第4話、変身と秘密

 私の学園生活は、一変した。 毎日が、楽しくて仕方ない。

 勉強は、美希が教えてくれるし、買い物は、薫が最新のファッションをアドバイスしてくれる。

 授業後の帰りは、いつも3人一緒だった。


 特に、学校きっての才女、美希との会話は楽しかった。 勉強だけではなく、雑学にも詳しい美希は、色んな話題を私に提供してくれた。 美希から聞いた話を、図書館の蔵書で調べる楽しみも知った。 調べた内容を美希にフィードバックすると、彼女は、いたく喜ぶのだ。 美希も、会話が一歩通行ではない私を気に入り、学校にいる間、ほとんど一緒にいてくれるようなった。


「 朱美… 本田さんや、足立さんと… いつから友だちなの? 」

 他のクラスメイトが、私に聞いて来た。

「 最近だよ? どうして? 」

「 あんな、超美人の足立さんや、一目置かれる本田さんと、名前で呼びあったり出来ていいなあ~… あたし、足立さん、憧れなんだぁ~…! 」


 私は満足だった。


 『 最強 』の友だちが、私には、いる。

 どんなトラブルだって、彼女たちといれば、全て解決出来た。

 彼女たちといれば、安心だ。

 彼女たちに、間違いはない。


 私は物事の全てを、彼女たちの物差しで計った。 そうすれば、何も問題は起こらなかったのだ。



 7月。

 梅雨の中休みの雲間から、焼け付くような日差しが降り注ぐようになった。 本格的な夏が始まろうとしている。

 蒸し暑い日々が続いたが、私は元気一杯だった。


「 朱美。 フロントを、もうちょっと切った方が可愛いよ? 」

 薫に連れられ、私は、とある美容室にいた。

「 少し、シャギー、入れましょうか? その方が動きがあって、軽い印象になりますよ? 」

 フォックスアイのメガネを掛けた店員… いや、ここではカット・デザイナーと言うらしいが… 彼女は、私の前髪を指先で触りながら言った。

「 お任せします 」

 私が答えると、早速、彼女は私の前髪をカットし始めた。

 隣の席では、薫が自慢の長い黒髪をトリートメントしている。

 薫は、いつもこの店に来ているらしい。 彼女には、専用のスタイリストまでいるようだ。

 他店と比べると少々、割高な店だが、確かに店内の雰囲気や、店員… いや、デザイナーたちの接客態度は良い。

「 小岩井様のメンバーズカードも作成しておきましたので、次回からは、これをお使い下さい。 ポイントが溜まりますと、特典がございます 」

 クレジットカードのような会員証を見せながら、店… いや、デザイナーがニコニコしながら、私に言った。

「 あたしの親友なんだから、可愛く仕上げてあげてね? 」

 薫が、私の髪をカットしている店員… いや、デザイナーに言う。

「 お任せ下さい、足立様。 この方、きれいな髪質ですから、その魅力を、最大に引き出してご覧に入れますよ 」


 …何だか、リッチになった気分。


 確かに、カッティングは軽やかだ。 鏡で見ていても面白い。

 普段、ほとんどヘアスタイルに手を掛けていなかった私。 鏡の中で段々と垢抜けていく自分の姿を、私は、わくわくしながら見ていた。


 仕上げのシャンプーをし、濡れた髪を乾かしてスタイリングを整える頃、鏡の中には、別人のような自分がいた。

「 お疲れ様でした、小岩井様 」

 店… いや、デザイナーが、そう言うのと同時に、薫も、私を見て言った。

「 可愛い~っ! 朱美…! イイ感じじゃ~んっ!」

 確かに、イイ感じだ。 あまりの出来栄えに、私の方が驚いた。

「 よくお似合いですよ、小岩井様 」

 カットしてくれた、て… いや、デザイナーも、満足気に言った。

「 お肌が白い方でいらっしゃいますから、シンプルなヘアスタイルが、よく映えますね。とても清楚な印象ですよ? 」

 ニコニコしながら、デザイナーが付け加える。 歯の浮くような賛美に、私は紅潮した。

「 こんな可愛い子が、友だちだなんて… あたし、嬉しい! 」

 小躍りしながら、薫は言った。

「 1ヶ月くらい経ったら、またご来店下さい。 フロントから、サイドに流れるヘアの長さを整えましょう。 これからは、私が小岩井様の担当をさせて頂きますので、ご指名下さい 」

