QED この世界の創造主(クリエーター)
「やはり貴方は何をしでかすか分かりませんね。」
「黄泉…冥。」
階段の上で悪魔の様に冥は笑っていた。
「冥。お前は何者なんだ?」
「そんな怖い顔しないでください。それより貴方こそ何者なのでしょう。一人の思い人を失い、二人の親友の死を目の当たりにし、それでもなお、平然としていられる。」
冥はニヤッと笑った。
「『Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen.』って知ってるか?」
「『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え』ですか。充分な動機にはなりますね。」
「これから如何するのです?既に貴方は一人の生命の灯を、自らの手で消し去ってしまった。重罪ですよ?こんな事態ですから、死刑判決が下ってもおかしくは無ありません。勿論承知の上でしょうが。」
「そうだな。僕も早々殺人鬼の仲間入りだな。さしずめ、五瀬死刑囚と云うべきかな。」
僕は笑っていた。先程までの暗く淀んだ心の内が、とうとう真っ黒に染まりきってしまったようだ。
「清算は済んだ様ですね。」
「ああ。長い間連れ添った腹心の友に別れを告げてきたよ。かれこれ十年来の付き合いになるかな。」
「良い気味ですね。」
と、冥は下で倒れている武内を嘲笑うかの様な目で見つめた。
「冥。この学校、明らかにおかしくないか?」
「気がつきましたか?この佐比売ヶ原高校は、生地獄と化しているのですよ。二月十四日。バレンタインの惨劇とでも名付けておきましょうか。校内に残っている恋人たちは皆、互いに不信感を覚え、それは根拠のない疑惑へと変わる。そうしてこのような惨劇を迎えてしまったのですよ。人間とは愚かで、恐ろしい生き物ですね。疑惑に取り憑かれてしまうと、こんなにも豹変してしまうのですから。アナタはもう、校舎の中を歩かない方が良いでしょう。今迄の三人とはまた違った形を目の当たりにすることになるのですよ。今のあなたには耐えがたいものとなっているのです。そう云うと語弊があるかもしれませんね。大切な三人の最期の前に平然としていられるアナタは、これ以上に狂ってしまう恐れがあるのですよ。そうなっては、アナタは間違いなく壊れてしまう。」
「冥。お前は何者だ。」
「私は黄泉冥。云わば私は遺体に群がる鴉の様な存在なのですよ。」
そんな口調と声色で云われても説得力が無いな…と僕は思う。
「お前は人間なのか?」
「私は人間であって、人間に非ず、、似て非なる者なのですよ。」
「何が云いたい。つまり、お前は死神と云う訳か?」
「死神とは少し違いますが…勝手に造りだされて、何者だと云われましても、私は創造主としか答えようが無いのですよ。」
「ぬかすな。要はお前が元凶なんだな?」
「何故?」
「それは、この学校に黄泉冥なんて生徒は存在しないからさ。セーラー服の青色のリボンからしてお前は僕と同じ一年生。でも、黄泉なんて名前。聞いたことがない。実際に此処に名簿がある。四クラス。全てのだ。此処に黄泉なんて名は存在しない。」
僕は四枚の名票を、ポケットから取り出した。
「決定的な理由は、僕に妹なんかいない。
「私を如何する気ですか?」
「僕は、お前を殺し、このふざけた
僕は隠し持っていたあのナイフで彼女の胸を突いた。
「…くっ。」
彼女は苦しげな表情をした。だが突如、ニヤッと笑って云った。
「甘いのですよ。」
その笑った顔は一瞬鬼の様な形相に変わり、もとの冥の顔へと戻った。
「アナタの推理、半分正解で、半分不正解と云ったところでしょう。私がこの事態を引き起こした。そこまでは合ってますです。でも―
―
その刹那、僕は胸に激しい痛みを覚えた。見れば、僕の胸には何か黒く太い鋭利なものが突き刺さっていた。
「かはっ。ゲホッ、ゲホッ。」
僕は咳き込み、吐血した。
「この世界を作ったのは私。でも、私を作ったのはアナタ。『リア充なんか消えちまえ』貴方の言葉ですよね?」
「そ、それを何処で…かはっ。」
「云っていたじゃありませんか。私はアナタによって作り出された存在。つまり、貴方が死ぬことで、この世界は初めて終焉(しゅうえん)を迎えるのですよ。そう。貴方は既に死にゆく運命にあるのですよ。」
「そ、そんな…馬鹿な…」
薄れゆく意識の中、目の前では血だらけの冥がケラケラと笑っている。
「私の方が
お兄ちゃん?…思い出した。この容貌。この声色。口調を変えたって丸出しじゃないか。するとこれは夢なのか。
だから僕はそんな簡単な事に気付かなかったのだ。
あの少女は黄泉冥なんかじゃない。去年死んだ妹。
ウジウジしている僕を見かねて警告してくれたのだ。
「全く。よくできた妹だ。」
○
五瀬九葉。当時中学二年生だった彼女は、去年の二月十五日。帰宅途中に乗用車に轢かれ、十四歳と云う若さでこの世を去った。
中学では、総体後から
容姿、性格共非の打ちどころが無かった九葉は僕の自慢の妹だった。
そんな妹を亡くした僕は、一ヶ月間ショックで引き籠っていた。
兄妹中は良かった。良かったと云うよりかは、良すぎた。それが、僕の心に開けた穴を広げた。
別にシスコンと云う訳では無かったが、九葉の方は殆どブラコンに近かった。
七花はそんな中、毎日見舞いに来てくれた。親にも心を閉ざしていた僕は、七花にだけは唯一心を開いていた。
きっと、七花が元気づけてくれなければ、僕は耐えられず、自殺してしまって居たかも知れない。
七花は命の恩人だ。彼女だけは手放したくない。
もしも拒絶されたなら、それは仕方のない話だ。僕も子供ではないから、其処は速やかに諦めるしかない。
だが、如何しても自分の気持ちを伝えない訳にはいかなかったのだ。
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