第8話  日本人的解決方法とは

作中に登場する女性を増やす。それによって作品の人気や認知度が上がり、部数や続刊が増えるのであれば商売として当然の戦略です。

書籍化した際には、表紙も映えることでしょう。


なのですが・・・どうにも頷けませんでした。

好きとか嫌いとか以前に、理屈に合わない気持ち悪さが先立ったのです。


創作をする方には理解いただけると思うのですが、作品というものは書いている内に独自の法則をもって動き出すようになります。

キャラクターが自然に動き出す、と表現される方もおられるようですが、自分の場合は世界の常識に合わない、という違和感として感じられます。


作品世界の常識に照らしたとき、しがない冒険者崩れに過ぎない主人公を女性たちが取り囲むなどという事象が自然だろうか。首を傾げてしまいます。


「なんとなく、ハーレムっぽいですね」


そう表現したのは消極的な否定だったかもしれません。

すると編集者の方は嬉しそうに手を叩いて「そう!ハーレムですよね!ハーレム!いいですよね!」と「ハーレム」という単語を連呼するのです。


私は作品がどうというより、平日昼間のファミリーレストランでおっさん同士で向かい合い「エルフ耳」だの「ハーレム」だのと声を出して周囲のサラリーマン達の耳目を集めている現状に気がついて、すっかり小さくなっていました。

作家予備軍として、まことにプロ意識が足りないというより他にありません。


とりあえずライトノベル路線で行くならば作品に多くの女性が登場するのは避けられない、という編集の方の意図は理解できました。

ですが、それに従うかどうかは私の判断に委ねられています。


なにしろ、他の出版社からも書籍化のオファーがあるのですから!

心理的に余裕があるというのはありがたいものです。

自然と、態度にも余裕が出てきます。


そこで私は、提案に対しては曖昧に頷いてみせるにとどめ--まことに日本人的解決です--メモを捲りながら質問を続けることにしました。

事実上の先送りです。大人の知恵というやつです。


「他にも質問させてください。なろうの書籍化というのは、そんなに大きな商売になっているのでしょうか?月に小説を何冊か出版したところで、大した金額にはならないと思うのですが・・・」


これも気になっていた点です。当時の私の認識では、なろう小説の書籍化というのは同人誌に毛が生えた程度の市場規模にすぎないビジネスのはずでした。


というのも、なろうでも初期に小さな出版社の方が何人かの作家に声をかけて小さなレーベルを立ち上げたものの、あまり売れずに終わった、という状況があったように記憶していたからです。


それなのに、今ではうってかわって大小の出版社が一斉に参入して、自分のような末端にまで書籍化の声をかけてくる。その収益の絡繰りは一体どこにあるのか。

そのあたりの事情について、ぜひとも知りたいと思ったのです。


私がビジネスの話を始めると、編集の方は、おや、と少し違った目でこちらを見てきたような気がしました。


出版業界については素人ですが、市場規模やビジネスの構造について議論するなら私にも少しは専門性があります。編集者と作家予備軍という立場よりは対等な立場で議論ができるはずです。


「ダイスケさんの仰る通り、小説だけでは大して儲かりませんね」


それが編集の方の率直な見解でした。

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