 メンバーズカードを渡しながら、デザイナーは、私に言った。

「 早く、美希にも見せてあげようよ、朱美! 」

 私と薫は、その店を出た。


 今日は、これから駅前に、3人で買い物だ。 待ち合わせのJRコンコースには、もう美希が来ていた。

「 …え? 朱美…? わあ、可愛いい~っ! よく似合ってるう~!」

「 でしょ、でしょ? どっかの、お嬢様ってカンジ、しない? 」

 私を見て、びっくりした美希に、薫が言った。

「 いいお店、紹介してもらっちゃった。 何か、大人になったみたい 」

 少し、恥かしさを感じながら、私は言った。

「 今日は、朱美の大変身の日よ! 美希、お店の当たりは、付けてある? 」

 薫の問いに、美希が答えた。

「 とりあえず、『 スクエア 』に行こうと思うんだけど… どう? 」

 その名前の店は、聞いた事がある。 ティーンからOLまで、主にアダルティーなファッションを扱う専門店だ。 テレビCMも盛んに流れているが、今までの私には縁の無い店だった。

「 いいね。 さりげなく、アダルトっぽいのを着こなすカンジが、朱美には似合いそうだし… よし、行こうよ! 」

 薫も、賛成のようだった。

 ファッションについては、全く分からない私… 全ては、2人に任せた。


 休日という事もあり、店内は、かなりの人出だ。

 色んな商品が、ラックやハンガーにディスプレイされている。 どれも個性があり、大人びた雰囲気だ。 こんなアダルティーな服装が、はたして私に似合うのだろうか……?

 私は、一抹の不安を感じたが、美希と薫は、お構いなしのようである。

「 やっぱ、夏っぽく行きたいわね。 …朱美、どんなのがイイの? 」

 薫が、私に尋ねた。

「 分かんないよ、こんなに沢山…! 」

 困惑顔の私。 美希が、薫に言った。

「 薫、イメチェンよ、イメチェン! 」

「 …う~ん、白のコンサバ系も、似合そうだけど… ちょっと堅いかな。 ラフっぽいけど、上品なカンジ? そんなんで、どう? 」

 薫が、私に聞くが、ナニを言っているのか、さっぱりお手上げだ。

「 …よく分かんない。 薫と美希に任せる 」

 私がそう答えると、薫は、独り言を言いながら、あちこちの商品を物色し始めた。

「 スキンカラーも良いけど… やっぱ、ここは白かな? 定番のキャミにするか、ニット系にするか… う~ん、ワンピという手もあるかも 」

 ギャザーの入った白いキャミソールを手に取ると、私の胸元に合わせ、薫は言った。

「 …う~ん、ちょっと幼稚かな…? まずは、トップスから決めていかないとね 」

 店内の奥に行っていた美希が、他の商品を持って、やって来た。

「 これなんか、どう? ニットのサマーセーター。 カットソーだけど 」

 私の胸元に合わせる、美希。

 薫は、人差し指を下顎に突き、しばらく見た後、言った。

「 …うん、イイね! この、淡いブルーの色、気に入っちゃった! 夏っぽいし。 美希、この色で、Vネックタイプのノースリーブ、無い? そうすれは、インナーに出来るよ 」

「 あっちに、あるよ! 」

 3人で、店内の奥に移動する。

「 あった、あった! 値段も、お手頃ね。 これで、こんなカンジの… 白い薄手のカーディガンを… う~ん、おシャレ~! 7分袖が、イイわ~…! 」

 ナニがいいのか分からないが、薫は頭の中で、自分なりの最高なモデリングを模索しているようだった。

「 薫、スカートはどうするの? 」

 美希が聞いた。

「 ここまで決まったら、あとは早いわ。 白よ、白! プリーツはダメ。 ぐっと、大人らしい雰囲気にするんだから! 膝上くらいの、タイトスカートね。 フレアーでもいいけど… シワにもなりやすいし、ここはタイトに絞ってチョイスよ! 」


