掌編 夏の終わりの海

ガジュマル

第1話


 僕の隣には女の人がいた。

 美しい人なんだ。

 ことに夕日を眺めている彼女は美しい。

 どれくらい美しいと僕が思っているかと言うと、その皺の一本一本まで愛せるほどに。

 目の前では、おいしそうなオレンジ色をした太陽が海に沈もうとしている。

 動かないピカピカした巨大な雲は宮殿のようで、彼女はまるで女王様。

 年を経て、不思議な力を得た僕は彼女のことをよく知っている。

 だから今、彼女が何を考えているのかわかるんだ。

 彼女は遠い昔のことを思い出している。

 中学生のころ、雨の日に失恋して、暗い部屋で膝を抱えて泣いたことや。

 高校を卒業して短大生になった春の日、昼間から彼氏と蕩けるようなセックスを繰り返したこと。

 大好きだったお母さんが亡くなって、夜中に一人、布団の中で声をころして泣いたこともあったし。

 結婚式では酔っ払っちゃって恥ずかしい思いもした。

 旦那さんが浮気したあてつけに、見ず知らずの男と関係を持って怖い思いもしたね。

 僕が彼女のところへ来たのは、彼女と旦那さんが老人になってからだった。

 旦那さんが亡くなった時は大変だったね。

 大好きなジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの真似をして自殺しようとした時はびっくりしたし、骨壷にあった骨を食べ始めた時はどうしようかと思ったよ。

 でもこうして僕と一緒にいてくれることを選んでくれて僕はうれしい。

 僕との短い時間を。

 波はゆるやかなリズムで太古から続く音楽を奏でている。

 彼女を数時間後には僕の死によって悲しませると分かっていても、僕は彼女の足に体をすりつけ、震える甘い声で鳴いた。

 それが猫である僕の役目だからだ。

 君を愛している。


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