新緑と陽だまりの編入生③

 これで円満解決……と思いきや、なんだか微笑ましい視線を感じるような?


「私の顔、ゴミでもついてる?」

「ううん、違うんだ。ちょっとね」

「ちょっとって、なに?」

「それは秘密」

「えーっ!」


 秘密にされると知りたくなる人のサガを、ご存じですか?

 ジーッと見ても、わかくんは満面の笑みを返してくるだけ。

 受け流されたみたいで悔しくなったけど、まじまじと見つめたことで、あることに気がついた。


「ねぇ、若葉くんってさ……実は」

「うん?」

「結構、カッコいいよね」

「………………うん??」

「ごめんね、ちょっといいかな」

「え!?」


 硬直した若葉くんに向かって、1歩。

 前髪を少しだけ掻き上げてみると、幾房かがサラサラと額に落ちてきた。

 長いまつげは、瞬きを忘れている。

 白い肌と艶のある黒髪は、女の私から見てもうらやましくなるほど。


「思った通りかも。背も高いよね。私から見て高いって、相当なことだよ?」


 苦笑話だけど、母の血のおかげで、私は色んなものが日本人より突出している。

 髪の色しかり、身長に至っては、確か170cm近くあったような気がする。

 ちなみに現在も成長中。これ以上目立ちたくない私泣かせの事態である。

 ……それはともあれ、今の状態だけでも若葉くんの眉目秀麗さがひしひしと感じられる。

 だからすごく頭をよぎっていることは、眼鏡を取ったらどうなるんだろう、という月並みな考えだった。

 気になる……すごく気になる。

 けどそれじゃあ、表面でしか若葉くんを判断していないって気もする。


「若葉くんは、外見以上に内面がステキだと思うな。地味だなんてこと、全然関係な、」

くればやしさん!」


 語尾と重ねて、若葉くんが声を上げた。


「チャイムが鳴ったけどいいの?」

「えっ、いつ?」


 気づかなかった。周りを見渡しても、時計なんてシャレたものはこの部屋にはない。

 腕時計はしてないし、携帯は教室。


「11時35分。予鈴だね」


 そう言う若葉くんも腕時計はしていない。かといって、携帯を開いているわけでもない。

 窓際の若葉くんに歩み寄り、彼の視線を辿る。

 すると、ある教室の壁に掛けられた時計が見えた。でも、それだけ。


「若葉くんの眼鏡って高性能だねぇ」

「え……どうして?」

「私には、何時かなんて見えないもん」


 これでも一応、人並みの視力はあるはずなんだけど、針がどこを指しているのかまでは、よく見えない。


「ああ……カンかな。かけたら普通の視力は出るから。それより、急いだほうがいいよ!」


 ……なんか、おかしい。

 今まで落ち着いていた若葉くんが、急に取り乱し始めた。


「行こう!」


 ガシッと掴まれた手首に驚く私を、若葉くんは半ば引きずるようにして歩き出す。


「若葉くん! 次の授業化学だよ! 化学室の場所、わかる!?」

「あ……」


 若葉くんが急に立ち止まった。

 自分の力で歩いているわけではなかった私は、操縦を失い静止し損ね……そのまま慣性の法則に従って、前へと倒れ込む。


「わっ!」

「紅林さんっ!」


 ……何が起きたのかわからなかった。

 大きく揺らいだ身体をなにかが包み込み、一瞬だけ、ふわりと浮いたような感覚。

 けれども落下は止まらず、どんどん床が迫ってくる。


(ぶつかる……!)


 衝撃を覚悟した直後――何かが打ちつけられる鈍い音を聞いた。

 予想していた衝撃は、いつまで経ってもやってこない。

 恐る恐る目を開いてみると……私の下に若葉くんがいた。

 じゃあ、さっきの音は……!


「若葉くんっ、大丈夫!?」


 急いで上から退き、真っ青になりながら呼びかける。

 若葉くんは苦痛に顔を歪ませていた。当然だ。堅い床に、あれほど思いっきり頭を打ち付けたのだから。


「ごめんなさい、私……っ!」

「……だいじょうぶ、だよ。平気」


 頭を押さえながらも、起き上がる若葉くん。

 幸い言葉がハッキリしていたから、ホッと胸をなで下ろし……そのまま固まった。

 私が座り込んでいるすぐ傍に、眼鏡が落ちていたからだ。

 若葉くんの瞳がゆっくりと開かれる。

 長いまつげから覗いた瞳が最初に床を見、やがて目の前の私へと視線を移す。

 言葉を失ってしまった。

 じっと見つめてくる瞳が今までの黒目ではなく、新緑の森を髣髴ほうふつとさせるような、鮮やかな若葉色をたたえていたからだ。


「――っ!」


 若葉くんは弾かれたように辺りを見回し、眼鏡へ手を伸ばす。

 一瞬のことだった。

 定位置に収まったレンズ越しに見た瞳は、元の黒目だ。


「ごめん、驚かせて。……変な色、だったよね」


 自嘲気味に若葉くんは笑う。

 外国では、青や灰色なんていうのはあるけど、あんなに深い緑色なんて聞いたことがない。

 ビックリはした、けれど。


「そうかな」

「え?」

「青々とした葉っぱみたいで、若葉くんにとっても似合うと思う。隠してるのがもったいないくらい」


 とか何とかひとりでうなずいてる先で、ふたつの黒目が丸みを帯びる。


「あっ! 私、またひとりで盛り上がっちゃったね。ごめんっ!」

「いや……ビックリしただけ。そんな風に言われたことないから」


 少しの間ためらっていた若葉くんは、意を決したように口を開く。


「生まれつきの、特異体質なんだ。僕の目、光の当たり具合で色が変わるらしいんだけど、普段はわからないように、この眼鏡をかけてる。当たり具合を一定にして、いつも黒に見せてくれるから」

「その眼鏡に、そんな重大な役割があるとは……じゃあ、視力は?」

「実は、普通の人よりいいんだ。これも伊達だし」

「さっきの時計はそれで……そっか。大丈夫! 言いふらしたりしないから、安心して!」


 あからさまに好奇の視線を向けられるのは、好きじゃない。

 若葉くんも、たくさん嫌な思いをしてきたのだろう。

 その気持ち、私にもわかるよ。わかるからこそ、不快にさせるようなことはしたくないって思ったんだ。


「そだ、授業始まっちゃうね。急ごっか若葉くん!」


 今度は、私が若葉くんの手を取る。

 ちょっと驚いたみたいだったけど、若葉くんは笑ってくれた。


「紅林さん、ありがとう」

「気にしないで。だってお互いさまでしょ?」

「……うん」


 そのときの笑顔といったら、蕾がほころんだみたいに温かかった。

 これも、窓から射し込む陽だまりのせいだったのかな?

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