 やがて、全ての服が出揃い、私は試着室に入った。

「 朱美、ここに… 家から持って来た、あたしのミュール、置いとくね。 多分、そのスタイリングに合うと思うよ? 」

 試着室の足元に、白いミュールを置きながら、薫が言った。

「 有難う、薫。 今回、足元までの予算、無いの 」

 着替えながら答える私に、薫が追伸する。

「 ちょっと、古いケド… よかったら、それ、朱美にあげる。 この前、似たようなのを衝動買いしちゃったの 」

 新しい服に着替え、薫から提供されたミュールを履いて、私は試着室を出た。

「 きゃ~、イイじゃない、イイじゃない~! 朱美、ぐっと大人っぽいよ! 」

 美希が、手を叩きながら喜んだ。 薫も満足気に言う。

「 う~ん… 我ながら、ナイス・プロデュースね! 完璧だわ~…! 」

 店員が持って来た大きな鏡に映った私。

 

 ……そこには、過去の私の姿は無かった。

 鏡の中には、シンプルな中にも上品さが感じられる『 大人の女性 』が立っていた。

 淡いブルーのインナーが清楚な雰囲気を引き立たせ、夏らしさも心地良い。 カットしたばかりの整ったヘアスタイルも、白で統一させたファッションを、更に際立たせているようだ。


 別人と見紛うような容姿の変化に、一番驚いたのは、私自身だった。

「 …これが、あたし……? 」

 茫然としている私に、美希が抱き付いて来た。

「 いいよ、いいよっ! 朱美、大好きぃ~っ! 」


 今まで着ていた服をショップの袋に詰め、私は、真新しい出で立ちで街を歩いた。 履きなれないミュールではあったが、薫や美希と連れ立って歩くにふさわしい品位を必死に保ちながら……

 薫も美希も、ぐっと大人らしくなった私に大満足のようだった。 友情は以前にも増して、硬く結ばれたように感じられる。


 始まったばかりの… 生まれたての夏の日差しが、新しい自分に降り注ぐ。

 空を仰ぎ、目を閉じる私。

 全てが、順風だった。


 街を歩いていると、通り過ぎる男性の視線が、はっきりと感じられた。

「 ほらほら…! あの人、朱美を見てる…! 」

 からかうように、私を肘で突付きながら、薫が言った。

「 ち、違うよ、薫や美希を見てるんだよ 」

 顔を赤らめて言う私に、美希が、クスッと笑った。


 駅前の公園に差し掛かると、たむろす連中から、あからさまに声が掛かる。

「 デートしな~い? 彼女~! 」

「 そこの、白い服のお嬢さ~ん! オレの助手席、開いてるよ~? 」

 薫は、チラッと横目で流すと、相手にはせず、さっさと彼らの前を横切った。

「 …ホンっとに、バカばっかり…! 朱美、あんなの、本気に相手にしちゃダメだよ? 自分を、安売りする事になるんだから 」

「 うん、分かってる 」

 でも、ちょっぴり嬉しい私。

 こんな経験も、薫や美希のおかげだ。


 彼女たちに付いていけば、間違いは無い。

 彼女たちは、いつも正しい……!

