6-2 答えを知りたい
空が鈍色だから気分を曇らせる。一つの窓を横にパソコンから声がした。
通信先のミツヒデは緒方黎のことだと一呼吸置く。
「彼は不朽の国で恐らく最恐だ」
パソコンの画面に横線が走る。キーボードのエンターキーが、他のキーと比較して浮いていた。
「緒方黎は緒方優の最高傑作だ。決して過言ではなく、他にはない耐性を持っている」
「カセットを作る目的って、何なんですか」
彼は言葉を詰まらせて、右側に目を向けている。しばらくして観念したようにため息を吐いて視線を戻した。
「本来の目的は、月に行ける人造人間の開発」
「月の民は、不浄に耐えきった市民を引き上げる。……じゃなかったの」
その話題に佳夜が先に食いついた。瑠璃は彼女の真剣な表情に気圧される。
「私の聞いた話だとカセットは、月の民が地球に資源を取りに来るための部品じゃ?」
「表面上の嘘だ」
デカルトだから思うところがあるのだろう。瑠璃は結論づけて、腑に落ちてない佳夜から目をそらす。
「もちろん、緒方優は子供を送るつもりでいた。しかし、真の目的がある」
緒方優は不死者になろうとしていた。だから、月の民から提供された資料から、脳のバックアップをとったようだ。
「緒方優が不死身になることだ。そもそも、彼らの謳う不死性は緒方家がオリジナルになる」
かの不朽の国はカセット制作の盗作だと感情を込めて言い放つ。
そして、我に返った彼は再び緒方黎の身体の話題に切り替える。
「緒方黎の身体は病気に侵されても死ににくい、怪我だけでは塞がり、潰すしかない」
ズファレは独自の技術で黎を苦しめていた。明の接続を一時的に弾くほど強烈なもの。
「カセットの強度って不死身でも再現されるの」
「不朽の国の技術は緒方家が元になっている」
彼は再現できると告げていた。
カセットは月に送るための人造人間で、不浄に耐えられるほど固くさせられている。
「それが、緒方黎の全てだ」
「全て?」
「俺は他のことを何も知らない」
彼女らはミツヒデの感情の機敏に察知できていない。ここに明や黎がいれば、パソコン越しの友人を指さして笑っていた。それをするものはいなく、ミツヒデは怠けるのを諦めてしまう。
「黎は目の前で母親を殺された。明は肉体を剥奪された。彼が何を考えて行動したのか、俺たちに理解できない」
ミツヒデは責められたくて理解できないと宣う。突き放す言葉で自分への罰を遠回しに行っていた。瑠璃は語尾に理解を示しつつ椅子の背もたれに体重を預ける。
「緒方黎は母親の作った機械に縋っていた」
緒方黎は実験体として滞在していたのもあるが、それ以前に機械の中にいる母親のバックアップを待っていたようだった。
「それだったら、明の肉体を手に入れるとか」
「愚策だ。到底叶わない願いだと分かっていたはずなのに」
明の身体を蘇らせて遠くに行かせる。彼は不朽の国に留まるつもりだった。
「アイツは馬鹿だったんだ。ずっと、母親の虐待に縛られている。まあ、こんなことは俺達が彼ほどひどくなかったから言えるのかもしれない」
彼のひどくなかったは、緒方家の実験を範疇に入れている。一般的に見れば全てが異常だ。子供の骸の上で、馬鹿でも実験なんて主張できない。カセットになるため、非人道的な毒ガスをまいたり、死なない訓練を行わせる。
「緒方黎が本当に何を思っていたなんて、推測でしか判断出来ない」
母親の死を体験した緒方黎は、既に死んだ。不朽の国でズファレの部下になった個体と、瑠璃が入っている肉体だけ残っている。
「俺がなぜ話したのかは、知って欲しいからだ」
「よかった。殺されるわけじゃないんだ」
「バカ言うな」
佳夜の軽口に、初めてミツヒデは笑みを見せる。
「俺達は死にに行く。新聞の見出しに乗るぐらいの確変しかできない。でも、君たちに私たちという情報を持っていてほしい。それだけで価値になる」
扉の向こうからノック音がする。ミツヒデが返事すると、案内役の男性が坊主頭の男子と一緒に入ってきた。彼は笑っていない。
「安心してほしい、私たちはお前達ふたりを逃がす」
瑠璃は緒方黎に比べて直感力は鍛えられていない。ヒカルの些細な嘘を読み取ったみたいな鍔迫り合いは困難だ。彼女ができるのは、誰かを信じることだけだった。
「ありがとう」
「あ、そうだ。一つ言い忘れていた」
坊主頭の男子がプラグを握って声を待つ。彼は目を伏せ背景に徹していた。
案内役の男性も話を急かさず欠伸している。
「緒方黎にひとつ聞いたことがある。瑠璃をなぜ連れるのか」
「えっ」
聞きたいような聞きたくないような二つの感情が押し寄せた。何が来ても微妙な顔しないように、彼女は太ももを抓る。
「アイツはお前が嫌いらしい」
「なら、何で同意したの?」
「自分より、行いに自信がある。失恋を精算させるための旅なんて気の強い女性だ。嫌いだけどその行為に納得してるから、俺の計画に付き合ってもらう」
まるで、ミツヒデの口に緒方黎が乗り移ったよう話す。その流暢さに嘘偽りは見つからなかったと、瑠璃は信じたい。
「私を買っていたんだ」
「君の覚悟限定だ」
「あ、それは分かるけど」
パソコンから目をそらす。薄暗い部屋で佳夜は緒方の瞳を合わせた。瑠璃は逸らしちゃいけないと危機感が芽生える。
