新緑と陽だまりの編入生④

 全国屈指の高校生剣道大会、〝青龍旗〟を間近に控えているこの時期、4限まで無事終えるとわかくんに別れを告げ、即化学室を後にする。

 途中部室に寄り、竹刀片手に向かうのは、体育館横の剣道場だ。

 そこには、すでに数名の人影があった。2年の男子部員だ。

 何の変哲もない光景。彼らが不自然な円を描いて、一か所にたむろしていなければ、の話だけど。


「ご、ごめんなさい……」


 円の中心では少女がおびえている。

 ざっと見れば相手は4人。少ないほうだ。


「私も混ぜてくれるか?」


 思わず間に割って入れば、ちょうど正面にいた男が顔をしかめる。


「何だお前」

「金髪……なぁ、こいつくればやしじゃね?」

「紅林、だと?」


 一目で私だとわからないなんて、とよくよく顔を見れば、思い出した。

 目前にそびえ立つのは、剣道部内で有名な乱暴者。

 じょうさき はやといったか。

 後ろを取り囲む朝桐あさぎりくん、日野ひのくん、和久井わくいくんと比べても、部活に顔を出さないことのほうが多い、根っからの不良だ。

 私の顔を覚えていないのもうなずける。


「お前が校内で向かうところで敵なしっていう、あの紅林か?」


 いぶかしげに、頭のてっぺんから爪先まで見下ろされた末、


「ただの女じゃねぇか」


 と一刀両断。


「やめとけって城ヶ崎。見た目に騙されると命はねぇぞ!」


 だから違います! 全然怖くないし、強くないです!

 そんなこと、言えるはずもないよね。

 なけなしの勇気を総動員して、顔を上げてみせるんだ。


「お前たち、ここで何をしていた?」

「あぁ? 俺たちはただ、そこの女に指導をしていただけだ」

「指導?」


 振り返りざま、少女がビクンと身じろいだ。小刻みに震える小さな肩は、ひどく頼りない。

 彼女は制服姿で、まして剣道部員ではない。練習でのトラブルとは思えない。


「備品の取り扱いが悪かったのか」

「そっちじゃねぇ。コイツが余計モンを運び込んでやがるから、ジャマでしょうがねぇんだよ」


 城ヶ崎は不満を並べ立てながら、隅に置いてある段ボールの山を指差す。

 話を聞き、ああそうかと納得。


「――ふざけたこと言ってんじゃねぇ」

「……は」


 私の剣幕に不意をつかれたのか、城ヶ崎が口をつぐむ。


「もう帰っていいぞ」

「あ、あの……」

「気にすんな。あとは任せとけ」

「テメェ、何のつもりだ!」


 戸惑う少女の背を押し、小さなそれが見えなくなったのを見届けた後、声を荒らげる城ヶ崎と対峙をする。


「用具の一部はこっちで保管することになってんだよ。来週の頭から、体育館を改修する関係でな。部活中に知らされたぞ?」

「なっ……!」


 困惑の表情を見せるその一瞬の隙を逃さず、城ヶ崎を見据える。


「人に指図するのは、ちゃんと部活に顔を出してからだ。真っ当な剣道部員を語るつもりなら、もっと人間完成させてから出直してきな」

「黙ってりゃ好き放題言いやがって!」


 元々頭に血が上りやすいタチなのか。

 私に掴みかかろうとしたところを、仲間たちに羽交い絞めにされる。


「やめろ城ヶ崎!」

「離せっ!」

「アイツだけはやめとけ! 相手が悪すぎる!」


 抵抗するが、大勢の前では非力なもの。なす術もなく、取り押さえられてしまう。


「もう行こうぜ」


 仲間に諭され、引きずられるように剣道場を出て行こうとする城ヶ崎が、ギン、とものすごい目力で睨みつけてきた。


「真っ当だと? それじゃあお前は、真っ当なのかよ」

「――!」


 ……そう、私は不良。

 本当は違っても、周りから見ればそうなんだ。

 でも……それでも私は。


「私は、信念を持っている。信念を持たない者は暴力に溺れ、暴力によって破滅する者たちだ。真っ当な人間になれと言っているわけじゃない。何を言われたとしても、揺るがない信念を貫き通せと言っているんだ」


 我ながら、綺麗事を言ったと思う。

 でも、言っておきたかったことがある。

 乱暴に振る舞うのだって、理由があるはず。

 それに世の中、善人顔で悪いことをする人はたくさんいる。

 だから彼らを否定したくはない。私は、それを伝えたかっただけ。

 城ヶ崎がじっと私を見据えている。

 やがて、クシャッと髪を掻き回し、背を向けた。


「……勝手に言ってろ」


 彼が振り返ることは、もうなかった。

 誰もいなくなった剣道場で、私はひとり息を吐く。

 まだまだ弱い私はこんな言葉でしか伝えられないけど、この気持ち、伝わってるといいな。


「さてと! 今何時かな……って」


 備え付けの時計を確認し、驚愕する。

 思わず二度見してしまった。


「もう授業始まってる!?」

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