにはぁ……とえらく長いため息をつかれました。


「……違うな。鈍感、か」

「だから、何言ってるのー!」

「聞きたい?」

「うんっ! 聞き……」


 たい、と言おうとして、気づいてしまう。

 若葉くんが、異様なオーラを身にまとって微笑んでいることに。


「あー……やっぱり、いいかな?」

「そう? 残念だなぁ」


 言葉のわりに目が笑ってない。

 まだ怒ってる? なんで?

 私何かしたかな。というか、何かしたの私なの?

 そうよね。ふたりっきりなんだし、他の誰が何をしたって……


(……ちょっと待って! 私、今なんて……ふたりっきり?)


 今更だけど、再認識してしまう。

 ……え、何これ。顔がすごく熱いんだけど。


「あれ?」


 火照った頬を両手で覆い、押し黙ってしまった私を見て、若葉くんがきょとんとする。


「なんだ」


 続く笑顔に顔が熱くなると、若葉くんはもっと笑みを浮かべる。

 なんで若葉くんは笑ってるの?

 なんで私は顔が熱くなって…………


「紅林さん」

「は、はひィッ!!」


 声が裏返った。……もうやだ。

 焦ってるこっちがバカみたいに向けられたのは、いつもと変わらない笑顔。


「一時はどうなることかと思ったけど、午後の授業丸々休んだからかな、元気になったみたいでよかった」

「私、そんなに寝てたの!?」


 慌てて掛け時計を確認すると、7限目の授業なんて、とっくの昔に終わっていた。

 窓からは茜が差し込んでおり、完全に夕暮れ。想像を絶する気絶時間。


「紅林さんは、無理をすると身体が素直に反応しちゃうみたいだね」

「うん。お腹が痛くなるの。でもここまでとは予想がつかず……!」

「それほど、紅林さんにとって堪えることだったんだよ。いい機会だと思って、今日は部活休んだら? 全快しないことには調子が出ないでしょ」

「……そうだね」

「じゃあ僕、教室に荷物を取りに行ってくるよ」

「重いから自分で行くよ。歩けるし」

「それじゃあ休む意味がないでしょう」

「でも、日直も全部してくれたんでしょ? 迷惑かけてばっかりで悪いもの」

「何言ってるの。迷惑をかけられるために僕がいるんじゃない? 紅林さんは、もっと人をこき使うことを覚えたほうがいいよ」

「……そんなことを勧めるのはどうかと思うんだけど」


 こき使うとか……若葉くんに何だか黒いものが見え隠れしているのは、気のせい?


「とにかく、紅林さんはもっと甘えるべきだってこと! いい? 遠慮禁止だから」

「えっ!」


 禁止されちゃった。えっと……どうしよ?

 色々考えたけど何も思い浮かばない。となると、仕方ない。


「じゃあお言葉に甘えて、お願いしてもいい?」


 こっちは申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、若葉くんはすごく嬉しそうに、にこり。


「もちろん!」




  ☆ ★ ☆ ★




 昇降口で待っていると、すぐに若葉くんが荷物を持ってきてくれた。


「わざわざありがとう!」

「ん、気にしないで。これくらいどうってことないから」

「ホント? 若葉くんってたくましいね」

「……男ですから」


 なんだか嬉しそう。

 照れたような横顔も魅力的だなぁ……って。


「あれ……」

「どうかした?」


 不思議そうにこっちを向く若葉くん。

 私が驚いたのは、レンズを介さない彼の瞳が、緑色であるはずなのに違っていたからだ。

 窓から差す夕暮れと同じ茜色。

 若葉くんも何のことか気づいたらしい。

 ――若葉くんの瞳は、光の反射角度で色が変わる。

 朝と昼は緑色であることは見ていて気づいたけど、夕暮れともなると太陽の位置が大きく変わるし、それに伴って瞳の色も変わるのだろう。


「そっか。夕方はオレンジっぽいんだ。カラフルで綺麗だね」


 朝昼夕、となると、当然気になることがもうひとつ出てくる。


「じゃあ、夜はどうなるの?」

「え……?」


 一瞬だけきょとんとした若葉くんは、すぐにふわりと笑う。


「夜は光が当たらないじゃない。色の変化のしようがないよ」

「あ、そっか」


 言われてみればそうだ。

 色が変わらないってことは、ノーマルな状態なんだよね。

 えっと、じゃあ夜は黒ってことでいいのかな。光が当たらないのに緑やオレンジに光り出すわけがないし。

 うーん、若葉くんの瞳って摩訶不思議だよねえ。


「……ねえ、紅林さん」

「ん? どうしたの。真剣な顔して」

「……紅林さんが寝てるときに何か言ってたから、少し気になって」

「へっ? 寝言口走ってた!?」

「なんて言ったかは聞こえなかったけど、誰かの名前を呼んでたみたい」


 寝ていたときに見てた夢って……アレだよね。どう考えても、アレだよ。


(おっ……お月さまの夢だよぉ~っ!)


 ということは、その誰かって……


「もしかして、怖い夢だった?」

「そ、そうじゃないけど!」

「けど……?」


 心配そうな若葉くん。

 あ、これは何か言わなきゃ、だよね……


「ええっと、私が見ていた夢っていうのは怖い夢なんかじゃなくて……その、えっと…………が………………てくれる夢です」

「え?」


 あーもうっ! 聞き返さないでよっ!


「憧れの人が、助けに来てくれる夢です!」


 恥ずかしい! ただでさえそんな少女漫画みたいな夢、引くのに!

 とりあえず、怖い夢でなかったとわかったらしい若葉くんは一息ついて、遠い目をする。


「憧れの人……なんだ」


 でも、瞬きをした後には、もとの笑顔に戻っていた。


「だいぶ暗くなってきたね」


 窓の外を見ると、茜の空が少しずつ宵に染まり始めている。


「送って行こうか?」

「おおっ、送るっ!?」

「こんな中を、女の子ひとりで帰らせるのは心配だから」


 ドキッとした。

 冗談……ではないことが若葉くんの本当に心配そうな表情から見て取れた。

 だから余計焦ってしまう。


「だっ、大丈夫だよ! ほら私、家近いし、そんなに気を遣わないで! 今日助けてもらっただけで充分だよ!」


 気持ちは嬉しいんだけど、そこまで行くと、私の心臓がもたないと言いますか。

 躍起になって断る私に、若葉くんは苦笑。


「冗談だよ」

「……え」


 冗談だったの? 全然そうは見えなかったんですけど。


「でも、暗い中を帰ることには変わりないから、気をつけてね。気づいたら真っ暗、なんてこともあるかもしれないし。それと、知らない人について行っちゃダメだよ」


 ……お母さんだ。お母さんがここに!


「う、うん。なるべく早く帰るようにします」


 心配しているお母さん……じゃなかった若葉くんを安心させるには、素直にうなずくに限る。

 若葉くんがホッと胸をなで下ろしたのを確認してから、靴に履き替える。

 振り返ると手を振ってくれた。

 私も振り返しながら、学校を出る。

 下校時刻まで少し余裕があるため、外は部活生が忙しく走り回っている。

 ふと空を仰ぐ。

 夜の帳が下りる空に、白い月が浮かんでいる。形も輝きも、完成まであと少し。


「ミブロ……」


 満月が近いから、夢に出てきたのかな。

 ……私のお月さま。

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