「普通の人は頭いかれてると突き放すのに、最終的に付き合ってくれた」
ケアハウスの2階で布団の中に眠る。不定期でミイに訪れ何かを食べさせた。その度に腹を裂いて取り出していたことを覚えている。
彼女は逃亡していた日々を回想した。
「改めて聞くと凄いことしてるよね」
「私なんて逃げてばっかだよ」
「逃げ方を選べてるから大丈夫じゃない?」
彼は満足したのか通話を切る。男子はパソコンを手際よく片付けだした。案内役もなにかに頷き、二人に着いてくるよう説く。
「まだ貴方にあわせたい人がいるんです」
今は緒方黎の身体を持つものとしての願い。次は、内面の瑠璃に対面させたい人がいるようだ。
「逃げ、方……」
その言葉が瑠璃の頭を支配する。逃げ方を選べる立場なのか。選べるのなら、私だって自由にしたい。
彼女は目前の闇が取り払われた。自由じゃないと誰が決めたのか。今こそ自由の賜物じゃないかと、瑠璃は口的に手を当てる。
「……?」
「大丈夫。すみません、行きましょうか」
パソコンの部屋からそう遠くなかった。二つ角を曲がれば指定の場所につく。また同じように扉がされている。
「これは相手の希望です。こう、遠回りにしろと」
「あり、がとうございます」
彼女は自分からドアノブを回して部屋に入る。先程と違い、上から明かりが届き、部屋の中央に誰かいた。
「え、黎さんじゃん」
「みき?!」
それは、唯一の友人だった。瑠璃の村で汚された靴を一緒に洗った過去がある。
「なんで、なんでミキがいるの?!」
「なんか、黎さんの外見だとゾワゾワする」
ミキは村の住人で死んだはずだった。だけど、彼女は瑠璃を前に堂々としている。
「ま、どちらにしろやることは変わらないか」
ミキは一歩踏み出した。おおらかそうな印象と変わって、大股で片手を振り上げる。
「歯を食いしばれ!」
瑠璃の頬に平手が飛ぶ。
「いたい!」
「どんだけ心配させるの!」
彼女は反射で痛いと叫んだ。だけど、心配させるのという言葉が一番刺さる。その苦しみを相手に知られたくなかった。頬が相当痛いのだと、ひた隠すために頬を撫でる。そして、顔だけを見ない。
「たしかに私は送ったよ。でも、死ぬことないじゃん。何で、そんな不安にさせるの!」
「うん」
「いっつも、そう。普通にすればいいのに人を無視するから苛められるんだよ!」
「そうだね」
「それに、謙也とどうなったの? 私、最初から辞めとけって言ったよね。いくら私より昔から仲がいいからってそう関係になるのは」
「言う通りだよ」
一方的に罵倒される。瑠璃は心地よくて、欲しがったものを渡されていく。佳夜に申し訳ないけど、子供みたいに泣きじゃくりたかった。
「帰ってきたら瑠璃じゃなくなってた。それを信じろって、いくらなんでも無理だよ。カセットとか、デカルトとか、馬鹿らしいよ!」
「ミキ、ごめん」
「ッ!」
彼女は手のひらを拳にする。その手を後頭部に御見舞した。ズファレの攻撃より痛みがない。むしろ、ミキが暴力的だと感銘を受けていた。
「ごめん。ミキ」
「ちょっと、泣かないでよ!」
瑠璃を嫌う人がいて、支えてくれる人もいる。それだけで自分は幸せだったと、すべてなくして噛み締めた。後悔は早い方が正しくて、理解するのが遅くて、他人に迷惑をかけている。
「ユキオや村長たちは死んじゃった」
「……」
「瑠璃なんだよね」
「うん」
「よか、った」
気が抜けたのかベットの軋む音がする。窓から光の柱が貫いた。気を向けたら、曇り空が上がっていく。
「ねえ」
「何でしょうか」
ミキに叱咤され、佳夜に励まされ、黎に守られてしまった。今から逃げようとしていたのは、間違いじゃない。しかし、佐屋野瑠璃は後悔を重ねすぎた。
「私、不朽の国に行くよ」
案内役の男性が、驚いて瞬きすることを期待した。彼は当然かのように歯切れのいい返事だけする。
「瑠璃、大丈夫なの?」
「佳夜、私は黎に負けたのが癪なんだ」
瑠璃は部屋の外で立つ佳夜に向き合う。身長は瑠璃の方が高いけど、佐屋野の体なら佳夜の方が背が伸びている。
「それに不朽の国でやりたいことが見つかった」
不安げに瞳が揺れる。瑠璃は抱きしめたい衝動を堪えた。
「とってもワガママで、私しか気持ちよくならない、やりたい事」
「いいね。付き合うよ」
口に手を当てて肩を揺らす。その仕草に、意地悪な知恵が働いた。
「無責任って言わないんだ」
「……やっぱ、中身は変わってないね」
佳夜の突拍子ない発言だった。だけど、緒方の村に来た目的は達成される。
何をもって自分とするのか。曇り空の隙間から光が指したとき、彼女は意思を固めていた。
「さて、出発しましょう。重ね重ねになりますが『緒方黎』として演説していただけますか?」
「構わないよ。今のことを聞き逃してくれるならね」
「それぐらい貴方は許されますよ」
「それにしても、よくズファレにここバレなかったね」
「佳夜さん。協会を味方に付けてますから」
瑠璃は去り際、ミキに手を振った。今度の見送りに不満そうな影はない。
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