 私は改めて、彼女たちの偉大さに服従する事を、心に誓うのだった。


「 あ、ここよ 」

 美希が、連れて行ってくれたのは、パスタの専門店だった。

「 きれいなお店ね。 歩き回って、お腹すいちゃったね、朱美 」

 薫が、私に言った。

「 うん。 もう、ペコペコ 」

 私が答えると、美希が言った。

「 この店ね、テーブルが小部屋で仕切られていて、落ち着くのよ 」

 静かなジャズバラードが流れる店内…… 白いモルタルの壁に仕切られた各テーブルの脇には、よく手入れされた観葉植物が置いてあった。

 蝶ネクタイをしたボーイが、注文を聞きに来る。

「 今日は、あたしのおごりよ? どんどん食べてね 」

 美希が言った。

「 太っ腹じゃ~ん? 美希~ そう言って、あたしを太らせようとしてるんでしょ~? 」

 薫が、笑いながら答えた。

 冷房の効いた店内が、心地良い。 外の雑踏から隔離されたような各仕切りも、確かに落ち着く。

 私たち3人は、そこで、ゆったりと昼食を食べた。


「 …ねえ、今年の夏休み、3人で旅行に行かない? 」

 パスタを食べ終わる頃、美希が言った。

 薫が答える。

「 そうね… 朱美、どう? 」

 フォークを皿に置き、私は答えた。

「 行きたいけど… あたし、予算がないよ。 今日の買い物だって、先月のお小遣い、節約して貯めたお金で買ったんだもの 」

「 近くよ、近く。 電車でさ、露天風呂なんかどう? 」

「 あ、いいわね。 それなら行けるかな…? 」

「 OK、OK! 行こうよ。 そのうち、パンフ持って来るね! 」

 嬉しそうに、美希は言うと、持っていたカバンの中から『 あるもの 』を取り出した。


 …ライターと、タバコだ。


 私は、目が点になった。 美希は、私の視線などお構いなく、そのうち1本を取り出すと火を付けた。

 ふう~っと、煙を出す美希。

 …校内では、才女で通っている美希が、何と、タバコを吸っている…!

 私には、信じられなかった。

 薫は、別段、驚いた様子も無く、手鏡を出して、Tゾーンのテカリをチェックしている。


 そんなはずは… そんなはずは無い。 あの美希が、タバコなんかを吸うはずが無い……!


 私は、気が動転した。

 そんな、私の視線に気付いたらしい美希が、私に言った。

「 ? 知らなかったっけ? 朱美… 」

 私は、無言で頷いた。

「 みんな、吸ってるわよ? 薫は、吸わないケド 」

「 あたしだって、前は吸ってたよ? ニオイが付くから辞めたの 」

 手鏡を覗き込んだまま、薫が答える。

「 気が向いた時に、吸うだけよ? 前に吸ったのは… いつだっけ、忘れちゃった 」

 灰皿に灰を落とし、笑いながら美希は言った。

 美希は続けた。

「 朱美、タバコの煙、苦手なの? イヤだったら消すけど 」

 私は、首を振りながら言った。

「 ううん、別に… ただ、びっくりしちゃった。 まさか、美希がタバコを吸うなんて、思いもしなかったから…! 」

 再び、笑いながら、美希は言った。

「 確かに、いけない事ね。 法律でも決まってるし… でも、考えて。 成人になる前日の、午後11時 59分 59秒までダメで、どうして1秒経ったらいいの? なんで合法なの? おかしいわよ、そんなの。 これこそ屁理屈かもしれないケド、別にあたしは、誰にも迷惑は掛けてないわよ? もちろん学校には持って行かないし、今だって、朱美が苦手なら消してたわ 」


 確かにそうだ。

 …いや、違う。

 でも……


 私は、分からなくなった。


 確かに、美希は迷惑を掛けていない。 見知らぬ人前で、堂々と… あるいは校舎の影で、隠れて吸っているわけでもない。 自分と薫が認知すれば、まさに誰にも迷惑を掛けていない……


 これが屁理屈だという事は、私にも理解は出来た。


 だけど、それ以上に美希の説明には、妙な説得力があった。

 大好きな美希が言うだけに… 特に私には、そう感じられたのかもしれない。

 それに、こんな事で、今の友情に差し障りが出来てしまうのも怖かった。


 再び、煙を出しながら、灰皿でタバコを消す美希。

 私には、逆にそれがとても大人っぽく見え、いつの間にか美希に対する憧れのような心境を覚えた。

「 ニオイ、消さなきゃね…! 」

 市販されているミントの小粒を口に入れ、美希は、いつものように笑った。

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