新緑と陽だまりの編入生②
カツ、カツ、カツ……
朝のホームルームでは普段どよんとしたオーラのクラスメイトも、今日ばかりはそわそわ。
チョークが置かれ、前の教卓で先生と並ぶ人物と、黒板に鎮座する白文字を、みんなが物珍しい目で交互に見ている。
「京都から越してきました、
食い入らんばかりに凝視していたクラスメイトたち。
ぺこりとお辞儀されたのを合図に、先生の目を盗んで、小声なりアイコンタクトなりで会話する。主に女子が。
「ねぇ、どう思う?」
「そうねー、悪くないけど地味すぎ」
「ありふれた感じだよね。50点」
「名前からして草食系って感じだし、つまんなーい」
……言いたい放題ですね、お嬢様方。
私がふつふつと込み上げてしょうがない感情を抑えるのに必死なときも、編入生の紹介は続く。
「はい、そういうことだから仲良くするように。若葉の席は……お、あったあった」
先生が教室を見回すと、最後尾の窓際に座る私へと視線を寄越す。
「……へ?」
まさかと思い右側を見れば、おあつらえ向きの空席がひとつ。
「じゃ、あそこ。
何でしょう、このベタな展開は。
「紅林さんの横だって。かわいそう」
……すみません、聞こえてます。
でも、クラス中の哀れみの視線を受けていることに、若葉くんは気づいてない。
「隣だなんて偶然だね。よろしく、紅林さん」
生きて帰れないな、あの編入生、と十字を切るクラスメイト。
それに全然気づかないで、にこにこ笑っている若葉くん。
みんなの狭間で、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
☆ ★ ☆ ★
「あーっ!」
朝はうっかり若葉くんのほのぼのペースに巻き込まれてしまい、大事なことをすっかり忘れていた。そんなことを、お手洗いの帰りに思い出す。
「私のこと、口止めしなきゃ……!」
授業後すぐだし、見つけるには時間もかからなかった。
だけど目に飛び込んできた光景に、あんぐり口を開けることとなる。
「ねぇ、影薄いって言われたことない?」
先客がいた。さっき若葉くんを品定めしていた女子だ。
クスクス笑っている辺り、面白がっているとしか考えられない……んだけど。
「あはは、よく言われるんですよね〜」
本人も笑ってますけど!
女子が眉をひそめる。舌打ちでも聞こえてきそうなあれは「面白くない」って顔だ。ヤバイ。
「若葉!」
気づいたら足を踏み出していて、女子に聞こえるくらいの大声を上げていた。
「ちょっとツラ貸しな」
人前なので、ヤンキー口調で通す。これくらいの牽制はしないと、何をされるかわかったもんじゃない。
突然のことで、理解が追い付いていない若葉くんの腕をぐいっと引っ張った。
「……いきなりごめん。だけど、今は私についてきて」
そっと耳打ちして、相手の様子をうかがう。
獲物を奪われたような視線が痛い。
でも、負けるもんか。若葉くんはあなたのオモチャじゃないわ。
「紅林さん……」
うなずいてくれたことで、私と若葉くんは連れ立って教室を後にした。
☆ ★ ☆ ★
やって来たのは、教室棟の一番端にある資料室。
人影は少ないものの、日当たりはいい。まぁそれはともかく。
「……若葉くん、大丈夫だった? すごい悪口言われてたけど、自覚してる?」
「うん」
ホントに!? 悪口を言ってきた相手と一緒に笑ってたと思うんだけど!
と、すぐそこまで出しかけていた言葉を、若葉くんの真顔を前にして、飲み込んでしまう。
「平気。ちゃんとわかってるよ。あの人の悪意も、自分がどれだけバカにされていたのかも」
「……!」
「挑発に乗りたくなかったからああやって返したけど、まさか、紅林さんが間に入ってくるなんて思わなくて」
若葉くんは、自分の置かれている状況がちゃんとわかってた。その上で、どう乗り越えるべきか考えていた。
ということは、私のしたことって、余計なお世話……
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「だって、勝手に割り込んで騒いじゃったから……」
早とちりで困らせてしまった。
これじゃあ、ただのおせっかいの押し売りじゃない。
「そんなことないよ。紅林さんが来てくれて嬉しかった。僕、地味なのは変わりないから」
「ううんっ! 若葉くんは全然地味なんかじゃなくて……」
「……ありがとう」
まただ。どうして若葉くんは、私に笑顔でお礼を言うのだろう。
「私はね、若葉くんが思ってるほどいい人じゃないよ。さっき割り込んだのも、話があって、たまたま居合わせたからやっちゃったようなものだし……」
「僕に、話?」
「私のこと……黙っててもらおうと思って。最初に会ったときも、さっきも、私の口調を聞いたでしょ?」
「うん」
「私、この学校では不良で通ってるんだ。こんな髪の色だし、怖いからさ。素の部分だけは、誰にも見られたくないの」
入学してから、もう1年以上経ってしまった。今さら「違う」と言っても信じてくれる保証はない。
みんなにとっては、あの姿が紅林瀬良……
これから平穏に暮らすためにも、素顔を知られないことが必須条件なんだ。
「金髪はイギリス人のお母さん譲りなの。だけど顔はお父さんに似ちゃったから、目は茶色いし、鼻は低いし……ハーフに見えないし」
きっかけは、本当にささいなこと。だけどウワサはウワサを呼び、結果として怖がられるようになった。
周りと合わせていかなければ、私は生活できない。
「だから、黙っててもらおうと思って探してたの。あんなことになったけどね」
「紅林さん……」
「なんか、頭にきちゃって。あれだけ好き勝手言って、『あなたたちは若葉くんの何を知ってるの?』って……」
まぁ……私も朝が初対面だし、人のこと言えないんだけど。
でも、「怖くない」と言ってくれたことが、どんなに嬉しかったことか。
それだけは、揺るがない事実だから。
「大丈夫。誰にも言わないよ」
「ホント?」
「もちろん。断る理由がないから」
「ありがとう!」
胸をなで下ろす。
……嬉しい。
でもこの気持ちは、秘密が守られる安心からじゃない。怖がったりしないで普通に接してくれることが、ただ純粋に嬉しかったから。
彼なら、私がずっと待ち望んでいたもの――友達に、なってくれるかもしれない。
「あ、あの、改めて、これからよろしくね」
ちょっとぎこちない私に返ってきたのは、まぶしいくらいの笑顔。
「こちらこそ」
希望の光が、射し込んだ気がした。
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